「変化に強い」企業体質を育むオリックスの人事制度とは

2019/1/21
社会や経済環境の変化にあわせて、事業領域を拡大してきたオリックス。本連載ではこれまで、オリックスのさまざまな事業を取材してきた。そこで感じたのは、オリックスの柔軟性やチャレンジ精神の源泉は、「人材」にあるのではないかということだ。
今回は、連載番外編として、世間で「働き方改革」が取り沙汰される以前からユニークな取り組みを続けてきたオリックスの人事制度にフォーカス。オリックスはなぜ、変化に対応しながら新たな挑戦を続けることができるのか。その理由を、「人材活用」という切り口から明らかにする。

充実した「オプション」が魅力の人事制度

毎年10月、半期を振り返り、今後のキャリアプランを考えるために上司と面談を行い、翌年3月に異動の発表。これがオリックスの基本的な人事スケジュールだ。
これだけ見れば何の変哲もないのだが、オリックスの人事制度の真髄は充実した「オプション」にある。
たとえば、2005年に開始された「キャリアチャレンジ制度」はプロ野球におけるFA制度のように、社員が異動を希望する部門と直接面談を行う。所属部門の上司の意向に左右されないかわりに、本人の資質やビジョンが深く問われることが特徴だ。
「やりたいという強い思いを持った社員が手を挙げられる機会を設けることは、『自分のキャリアは自分で考えよう』という社内風土を醸成することにもつながります」
こう話すのは、グループ人事部長の南部幸久氏だ。南部氏は、オリックスに入社後22年間、一貫して不動産関連の部門に在籍し、グループ人事部に異動して2年になる。
「オリックスでは10年間で3部門ほど経験するのが一般的ですから、私は異端児です(笑)。
オリックスは祖業のリースを起点に隣接する分野に事業を拡大してきたので、新入社員もまずは金融に関する知識を身につけた上で、さまざまな事業部門で経験を積んでもらいます。
商社のように早くから一つの分野に特化するのではなく、金融の知識をベースにさまざまな分野で活躍できる人材を育てているのです」(南部氏)
水族館の運営、再生可能エネルギーによる発電、野菜の生産など、オリックスの事業領域は近年大きく広がっている。そのような拡大が可能なのは、社員全員がファイナンスを通じて、会計・税務・法律などの専門知識やさまざまな業界に関する知見を蓄積してきたからだ。
オリックス八ヶ岳農園では、サラダほうれん草やルッコラなどの葉物野菜を栽培する

年齢問わず、挑戦を後押しする制度と社風

キャリアチャレンジ制度以外にも、いわゆる「挙手制」は存在する。
たとえば、新規事業の立ち上げや事業の拡大など、スピーディーに人材を集める必要があるときには、「社内公募制度」が利用される。
「年に1、2回の頻度で、社内公募の実施を知らせるメールを全社員に一斉に送信します。農事業のように注目度の高い分野には、希望者が殺到することもあります。挙手制のものを多くの社員が利用している様子を見ると、チャレンジ精神に溢れた社員が多くいることをあらためて実感します」(南部氏)
門戸が開かれているのは若手社員ばかりではないというのも、ユニークな点だ。制度の対象となる社員を45歳以上に限定した「45歳からのキャリアチャレンジ制度導入」もその事例のひとつ。
「通常の『キャリアチャレンジ制度』では、未経験の部門に応募してきた社員が複数いる場合、やはり若い社員が選ばれる傾向があります。ですが、ある年齢まできたら『もういいや』と諦めるのではなく、何歳になっても常にチャレンジをし続けてほしいと考え、45歳以上の社員の活躍を推進するこの制度をつくりました」(南部氏)
オリックスは、2014年より定年を60歳から65歳に延長した。45歳以上の社員にとっては、まだ20年も残っているオリックスでのキャリアをどのように歩んでいくか考えるきっかけにもなる。
また「45歳からのキャリアチャレンジ制度」の場合、未経験の分野に飛び込むだけでなく、過去に経験し、自分の強みを生かせると感じた部門への応募も可能だ。
「若いときは見逃していたが、今あの部門に戻れば、培った経験を生かしてこんなことができる」
ほかの部門を経験することで習得した知見をもとに、以前経験した部門に戻って活躍することもできるのだ。
さらに、57歳以上のシニア社員の活躍を推進する「シニア社員向け社内公募制度」もある。多くの企業では、50歳を超えると一線を退いて、あとは部下を育成しながらリタイアを迎えるという雰囲気があるだろう。オリックスもかつてはそうだったという。
「『60歳以上でもいいから、審査経験のあるベテランがほしい』という声が現場から寄せられることがあります。受け入れ側としても、若手社員がほしい場面もあれば、他部門で経験を積んだベテラン社員がほしい場面もあるのです。
自分の能力を最大限に生かせる部門に異動したいという本人の希望と、現場のニーズ。双方が噛み合うことで、50歳を超えても一線で活躍する人材が増えてきました」(南部氏)

人材確保という切実な課題が出発点

「オリックスの人事制度は先進的だと評価していただくこともありますが、その根底にあるのは、優秀な人材を確保しなければならないという危機感です」
そう話すのは、グループ人事部副部長で人材開発チーム長の脇真由美氏だ。脇氏によれば、オリックスは創業当時、人材の採用に悩まされてきたという。
「かつて、オリックスが設立されたころ、企業は今以上に『新卒・4年生大学卒業・男性』という人材ばかりに注目していました。
当時は新しいビジネスだったリースを手掛けるオリックスは、性別にこだわっていては十分に人材を確保することができなかったため、『優秀であれば性別は関係ない』と考え、女性の採用にも積極的に取り組むようになりました。
そして、採用した女性社員がその力を最大限に発揮できるように、長く働けるようにという観点から、さまざまな制度を整えていったのです」(脇氏)
オリックスの創業は1964年だが、69年には初めて女性の営業担当者が誕生し、97年には女性の部長、支店長も生まれた。
その後も、配偶者の転勤に合わせて勤務エリアの変更を認める「配偶者転勤エリア変更制度」や、育児や介護などの理由により一時的に限定した職種・等級への転換を認める「キャリアセレクト制度」など、ライフステージに合わせた柔軟な働き方を支援するさまざまな制度を設け、現場の声を反映させながら改善してきた。
企業活動に直結するという意識があるからこそ、お題目としてではなく、自分たちの問題としてよりよい環境を整えることができるのだろう。
「私が入社したとき、同期入社の社員のうちほぼ半数が女性でした。また、キャリア入社の社員でも、新卒で入社した社員と同じ軸で評価されました。約20年前に、そんな会社は少なかったのではないかと思います」(南部氏)
脇氏は2016年10月に立ち上げられたCEO直轄の「職場改革推進プロジェクト」のメンバーでもある。部門も職種も年齢もさまざまな約200人以上の社員が集まったこの委員会からは、なんと約120の施策が提言された。
「職場改革推進プロジェクトでの社員からの提言をもとに、約80の施策を実現しました。残りは法的な問題から実現が難しいものもあるので、現在精査を進めているところです。
働き方改革がなかなか進まない企業も少なくないなかで、『うちは本当に変わったね』という社員の声をよく聞きます。
3年前に入社した社員から『入社したころに目にした非効率的な働き方が、あっという間に改善されて驚いた』という声も寄せられており、社員が変化を実感していることがわかります」(脇氏)
「職場改革推進プロジェクト」の提言の中から実現された施策のひとつが、所定労働時間の短縮だ。基本給は維持しながら、1日当たりの労働時間を20分短縮。短時間勤務制度を利用している子育て中の社員からは特に好評だ。
「短時間勤務制度の利用者の中には、定時退社では子どものお迎えにギリギリ間に合わないという社員もいました。そうした社員から、所定労働時間が短縮されてから、定時に退社してもお迎えの時間に間に合うようになったという声が多く寄せられています。
現在、ワーキングマザーの割合は女性正社員の35.8%とかなりの高水準なので、非常に喜ばれています」(脇氏)
同時にはじまった「リフレッシュ休暇取得奨励金制度」は、5営業日以上の連続休暇を取得すると、なんと一律5万円の奨励金が支給される制度だ。
「この制度が導入される前は、『上司が難しい顔をするかもしれない』と有給休暇の取得を遠慮していた社員もいたと思います。でもこの制度があると、5万円もらえる部下の権利を奪わないように、上司としても休暇の取得を推進せざるをえません(笑)」(脇氏)
この制度の効果もあり、年次有給休暇の取得率は1年間で約9%上昇し、2017年度には約80%となった。
またこの制度には、個人ばかりでなく、組織にもメリットがある。
短期間であっても、誰かがいなくなることで回らなくなる業務があれば、オペレーションに問題があるということだ。不慮の事態に直面して、初めて問題点が見つかるということは往々にしてあるが、計画的な有給休暇の取得で現場の課題を見つけることができれば、致命的なダメージを被る前に体制の見直しを行うきっかけになる。

「オリックスに入社すればもう転職しなくても済む」という声

新卒採用にも大きな変化があった。2016年9月より、中国や韓国、台湾といった海外籍の学生を積極的に採用するようになったのだ。その後は毎年、新卒入社の10%から15%を海外から採用している。
「日本企業への就職を目指す海外の学生は、チャレンジ精神があり目的意識もはっきりしている人材が多く、その優秀さには毎年驚いています。1カ月間の新人研修は、海外籍の社員も日本人の新入社員も一緒に泊まり込みで行いますので、双方にとって良い刺激になっていると思います」(脇氏)
年齢、性別、国籍、それまで歩んできたキャリアを問わず、多様なバックグラウンドを持つ社員を受け入れる。そしてそれぞれの能力や専門性を引き出すことで、時代の変化に応じた新たな価値を生み出す。この「Keep Mixed」という考え方のもと、オリックスは職場環境の整備や人事制度の改革を進めてきた。
事業の変化に応じた多様な人材を獲得するため、新卒採用だけではなく、キャリア採用にも注力している。実際に、2017年度に入社した社員の約40%がキャリア入社だ。
「キャリア採用の面接で、『オリックスに1回入ったら、もう転職しなくて済む』とおっしゃる方がいます。いろいろな事業を展開し、現場から新たな事業が生まれることも多いので、同じ会社にいながらさまざまな分野に挑戦できる。
そうした環境が好意的に受け止められているからか、一度オリックスを離れて、再び入社する社員も少なくありません」(南部氏)
通常の企業では、一度退社した人が再入社することはほとんどないが、オリックスでは2016年から「カムバック再雇用制度」を開始した。
働きがいのある環境で、自分の能力を最大限に生かしたいという要望に、どこまでもこたえようとする。その結果、ユニークな人事制度が生まれ、変化に対応しながら活躍できる人材の育成につながっているのだ。
オリックスの人事制度は、これからもまだまだ進化を続けていく。
(執筆:唐仁原俊博 編集:大高志帆 撮影:小池彩子 デザイン:星野美緒)