【村井邦彦】なぜ、YMO、ユーミンは今も語り継がれるのか

2018/12/31
日本の文化を世界へ──
まだ、日本のポップスという概念もできあがっていなかった1960年代から、日本の音楽を世界水準のクオリティーに高め、世界へと伝えてきた人物がいる。
村井邦彦氏。ユーミン(当時:荒井由実)などのプロデュースに加え、教科書にも掲載される国民的ポップソングとなった「翼をください」(赤い鳥)の作曲、さらにはイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)の世界への展開、などを仕掛けた人物だ。
また、息子のヒロ・ムライ氏は、ミュージックビデオ「This is America」、ドラマ「Atlanta」などのディレクションで、全米で最も注目されるフィルムメーカーとして注目されている。
NewsPicks編集部はこの度、初のエッセイ集「村井邦彦のLA日記」を上梓した本人にインタビュー。音楽の世界展開に身を捧げてきたその歴史と今後の展望を聞いた。

日本が自立するということ

──村井さんは、日本の音楽を世界水準に高め、そして、世界へと送り出してきました。そもそも世界を意識したきっかけは何だったのでしょうか。