なぜ中国はキャッシュレス先進国になれたのか

2018/12/27
平成最後の年の瀬となり、“PayPay祭り”や消費税増税対策としてポイントバックが検討されるなど、ようやく日本でも盛り上がりを見せるキャッシュレス。しかし、キャッシュレス先進国と比べれば、まだまだその勢いに力強さは感じられない。
キャッシュレス先進国となっている中国を筆頭に、それまで後進国とされていた国が一気に先進国を追い抜く様子を「リープフロッグ(カエル跳び)現象」と呼ぶ。では、キャッシュレス後進国である日本で、他の領域も含めてリープフロッグ現象が起こる可能性はあるのだろうか。

「カエル跳び」はコストメリット

「リープフロッグ現象は後出しジャンケン。先例に学び、コストを低減できる領域で起こっています」
そう語るのは深圳に居を構え、インターネットの社会実装をテーマに追究を続ける澤田翔氏。日頃から肌身で中国の技術革新を感じている澤田氏に話を聞いた。
澤田翔 (さわだ・しょう) エンジニア、インターネットプラス研究所 所長 
慶應義塾大学環境情報学部卒。複数のITスタートアップの立ち上げからEXITまでを経験し、2017年に独立。FinTech分野などのスタートアップへの経営アドバイスから製品の設計レビュー、プロトタイプの開発を請け負っている。世界の決済サービスやニューリテール (小売業のIT支援) に精通し、インターネットの社会実装をテーマにした「インターネットプラス研究所」を2018年に設立した。Twitter: shao1555
澤田氏によれば、リープフロッグ現象のように技術の進歩を実現するには先例に“学ぶ”ことが重要だという。ここで間違えてはならないのが、「先例が“ある”」ことと「先例に“学ぶ”」ことは大きく違うことだという。
「先例があったとして、なぜ今その技術が主流になっていないのか。そこには主流にならなかった理由があるはず。それを学ばずして追従するだけでは発展は得られません」
産業が発展していくうえで障害となるのがコストだ。リープフロッグ現象の代表事例とされる中国の電話の場合、広大な国土と膨大な国民を抱える背景から固定電話の普及が遅れた。電話網の整備などに膨大なコストがかかるためだ。
しかし、携帯電話の登場で様相が変わる。固定電話に比べインフラを整えやすく、個人でも導入しやすいために携帯電話は一気に普及した。その結果、いまや生活のあらゆるシーンで携帯電話=今のスマートフォンが登場し、手放せないものとなった。先例である固定電話に固執せず、そこから学びを得て新たな技術を導入した結果といえるだろう。これこそがリープフロッグ現象の正体だという。
「コストを下げる手法が変わってきたことも、背景にあります。高価な専用のハードウェアを開発するかわりに、汎用的なハードウェアとソフトウェアの組み合わせで実現できることが増えたからです」と澤田氏はその背景にある本質を教えてくれた。

ソフトウェアの進化が技術発展を支えている

日本で「IT革命」と呼ばれた2000年からおよそ20年。モノづくりはソフトウェアが重要な要素となる時代になった。
例えば自動運転。一昔前であれば、自動車の機能はハードウェア的解決法を取るのが当たり前だったが、ソフトウェアの性能が向上したことによってブレーキシステムなどの安全装置はコンピューターで制御するようになった。
さらに、技術の発展をソフトウェアが支えるようになったことで、インターネットを通じてさまざまなサービスがつながり、現実世界へと直接提供できるようになった(サービスのコト化)。

クレジットカードよりもリアルタイム決済

すなわち、現代はインターネットが社会に実装されている状況だ。キャッシュレスをこの文脈で読み解いてみよう。
従来、決済といえば現金かクレジットカード(米国では小切手もあった)という選択肢であった。キャッシュレスの代表例であるクレジットカードは、業者が利用者の信用コストを担保するためユーザーになるには審査があり、また利用時の手数料も高めだった。
発展途上であった中国では、このクレジットカードに必要な信用コストが高く、一般的に普及しなかった。そのため産業化が進む段においては、与信のハードルが低いリアルタイム決済が可能なデビットカードから普及が進んだ。
そしてスマートフォン普及時代を迎え、デビットカードの役割が「アリペイ」や「ウィーチャットペイ」などのモバイル決済サービスに移り変わったわけだ。

ポイントは間口の広さ

いくら下地が整っていたとはいえ、中国のキャッシュレス決済サービスがここまで急速に普及したのはなぜか。澤田氏はエコシステムの間口の広さがポイントだと話す。
「デビットカードやクレジットカードは銀行という仕組みに乗ったエコシステム。消費者の体験から店舗の決済端末に至るまで銀行がすべてをつくっていました。一方のアリペイなどのモバイル決済はオープンなプラットフォームであり、実際に決済するQRコードなどのツールはユーザーと接する事業者が自由に開発することができます。この開放的な取り組みが店舗と消費者を巻き込んだ大きなエコシステムを生み、急速な普及につながっていったと考えています」

「使う技術」が豊かな暮らしを実現する

大きなエコシステムを背景にキャッシュレス決済システムが普及したいま、次に拡大する領域はどこにあるのか。例えば、中国でも社会実装が進む無人店舗に可能性はあるのだろうか。
「スマートスーパーの盒馬鮮生(フーマーシェンシャン)は、実験的な側面が強い印象です。一方でスマートフォンをオペレーションに取り入れた飲食店は増えてきています。この取り組みは省人化というよりも差別化・顧客サービスの向上が目的にあるようです。省力化で余った人手を接客に回すことで顧客の満足度を向上させ、他店との差別化を狙っているのです。例えばベビーカーを運ぶのを手伝ったり、誕生日のお客さんにショーを催したりすることで顧客満足度を向上させているようです」
消費者の志向が「モノ」消費から「コト」消費へと移行している今、こうした接客時の感動がより重要になっているようだ。

超高齢化がカギを握る

では、日本でもこうしたテクノロジーによるビジネストレンドの変化は起こり得るのか。カギを握るのは超高齢化だ。
「日本に求められるのは“使う”技術だと思います。これまでの日本は“作る”技術は得意でした。しかし、“使う”技術がなおざりにされ、デジタルディバイドを生み出し、高齢者がテクノロジーを使うのにハードルが高くなってしまいました。こうした点に注目をし、使う技術を追究した例はあまりありません」(澤田氏)
例えばQRコードの活用では、中国は決済にはじまり、レストランのオーダー、駐車場の精算、工場におけるID機能(入退館管理・休暇申請など)など様々なシーンで用いられている。
駐車場の生産にもQRコードが(撮影:澤田翔)
工場におけるID機能(撮影:澤田翔)
あるいは店舗向けの接客ロボット。日本ではPepperが注目を集めたが、メーカー標準の部品が必要だ。
一方で中国の接客ロボットはコモディティ化された部品で構成されている。足は電動スケートボードの部品だったり、画面はAndroidのタブレットだったりと、入手しやすい部品を用いている。これによりコスト削減はもちろんのこと、汎用品を用いることで高速な開発サイクルを実現し、導入事業者のニーズに迅速に応えている。
撮影:澤田翔

深圳にヒントあり

日本は、「超高齢化」という課題先進国だ。そんな日本に必要なのは、高齢者がいきいきと生活できること。テクノロジーを使って楽しむ、生活をより良くするサービスがますます必要だ。そのためにもテクノロジーを身近にし、先に述べたQRコードなど利用のハードルを下げてくれる「使うための技術」が必要なのだ。
澤田氏によれば、深圳にはそのヒントがたくさんあるという。
「深圳はもともと商人の街。外から来る人も多く、そのため新参者に寛容で新しいものでも拒否感なく取り入れる文化があります。商人たちが差別化のためにテクノロジーを率先して取り入れ、さらに低コストを追求していくのです」
こうした姿勢を学ぶことが、これからの日本には必要だろうと澤田氏は続ける。
「リープフロッグ現象を脅威に思う人もいるかもしれませんが、テクノロジーは多くの問題を解決するだけでなく、生活をより豊かに楽しくすることもできるのです。すべての年代の方にテクノロジーのファンになってもらいたい。そのためにテクノロジーの面白さと使い方を伝えていきたいです」
(取材・執筆:小川史晃 バナーデザイン:大橋智子)