やる気も本気も不十分な職場で、レジェンドの果たす役割

2018/12/28
アルバイト、パート、契約社員、ボランティア……同じ組織の中でも、働き方は人それぞれ。おそらく、一般の企業ではこういった構図が一般的で、日常化されていると思います。
プロスポーツの世界は少し特殊なのかもしれませんが、女子サッカーという分野に関していうと、そういった「一般企業」のような勤務形態で、様々な選手が集まっていることも少なくありません。
アメリカリーグは全員プロ契約で、チーム内で給料の格差はあれど、リーグの規定で設定されている最低賃金がヨーロッパに比べて非常に高いので、全員がサッカーでお金を稼げる仕組みになっています。ただ、それでもサッカー以外に「セカンドビジネス」を持ちながら、空いた時間にそういった活動をしている選手も多くいます。
ドイツも基本的には全員プロ契約ですが、他に仕事をしなければ暮らしていけない選手もいます。そういった選手は練習時間外はお金を稼ぐため(セカンドキャリアのため)に、他の企業に勤めて働いている場合もあります。
そして、私が今回所属するオーストラリアWリーグ。
プロリーグとして稼働する期間はおおよそ4カ月弱。プロリーグとして稼働する期間だけは契約を義務付けられて、それ以外の期間は活動こそしているものの、その分の給料は発生していません。
チームの3分の1の選手はアメリカを主戦場として戦っている選手で、3分の1は学生、その他の3分の1はメインの稼ぎとなる仕事を持っています。
Wリーグは、発足してから今年で11年目。近年、インターナショナルの選手が多く集まるようになってきました。当然、インターナショナルレベルで活躍している選手は、それなりのお金をクラブが保有していないと契約を結ぶことはできません。そういった選手を獲得できるようになってきていることからも、徐々にではありますが、各クラブ、またリーグの運営レベルは上がってきていると思います。
ただ、それでも最低賃金は驚くほどの低さで、4カ月でたったの1000ドルしかもらえない選手もいます。リーグに4試合出場すると契約のレベルがアップグレードされるらしく、若い選手はまずは出場数を伸ばすことが直近の目標になっているそうです。
そういう話を聞くと、今、自分がこのブリスベンというチームで感じていることは、ほとんど説明がついたりもします。

遅刻の選手を待って練習開始

まず、練習時間は朝8時から。他に仕事を持っている選手や、学生の選手がいるので、朝の早い時間帯、もしくは夜にしかトレーニングをできません。ちなみに、メルボルン・ビクトリーの練習開始時間は、毎日18時からだそうです。
練習が終わったらすぐに仕事に向かわなければならない選手が4〜5人いて、たまに練習の途中で抜けて仕事に向かう選手もいます。平日のナイトゲームの場合は、日中5〜6時間仕事をしてから試合に来ることもあります。そういった選手たちにとって、サッカーは「セカンドジョブ」という位置付けです。
ファーストジョブとしてサッカーをしている選手と、セカンドジョブとしてサッカーをしている選手が同じ組織に共存することは、難しいと常々感じていました。
まだイングランドのチェルシー・レディースが今のような経営(全員プロ契約)をできなかった時代に私は在籍していたのですが、その当時と似ている感覚があります。
1シーズン目、練習時間は19時から。プロ契約は私と数人しかいなかったので、練習に対するモチベーションの差が大きく、組織のマネジメントや練習の質に満足できず、毎日フラストレーションがたまっていました。
2シーズン目になってから少しは改善されたものの、遅刻して来る選手を待ってから練習がスタートすることも多く、真剣にサッカーに取り組みたかった私にとっては、毎日が葛藤の連続でした。

サッカーと向き合う姿勢

今回も似たような状況で、そこに共通して感じるのは「本気度」の部分。そこまでサッカーに対して真剣に向き合えていなかったり、そこまで情熱的ではなかったり……。
もちろん、好きでサッカーに関わっているのだろうけど、どこか必死になることを恥ずかしがっているような、本気になれないような、そんな選手が多くいます。
でも、これが現実で、別に否定しようとは思いません。高校生や大学生の年齢の選手たちが半数で、給料だって全然もらっていないし、ましてやセカンドジョブ。その状況で「もっと真剣にやれよ」と、簡単に強要することはできないと思っています。
彼女たちにとってはもしかしたらそれが「本気」なのかもしれないし、それくらいの情熱でしかサッカーと向き合えないのかもしれない。環境的に野心を持つことが難しかったり、多少諦めてしまっている部分もあったりするのかもしれない。
上から目線で言いたくはないけれど、正直、「それじゃあ試合で戦えないよ、世界レベルには程遠いよ」っていうレベル。
ただ、そんな選手たちにも少しずつではありますが、マインドの変化が見られるようになってきました。
監督は今季開幕前に、「世界一のチームになる」と選手たちの前で宣言しました。私が日本を離れてからそろそろ10年が経ちますが、私も人並み以上には世界を見てきたし、代表でもクラブでも、世界レベルを嫌っていうほど体感してきました。
その中で私がこのチームに圧倒的に足りないと感じるのは「サッカーと向き合う姿勢」です。

劣等感、自問自答、重圧、現実

「やる気」は自分自身でコントロールできるけど、「本気」は環境によって左右される部分が大きい。
今まで私が関わってきた環境は、本気でやらないと生き残れないものだったし、サッカーに対して真剣で、常に向上心高く日々成長することを目指すという情熱的な人たちであふれていました。そうでない人たちももちろん中にはいたけれど、大半の人が情熱的で、それが当たり前でした。むしろ、そうでなかったら取り残され、置いていかれるといった環境です。
長い間、何かを追いかけていて、「世界のトップ」という目標があって、それに対してがむしゃらで、必死で。そこを目指す理由なんて考える暇もなく、ただひたすら目標達成のためだけに毎日を過ごしていました。
そうせざるを得ない状況であった時期ももちろんあったし、自分が目指したかったのか、そうさせられたのかは正直わかりません。だけど、自分に対する劣等感は常にあったし、常に周りと比較して自分に何が足りないのか、どこを強みにすればいいのか、何を改善すべきなのか、という自問自答の連続でした。
少しでも成長しないと、今のままだと取り残される、世界レベルに追いつけない、追い越せない。そうやって自分のお尻をひっぱたき続けて、焦りというか、そんな「見えないプレッシャー」は常にありました。
でもそれを作り上げていたのは自分自身で、自分自身が求めていたからそれが現実になって、自分の目の前に現れてきました。そして、常に危機感を感じられる環境に身を置けた私は、相当恵まれていたんだと思っています。

周りを「本気」にさせるために

10年前の自分と今の自分。立ち位置は大きく変わっています。
何もない状態でチャレンジャーという立場でドイツに飛び出して、練習でも試合でも1vs1の球際のバトルで負けまくって、あたりの強さと速さの違いに圧倒されて、それでもなんとか食らいついて、時間はかかったけれど、今までフィジカルで負けまくっていた相手と互角に渡り合えるところまでたどり着くことができました。
いろんなクラブを渡り歩きながら、いろんな世界を見ていくうちに、組織や自分自身に求めるもの、自分が理念として大切にしているものも変化していきました。人間関係であったり、組織のあり方であったり、健全さがないことに対してつらさや苦しさを感じることが増えたりして、自分自身もサッカーをしていく中での目標や目的を見失っていた時期もありました。
「真剣に純粋にやろうとすると、損をする」……そう思った瞬間、意味も価値も見いだせなくなり、半分やけになっていた時期もありました。
今でもそう思うことは時々あるし、サッカーを純粋にさせてくれって思うこともあります。ただ、今ブリスベンではとにかくサッカーに対して純粋に、真剣に、そして情熱的な姿勢を表現し続けることにトライしています。
自分が「本気」であること、「真剣」であること。五分五分の勝負での球際では激しくいくし、どんな練習でも本気でやるし、守備ではタックルだってチャージだってする。何度も動き直してボールを引き出す動きをしたり、味方のためにスペースを作ったり。
少し自分でもやりすぎているなと感じることもあるけど、それでもうざがられようが、嫌われようが、練習では激しさを前面に出そうとトライしています。トップスター、レジェンド的な扱いをオーストラリアではされているけど、そういうのも良い意味でプレッシャーになっています。そういう扱いをされるということは、当然、目に見える結果を求められるからです。
現在、5試合プレーして2得点4アシスト。ブリスベンでもトップ下というポシジョンを任されていますが、時にはボランチのポジションまで下がってプレーすることもあります。
監督から求められているのは、私のそういった本能的なエネルギーであったり、情熱、持っている知恵(知識)をチーム全体に伝えてほしいということ。何か変化のきっかけとなるような「影響」を与えてほしいということ。
監督が情熱的で、サッカーを愛しているのが伝わってくるからこそ、自分自身のエネルギーを全開に出すことができている部分はあると感じていますし、彼女の選手から学ぼうとする姿勢は見習うべき部分だと思っています。私自身もチームから学んでいますし、互いにリスペクトし合い、学び合う姿勢が大切だと思っているからです。
ただ、私だってミスはするし、完璧ではありません。まだまだできることを増やしたい、精度の高いプレーをしていきたい、という想いは消えうせていないことも再確認させられています。いつだって、どんなときだって、自分自身に対してベクトルを向け続けなければ、成長することはできないから。
働き方がそれぞれ違って、モチベーションや取り組む姿勢、技術的なレベルもそれぞれ違うけど、その中で自分は何ができるのか、という問いが常に私の頭の中を巡っています。監督や何人かの選手から久々に純粋な情熱、野心を感じられるし、久々に強いやりがいを感じられている自分がいます。
残り2カ月という短いシーズンですが、結果を残していくことはもちろん、周りをもっと「本気」にさせていけるように、周りの選手の成長を促進できるように、サポートしていきたいと思います。
(写真:AAP Image/アフロ)