【永里優季】一流アスリートの「身体と感覚」への向き合い方

2018/11/17
中西哲生氏とパーソナルトレーニングを始めて早5年。今回も私が日本に帰国している間、お仕事でお忙しい中西さんにトレーニングをお願いし、2回ほどやっていただくことができました。
中西トレを書くのは久しぶりなので、感じたままに少しつづります。

人間の身体の本質に迫る理論

アメリカでの今シーズン、右のキックの精度が非常に悪く(あくまでも主観)、右でパスを出すのが嫌になるほどでした。
そのせいか、無意識に左でボールを蹴るためのポジショニングと身体の向きになり、最終的に左でパスを出すというイメージを念頭に置きながら常にプレーしており、7本のアシスト中、5本が左足から繰り出されていました。
今回は、この右足でのキックの「課題」を素早く見つけ、その修正に必要な解決策を1回目のトレーニングで処方していただきました。私の試合を毎試合チェックしてくださっているわけではないのですが、私がたまにFacebookにアップする動画をチェックしてくださっているだけなのに、1回目のトレーニングではその修正に的を絞ったトレーニングを行ってくださいました。
この適切な解決策を提示する早さは以前に比べて格段に上がっていて、今回は「相撲」の動き、いわゆる日本の「武道」で行われるような動きが取り入られていました。私も昨年、合気道を少しばかり学んでいたので、その理論が腑に落ちるのも早く、より人間の身体の本質に迫っていっている感じがしました。
相撲は、元来日本固有の宗教である神道に基づいた神事で、礼儀作法が重要視されているので武道というより武芸に近いと思います(相撲についてはもう少し深く勉強していきたい分野の一つで、これを読み解いていくことにより、「日本人とは何か?」という部分により近づける気がします)。
武道というのは究極の戦い(死と隣り合わせ)から生まれているものであって、そこから生まれた動きというのは、最も効率が良く、理にかなった動きであることは想像がつくと思います。
自分自身の身体と心が日々の生活、日々取り組んでいるトレーニングで変化していることによって、私自身の修正力が上がっていることももちろんあり、以前は修正するまでに今の倍以上の時間を要していましたが、ようやく私の身体がそれに適応できるようになってきたのかなと感じています。
修正し、次なる課題につなげるためには、新しい環境に飛び込むことや、それこそ「発想力」は欠かせない要素だと思います。この自己成長のループを感じられると、永遠に成長し続けられる気しかしません。

言語感覚と空間認知力

今までもいろんな言葉がトレーニング中に飛び交ってきましたが、今回も新しいワードがたくさん。「脊柱(せきちゅう)起立筋」「バックフット」「腰割り」「骨をそろえる」「首は縦にふらない、横にふる」……。
普段のトレーニングでは絶対に聞かないような用語が出てくる中西さんとのトレーニングはたまに頭が痛くなりますが(笑)、こういった言語は体の部位を正確に特定し、イメージを描きやすくするものであり、そういったことに自分の「意識」(気・エネルギー)をより集中させるものなので、使われる言語に対して自分の持っている「言語感覚」をどう体とつなげていくのか、という自分自身の「想像力・発想力」が大切だと感じます。
言語化力、言語力、言語感覚力、コミュニケーション力……こういった「言語」に関する能力は「空間認知力」と深く関わっていると感じています。
ただ単にその言葉の「意味」を知っているだけでなく、その言葉をどう組み合わせて展開させられるかが重要で、サッカーや音楽とも共通する部分がたくさんあると感じています。
音楽に関しては、バンドを組んでみてその共通部分を感じるようになりました。また、その言葉に対して自分の身体、または感情がどう反応するのか、といったところも検証しながら行うと、よりトレーニングそのものが面白くなると思います。
ただ、今までの私だと、どちらかというと「〜すべき」といった「義務感」の方が強かったのですが、今はいかに「楽しく」「面白く」やるかという捉え方を優先的にするようになりました。
目標よりも目的を大切にするようになり、そこからさらに全てのことには「個人差」があって、「楽しい」と思うかどうかもまた個人差。さらに、一般的に言われている「常識」というのは自分に全てそのまま当てはまらないし、時間はかかるかもしれないけど自分で自分のスタイルを探す方が楽しい、それが自身の幹になっていくと思うからです。
もちろん、そういった一般に言われている常識が当てはまることもあるのですが、その判断基準というのは常に「自分自身」にあって、自分がそれをやって「どう感じるか」、そしてその感じたことをどのように解釈するかで、自分色の「アート」が描かれていくのかなと思います。

「Multiple」トレーニング

2回目のトレーニングは、宮間あやという極上のトレーニングパートナーが来てくれることになり、より高度な 「Multiple」トレーニングを行いました。
日本では「マルチタスク」という言葉が使われていますが、Multipleという言葉の方がより近いと思ったので、この言葉を選択することにします。
2016年リオ五輪アジア最終予選でともに戦う永里優季(中央)と宮間あや(左)
このトレーニング、いくつかの動作を同時に行うというよりは、「行う動作を瞬時に切り替える」「その切り替えを繰り返し連続して行う」という感じで、内的認知で自分の身体を操作し、外的認知から得られる情報(物体)に対して自分の身体を瞬時に適切にアジャストすることを目的としたトレーニングのように感じました。
このような作業はサッカーでは頻繁に行われており、この部分を抜き取って、それだけに特化してトレーニングするというのはあまりないので、個人的にはかなり楽しかったです。
最近は、トレーニングというより遊んでいる感覚でトレーニングと向き合っている自分がいます。ただ、遊びといっても手を抜くとか、そういうのではなくて、だいたい遊んでいる時って周りのことが気にならないくらい夢中になっていることが多いですよね? そういう状態になれているということなんです。
「できないことがある」というだけで、そのできないことをできるようにするための「トレーニング=遊び」が思いつく。遊びの先に、可能性のある未来は広がっているような気がしています。

プロ選手のサッカー上達法

さらに、中西さんのパーソナルトレーニングと並行して、JARTAの中野崇さんにトレーニングを指導してもらい始めてから3年が経ちましたが、今回のオフも次なる課題をいただくことができました。
個人の課題に合わせていつも様々な動きを提供してくれるので、毎回会うたびに自分自身の変化も感じられますし、常にアップデートされているトレーニングなので、飽きることなく続けることができます(基本的に私は飽き性なので……)。
いつも地味な動きばかりなのですが(たまに高揚をそそる派手なものもありますが)、このおかげで自分の身体がどんどん変化し続けて、「サッカー、うまくなったね」と言われることが最近多くなりました。これは本当にうれしくて(笑)、サッカーうまい人になりたいってずっと思っていて、でも現実はなかなかそううまくはいかずで……中野さんとの出会いがなければ「サッカーうまい」って言われることは一生なかったと思います。
さらに、日々の気分の浮き沈みも減り、他人に対しても良い意味で寛容になってきましたし、今まで気になっていたささいなことが気にならなくなってきました(JARTAのトレーニングに興味がある方、どんなメソッドかを知りたい方は、JARTAのサイトへ)。
そして、以前に比べて格段にボールを触る時間は減り、チームのトレーニング以外ではほとんどボールを使ってトレーニングすることはなくなりました。それよりも、自分の身体一つでできるトレーニングを重点的に行うことで、そしてサッカーから離れた分野で多くの刺激を受けることで、身体と心は万華鏡のように変化し、その変化に伴ったボール技術が発揮できるようになるということを最近強く実感しています。
今回のオフシーズンもボールに触ったのは週1〜2回程度で、1カ月間ある程度コンディションは維持しつつ、その中で普段シーズン中にできないことをやり尽くし、レンタル移籍先であるブリスベンに先週合流しました。
オーストラリアのシーズンは短く、3カ月ほどしかありませんが、素早くチームにフィットし結果を出すことが当然求められると思うので、チームのサッカー、監督の求めるプレー、チームメートの特徴、そしてスタイルをできるだけ早く把握し、チーム内での円滑剤、選手同士をつなぐ接着剤として、お互いの成長を促進できる存在でいられるよう、励んでいきたいと思います。
(写真:長田洋平/アフロスポーツ)