グーグルや百度に学ぶ、大企業をAI企業に変貌させる5つのポイント

2018/12/18

スタンフォード大学のング教授が説く

AI研究者として世界的にも有名なスタンフォード大学のアンドリュー・ング教授は、企業がどのようにすればAIを有効に活用するAI企業に生まれ変われるのかを説いてきた。
その背景にあるのは、同教授が関わったグーグルや百度がAI企業に変貌(へんぼう)した、その時の体験だ。
ング教授の講演はこのコラムでも紹介したことがあるが、その内容がより整理されて『AI Transformation Playbook』として公開されている。以前にも加えて「なるほど」と思う点も多いので、ここでざっと概要を説明したい。
このプレイブックが対象とするのは、主に市場価値が5億ドルから5000億ドルまでの大企業だ。アセットや人材はいるのに組織やレガシーが大きすぎて動きが取れないような企業が、どうやって変わっていけるのかを説いている。

パイロットプロジェクトとモメンタム

アドバイスは5つのポイントから成り立っている。まずは「パイロットプロジェクトを推し進めよ」。
パイロットプロジェクトはモメンタムを得ることを目的とする。したがって、大きく出て成功を収めることが大切だ。小さいと十分なインパクトが得られず、全社にAIへの投資を説得できない。パイロットプロジェクトは、モメンタムを得てここからどんどん加速することを狙うべきなのだ。
その方法はこうだ。半年から1年の間に結果が見えるようになるプロジェクトを考え、それを数件、社内チームと社外チームとの協力によって進める。社内チームは業界について知識があるがAIがわからない。反対に、後者は業界知識には欠けるが、AIをよく知っている。そういう組み合わせを利用する。
また、パイロットプロジェクトには技術的な実現可能性が見えるものを選ぶ。やりたいことがいろいろあっても夢物語に終わらせてはならないのだ。有能なAIエンジニアに、その点を見極めてもらう必要がある。
パイロットプロジェクトでは、計測可能でビジネスにおける価値を生み出せることを目的とする。同教授は、グーグル・ブレーンを共同設立した後のグーグルでの体験を披露して、パイロットプロジェクトがどう有効だったかを説明している。
深層学習に対して懐疑的だった当時のグーグルで、同教授が選んだのは音声認識グループだった。会社としては検索や広告ほど重要なグループではない。だが、機械学習を統合したそこでの成功を目にして他のグループも関心を持つようになり、グーグル・ブレーンのチームはモメンタムを得た。
その後は、グーグル・マップのグループとマップデータの質を向上させ、その次には広告グループとも関わるなど、社内の理解が広まっていった。

チーフAIオフィサー職の設置

2つ目のアドバイスは「社内チームを作れ」。
最初のパイロットプロジェクトのために外部の助けを借りたとしても、長期的には社内チームを構築してユニークなエッジを見いだすのが得策である。
その際にキーとなるのは、インターネット黎明(れいめい)期のCIOのような存在だ。そうした存在がいれば、プロジェクトが各部署でバラバラに進められるのではなく、一貫した戦略の下で行われたパイロットプロジェクトをスケール化することができる。
きちんとしたAIチームが中央にあり、それをCTO、CIO、CDO(チーフ・データ・オフィサー)の直属下に置くか、あるいはCAIO(チーフAIオフィサー)職を設けるのがいい。それが全社のAIプロジェクトを手がけるという構図だ。どの部署も共有できるプラットフォームを構築する手もある。
全社的なAIトレーニングをやる。たとえAI人材を雇うことが難しくても、既存の社員をAI教育することは可能。MOOCやユーチューブなど様々な手がある。かつてのように講師を雇ったりしなくても、デジタルコンテンツで十分。あるいは講師とデジタルコースとを組み合わせることもできる。
社員の役割を新しいAI時代に合わせて転換させていく。トレーニングは、それぞれのポジションに応じたものだ。
エグゼクティブならば、AI戦略を立てるのに必要な基礎知識。部長クラスならば、アルゴリズムやワークフローの大まかなところを理解して、AIプロジェクトの方向性が設定できるようにする。AIエンジニアを育てるには、ツールに関して深い知識を取得させる。当然トレーニングの時間も、4時間、12時間、100時間以上と違う。

戦略、参入壁、社内外との情報共有

3つ目は「AI戦略を立てよ」。
自社の価値を打ち立てると同時に、参入壁を高くするようなものを考える。ただ、戦略はゼロの状態で見えるものではなく、まずいくつかのプロジェクトで経験を積まないとわからない。
4つ目は「AIの導入を通して参入壁を高くせよ」。
その方法も指南してくれる。一つは、自社戦略にも沿った難しいAIのアセットを打ち立てることだ。他社が簡単にはまねできないもの、という意味である。また自社業界に特有のAI利用の方法を考えること。一般的な機能ではなく、業界的AIを生み出して業界1位になることを目指す。
そして、AIによる好循環を作ることも大切だ。プロジェクトでユーザーを引きつけ、そこからよりたくさんのデータを得て、そのデータを使ってより優れた製品を作るというサイクルを生み出すのだ。データは、AIシステムにおけるキーであることを忘れてはならない。
最後の5つ目のアドバイスは「AI導入に際して社内、社外とコミュニケーションせよ」。
AIが起こすインパクトは大きいので、投資家に対する説明やユーザーとの情報共有、人材発掘などが必要になる。政府機関との関係においても、AIを利用することの意図を正しく説明できることが重要だ。
そして社内に向けては、AIへの不信感やAIによる雇用代替の問題についての不安を払拭するためのコミュニケーションが必要になる。

インターネット時代の失敗に学ぶ

ング教授は、インターネット時代の失敗から学ぶこともあると次のような例を挙げている。一部は以前のコラムでも触れたことだ。
まず、ショッピングモールのウェブサイトを作ったからといって、すぐさま成功するインターネット企業にならないのと同じく、典型的な企業に深層学習技術を導入しただけではAI企業にはならない。
インターネット企業では、インターネットの強みを生かしたA/Bテストや顧客からのフィードバックを迅速に生かしてサービスやサイトを最適化した企業が勝った。
同じようにAI時代にも、AIだからこそできることを生かさなければならない。AIプロジェクトを複数同時にシステマティックに遂行して、ビジネスの価値を構築するといったことなどだ。
同教授は、AIプロジェクトの成果は半年から1年で見えてきたとしても、既存企業がAI企業としてしっかりと確立するまでには、2〜3年かかるという。一夜で生まれ変わるわけではない。だからこそ早く始めないと、競合優位性を失うと警告している。
*本連載は毎週火曜日に掲載予定です。
(文:瀧口範子、写真:MF3d/iStock、図表:https://landing.ai/ai-transformation-playbook/)