急速に進む各国のフィンテックとその未来

2018/12/13
世界で急速に進むフィンテックの波。それぞれのローカルでフィンテックはどのように進んでいるのか。また、フィンテックが国の垣根を越えて、どうグローバルに進化していくのか。10月25、26日に開催された「Fintech Japan 2018 」では、世界からフィンテック事情に詳しい専門家を招き、各地域の事情とグローバル化、フィンテックの未来について意見が交わされた。
コービン 本日は、世界からフィンテック業界に詳しい方々をお招きして、フィンテックのグローバル化、その先に広がる未来についてセッションします。
 私はモデレーターを務めさせていただくデビッド・コービンです。Tech in Asia の日本代表として、日本やアジアのフィンテック領域のコミュニティづくりを進めています。
 早速ですが、フィンテックにはアセットマネジメント、決済などの分野がありますが、みなさんの地域で一番大きな分野はどこでしょうか。また、グローバルの展開が進んでいくと思われる分野についても教えてください。
イスラム向けフィンテック市場の拡大
カーン 「MENA」は中東(Middle East)と北アフリカ(North Africa)の頭文字をとった地域で、世界から高い注目が集まっている市場です。そこでMENA Fintech Association創設理事をしているナミアー・カーンと申します。
 MENAでは、非常に速いペースでフィンテックが進んでいます。ローカルのスタートアップだけでなく、外国からの参入も多くあり、決済サービスの新しい市場が生まれています。
 中東では銀行が積極的にフィンテックを取り入れていて、ロボアドバイザーなどの導入も進んでいます。行政も国内だけでなく外国からの参入も含めて、フィンテックの普及を規制面から後押ししています。
 MENAは人口が3億5000万人いて、そのうちの76%がスマートフォンを保有しているビッグマーケットです。フィンテックはあらゆる産業で市場原理を打ち破るディスラプターとなっていますが、特に金融業界ではそれが顕著になっていくでしょう。
 MENAでは金融のグローバル化が進んでいて、分野をまたいだ決済もあります。特に注目しているのは、レギュテックやイスラム教徒向けのフィンテックです。これらは大きな潮流となっていくと思います。
コービン イスラムのフィンテックというのは、具体的にどのようなものでしょうか。
カーン もともとイスラム教徒向けの銀行というのがあり、それと同じようにイスラムのフィンテックがあるということです。イスラム教の原理にのっとったプロセスを採用しています。
コービン グローバル企業がMENAのような地域でフィンテックに参入するときは、どれくらいイスラム教徒を意識しなくてはいけないのですか。
カーン イスラム教徒向けのバンキング、フィンテック市場はグローバルで伸びているのは事実です。ただ、イスラム教徒向けだからと、そこまで心配する必要はありません。
 すでに今でも、ひとつのソリューションを日本向けとイスラム教徒の多いマレーシア向けとでは違う製品にするということがあると思います。考え方はそれと同じで、地域ごとに違いがあるというだけです。マーケットのニーズを捉えて、それに合わせて技術やソリューションを採用して、地域特性に応じた工夫を加えればよいのです。
アジアのフィンテックは第2フェーズへ
コービン ポールさんには、アジア発のグローバルなフィンテック企業が出現する可能性についてお伺いしたいと思います。
リー Hong Kong Internet Finance Associationの会長をしておりますポール・リーです。
 アジアからグローバル企業が出てくる可能性は、とても高いと思います。香港市場を見てみると、香港自体は小さな市場ですから、生き残るにはアジア、特に中国市場への進出は不可欠です。
 また、大中華圏を含めた今のアジアのトレンドは、第2フェーズに入っているといえるでしょう。それ以前の最初の段階は、消費者ニーズを解決する「決済」でした。この分野はすでに既存のプレーヤーが十分にそのニーズを満たしています。
 次のフェーズでは、より消費者のニーズを深掘りしていくことになります。例えば支払いのストレスの軽減もそのひとつで、最終的な理想形は「100%ストレスのない支払い」です。既存の支払いプロセスでは解決が難しいこの課題をIoTで埋めようというフィンテックの会社も登場しています。支払いでのプロセスで全くストレスを感じなくなっていく、そんなフィンテックのアイデアには、ワクワクします。
コービン アジアにはアリペイやウィチャットがありますが、これらを超えることが期待できるような事例はありますか。
リー クレジットカードを使うときは、サインをしたり、暗証番号を入力しなくてはいけません。また、利用額にもあらかじめ設定した限度があります。
アリペイウォレットというサービスではQRコードをスキャンするだけで決済でき、サインや暗証番号が不要です。購買履歴や口座情報からデータを判断して、その都度限度額を自動的に設定するので、突発的な高額の買い物にも対応できます。こうすることで、支払い時の煩わしさやストレスが軽減されます。
EUで進む「規制☓テクノロジー」のレギュテック
コービン EU、あるいはヨーロッパのフィンテックでは、どんなアイデアがブームですか? また、グローバルなフィンテック企業の参入はどうですか?
テオボルド Luxembourg for Financeの財務副会長のトム・テオボルドです。ヨーロッパでもフィンテックの柱はやはり決済で、スウェーデンのクラーナのようなユニコーンが生まれています。
 ヨーロッパの人口は5億人以上で、いろいろな国の顧客行動や金融が一緒くたになっています。しかし、フィンテックの規制はひとつで、市場もひとつ。単一パスポート制度で、この大きな市場全体にビジネスを展開できます。
 もうひとつのドライバーとして注目したいのが、規制とテクノロジーを組み合わせたレギュテックです。金融危機の後、多くの規制が強化され、大量のデータ処理という負荷がかかっています。これはヨーロッパに限らず、どこの地域でも共通の課題です。
 この解決策を打ち出せれば、その企業はグローバルに拡大し、さまざまな規制に適応できるようになるでしょう。
ローカル☓グローバルのパートナーシップのメリット
コービン スタートアップがグローバル市場に参入する際、ローカルの大企業とパートナーシップを組むケースが増えています。スタートアップにとって、そのメリット、デメリットはどちらが大きいでしょうか。
カーン スタートアップのグローバル展開では、いくつか留意点があります。まずは自分が展開する市場がどこかを明確にして、そこの既存プレーヤーの強みを把握することです。
 次にパートナーが必要かどうか。ビジョンや戦略と照らして整合性があるならば、大企業と組むのもいいでしょう。早い成長なのか、長期的視点なのか優劣やバランスを考えておく必要があります。また、自社のソリューションがグローバル企業のエコシステムに合致していれば、企業側からアプローチしてくる可能性もあります。
規制のイニシアティブをとるのはどこか?
コービン グローバル化の障壁のひとつが規制です。EUは個人情報保護では世界のリーダーシップをとっていますが、中国も個人情報保護に乗り出しています。金融規制は今後、どの地域がイニシアティブを握るのでしょうか。
テオボルド 難しい質問ですね。規制というのは、ある程度、市場ごとに異なるものだと思います。ヨーロッパでは、ひとつのソリューションをそれぞれの市場に合わせてつくり、規制が入る前にできるだけ早く育てるという考え方が主流です。逆に、規制を前提としてどの市場に入るかを考える、というやり方もあるでしょう。
 G20 やOECDなどでもフィンテックについて国際的な議論が重ねられています。最終的にグローバルなガイドラインは成立すると思いますが、市場ごとの規制というのも残っていくのではないでしょうか。
コービン では、その際に、規制づくりのリーダーとなるのはどこの地域だと思いますか。
テオボルド データ保護ではヨーロッパです。GDPR(EU一般データ保護規則)がすでにあって、アメリカの企業もGDPRをどんどん活用しています。仮想通貨やICOについては、どこがリーダーになっていくかは、まだこれからですね。
コービン 中国の規制はどうですか。
リー 中国は非常に大きな市場で、規制当局の影響力も強いです。しかし、一方で、ほかの国々とのギャップを埋めようとする動きもあります。例えば、広東、香港、ベイエリアは現在、それぞれの管轄区域の法的枠組みがありますが、試験的に同一のフィンテックポリシーを運用しています。
もうひとつはシンガポールです。規制をリードすることで、国境を超えたサンドボックス(※)を設定しようとしています。さらに、東京でもフィンテックを積極的にサポートしようとしています。
※サンドボックス=外部から受け取ったプログラムを保護された領域で動作させることによって、システムが不正に操作されるのを防ぐセキュリティ機構
 中国、シンガポール、日本、この3つの国がつながれば、かなり成熟したフィンテック市場が形成されます。3年から5年後にはそれが実現しているだろうとみています。
ブロックチェーンの規制は成立するか?
コービン 仮想通貨のブロックチェーンについても、考えてみたいと思います。中央集権化している金融システムを分散化するというのがブロックチェーンですが、分散化とグローバル化は両立すると思いますか。
カーン ブロックチェーンを考えるときに、なぜ分散化しなくてはいけないか、中央集権化しないといけないか、ということをまずは考えることが大切です。すべてが分散化するのがよいということではなくて、業種によって実現可能なもの、そうでないものがあります。
 例えば、製造業の分野ではブロックチェーンが実装される可能性は高く、急速に実現化できると思います。ただし、流行に惑わされて、なんでもかんでもブロックチェーンというのは、よくないと思いますね。
テオボルド ブロックチェーンのテクノロジー企業にとっては、規制された環境のなかで展開するブロックチェーンが理想です。しかし、それをオープンな環境のパブリックチェーンで展開するのは全く別の話です。
 それを解決していこうという試みもあります。ルクセンブルクでは、バーチャルなネットワークでオペレーターが規制を守るプロジェクトがあります。オペレーションを行うコミュニティがブロックチェーンを管理するレイヤーになるのです。
3年後のフィンテックの姿は?
コービン 最後に3年、5年先のフィンテックがどうなっているか、予測をしてみたいと思います。
カーン ブームの渦中にあるフィンテックですが、市場がますます拡大していくでしょう。オープンな市場には、より若く、規模は小さくとも優秀なプレーヤーが多く登場してくると思います。彼らはテクノロジーの力で大手をしのぐ可能性もあります。
 規制に関していうと、今の金融業界はすべての規制が相互に関連しています。イギリスではグローバルなサンドボックスが誕生し、協力体制を築く動きもあります。今は日本の中だけで閉じている金融オペレーションが、グローバルに出ていく展開もあり得ます。
 いくつかの企業はフィンテックで大成功するでしょう。レギュテック、決済、そのほかの分野から成功者が出てきて、それらがひとつになってエコシステムが確立し、さらに強固な構造を担っていくと思います。このような状況が3年以内に実現すると予測しています。
リー 私はフィンテックのグローバル化には、懐疑的な立場です。金融の越境ニーズ、つまりグローバルな需要は想像ほど大きくありません。さらに、外国企業のローカル参入はハードルが高いのですが、ローカルをやらないと越境ビジネスはできないというジレンマがあります。
 ただし、ローカルなフィンテック企業にはチャンスです。グローバル企業がローカルに参入するとき、パートナーになってほしいという申し出があるかもしれません。
テオボルド IT系のフィンテック企業は、いずれも銀行ほど規模は大きくありません。金融機関にとっての脅威は、競合の銀行がデジタル化してフィンテックのエコシステムを構築することでしょう。もしかすると、GoogleやAmazonのようなグローバル巨大企業が競合他社になっていくかもしれません。
 また、銀行、IT企業のどちらがフィンテックのリーディングカンパニーになろうが、フィンテック企業にとってはどちらにもチャンスとなります。そういう意味では、両者にビジネスの成功のチャンスは広がっているとも言えます。
コービン 日本もまさにそうです。フィンテック協会は、数年前は会員が数十ぐらいでしたが今は数百の会員がいるわけです。売上高10億ドル超のスタートアップはまだ出ていませんが、これから数年の間に変わるかもしれません。より多くの海外の企業、国際的な企業が参入をしています。
 日本の顧客はこのようなテクノロジーを活用するようになっています。これが役に立つとわかれば、さらに普及が加速するでしょう。
(編集:久川桃子 撮影:稲垣純也 デザイン:斉藤我空)