「コンフォートゾーンから抜け出せ」というアドバイスはキャッチーだが、「『発達の最近接領域』(ZPD)にとどまれ」という助言のほうが優れている。

間違った方向に負荷をかけすぎる

自己改善のためのアドバイスをインターネットで探していると、まず目に入るのがトレーニング姿の先生が「成長は、居心地が良いと感じるコンフォートゾーンを出たところから始まる」と語りかけるものだろう。
これは、シンプルで直感的なアドバイスだ。自らを快適ではない状態に置くことによって己の気概を証明するという、大勢の人が持つ自虐的な欲求に訴えかけている。
インターネットで見るこの格言には、ひとつだけ問題がある。これがまったくの誤りであることを、科学が証明しているのだ。
だが、自己実現に取りつかれた多くの人たちは、こう答えるだろう。「上達したいなら、自分を駆り立てなければならないのは当然だ」
確かにそうだ。今より強くなりたいなら、軽すぎて汗も出ないようなウェイトを繰り返し持ち上げても、何の役にも立たないだろう。来る日も来る日も、まったく同じことをしていたら、より良い結果には結びつかない。
しかし、たくさんの熱烈なジム愛好家たちが悟ったように、間違った方向にやりすぎると横紋筋融解症で苦しむことになる。赤褐色の尿が出て、近くの病院の救急外来で激しい痛みにのたうち回るのだ。
聞いていて気持ちの良いものではないが、医学的に正しい話だ。そして、これはスポーツだけに限ったことではない。

自己犠牲と心理的な挫折の結果

Inc.の寄稿者で、成果を上げる方法を指導するメロディ・ワイルディングが先日、英『ガーディアン』紙で自分の経験について書いている。それによると、自分のコンフォートゾーンを超えて頑張りすぎると、心理的に大きな挫折することになりかねないという。
「リーダーシップの専門家たちのアドバイスに従って、自分のコンフォートゾーンに容赦なくプレッシャーを加えていた私は、燃え尽きてしまった」と彼女は書いている。
かつてマンハッタンで野心に満ちて働いていたワイルディングは、自分を駆り立てれば駆り立てるほど、ますます惨めになっていったことを明かしている。
「外から見れば、すべて順調に見えた。私はまるで成功そのものだった。でも内面は打ちひしがれ、途方に暮れていた。自己改善の考え方に従って、私のこうした感情は、自分自身の未熟さからくるのだと考えた」と、彼女は当時を振り返る。
「『もっと一生懸命に働けばいいのだ』と私は考えた。『私はコンフォートゾーンの外にいる。いずれ良くなる。すぐに慣れる』」
でも、そうはならなかった。改善するどころか、ワイルディングは挫折した。
「30代半ばなのに、疲れ果ててほとんど動けず、ベッドに寝たきりで、動悸と悪夢に苦しんでいた。快適ではない状態に自分を追い込むことによって、私は自分を犠牲にし、疲れ果ててしまったのだ」
彼女は仕事を辞め、自分を見直すことにした。

自力で発達できる水準を見極める

これは、1人の女性が勇気を持って語ってくれた物語というだけではない。実際に、彼女の体験を裏づける研究がある。
大きく進歩するための最善の方法は、自分をできる限り追い込む(ときには、できる以上に追い込む)ことではない。
人生のどの領域について改善しようとしているのであっても、「発達の最近接領域」(ZPD:発達は可能だが、自力で発達できる水準を超える範囲)を目指すのが最善策であることが、多くの研究により示されている。
「『発達の最近接領域』という概念はコンフォートゾーンに近いものだが、健全で段階的な成長を可能にする」とワイルディングは説明する。そして、より苦しめば苦しむほど多くを学ぶことができるという考え方とは異なり、実際に多くの研究によって裏づけられている。
著作家のジェームズ・クリアは、この考え方に賛同している。「科学者たちは何十年もの間、動機について研究してきた。まだ学ぶことはたくさんあるが、最も矛盾のない発見のひとつが、モチベーションを持ち続けるために一番良いのはおそらく『ちょうど手に負える難しさ』の課題に取り組むというものだ」
彼はこれを、童話『3匹のくま』に登場する少女の名前をとって「ゴルディロックス・ルール」と呼ぶ。
「ゴルディロックス・ルールとは、人間のやる気が最大になるのは、自分の現在の能力で何とか届くレベルの仕事に取り組んでいるときであるというものだ。難しすぎず、簡単すぎない。ちょうど良いレベルのことだ」と彼は説明する。

ストレスの「スイートスポット」

科学者たちは、ストレスという観点で見ると、職場でも同様の原理が働いていることを発見している。
ハーバード・ビジネス・スクールの調査によれば、ストレスが高すぎると実際には高いパフォーマンスをもたらさないという結果を示されている。また当たり前だが、退屈しすぎても、改善や達成にはつながらない。
心理学者たちは代わりに、最も速く改善するためには、少しだけ負荷をかけて、ストレスの「スイートスポット」に身を置く方法を薦めている。
肝心なのは、自分を絶えず快適な領域から押しやったところで、勇敢ではないし、賢いことでもないということだ。居心地が良いと感じる場所から遠く離れようとして、平凡だが確実な道を拒絶することも賢明ではない。
つまりこれは「長期的な成功のための賢い戦略だ」とワイルディングは力をこめて主張する。彼女はこう締めくくっている。
「時間や配慮に対する要求が増え続ける世界では、コンフォートゾーンは、ストレスが強くなりすぎてしまったときに逃げ込むことができる、予測可能で自分が熟知している場所として機能する。

コンフォートゾーンは、自信を取り戻し、勢いをつけ、明瞭に考えるための場所として働く。不快なことと格闘する時間が少なければ、われわれは最も重要なことに、もっと集中することができる。

日常的にコンフォートゾーンを出て自分を追い込んでいる人を、飛行機からスカイダイビングで飛び降りる人にたとえるとするなら、自分のコンフォートゾーンの内側で活動することを選ぶ人は、静かにレンガを積み、自分が健やかに過ごすことのできる家を建てている人だといえるだろう」
ワイルディングの説に、あなたは賛成だろうか──。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Jessica Stillman/Contributor, Inc.com、翻訳:浅野美抄子/ガリレオ、写真:daruma46/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.