[東京 6日 ロイター] - 米アップル<AAPL.O>や英ダイソン[DAYSN.UL]などデザイン先進企業といわれる海外勢をにらみ、国内電機大手が製品デザインの強化に向けて自社の人材や体制の整備に乗り出した。技術面で製品の差別化が難しくなる中、市場での勝敗を左右するのはデザイン、との認識は徐々に浸透しており、政府も産業界への啓発に動いている。

一方で、その価値に理解が未熟な企業も依然として多く、広がり始めたデザイン志向が産業競争力の強化につながるかは不透明だ。

「このアイディアは、技術者からは出てこないと思う」。風変わりなウェアラブル端末「WEAR SPACE(ウェアスペース)」を開発したパナソニック<6752.T>の若手デザイナーは胸を張る。「心理的なパーソナル空間を着る」というキャッチフレーズで売り出す製品で、頭部に着けるとU字形の仕切りが左右の視界をさえぎり、組み込んであるヘッドフォンが雑音を遮断する。手元の作業に集中できる環境を簡単に実現できるデザインだ。

若手デザイナー10名前後からなる開発チームは、パナソニック家電事業のデザイン部門における改革の一環として発足。「(同社のデザイナーは)既存の商品を技術陣から与えられた条件で改善するのは得意だが、今求められているのは新規を創出する力」(臼井重雄・デザインセンター所長)との考えから、メンバーを既存事業から切り離し、新領域開発に専念させている。また、2カ所にまたがっていたデザイン拠点を京都に一元化するなどの改革も実施。「経営幹部もデザインの可能性に少しずつ気付いてくれている」(同)と手ごたえを感じている。

商品化への事業資金をクラウドファンディングで調達しているのも、このチームの斬新さのひとつだ。社内の組織や予算管理の制約にとらわれずに、自由に活動するという狙いがある。

こうした動きが広がっている背景には、デザインが商品の見た目だけでなく、使い勝手や使用体験をも左右する重要な経営資源であるとの認識がある。

1960年代から社長直轄のデザイン組織を持つソニー<6758.T>でも、デザイナーが活動の場を広げつつある。今年は世界最大規模のデザインの祭典「ミラノデザインウィーク」に8年ぶりに復帰したほか、年初に発売された犬型家庭用ロボットaibo(アイボ)の開発では、ユーザーが商品の箱を開ける瞬間から飼い主同士のコミュニティ形成まで「体験すべてをデザインする」という構想の下、デザイナーが全面的に開発に携わった。

たとえば、商品の箱の中にアイボをどう配置するか。デザイナーたちは徹底的に議論を重ね、ユーザーが開けたとき、アイボがより本物の犬らしくみえることを重視し、首を一方に傾げて置くことに決めた。

箱の内部を非対称の形状に成型する必要があるため、頭も体も伏せて置くよりもパッケージのコストはかかるが、「寄り添う生命体としたときに、仕草として不自然にならない形というのを大事にした」と同社クリエイティブセンターの長谷川豊センター長は話す。 

三菱電機<6503.T>では、炊飯中に蒸気が外に出ない炊飯器をはじめ、空気清浄機付きで収納の必要がない掃除機など、「デザイナーの提案から商品化される製品が増えている」(デザイン研究所の阿部敬人所長)という。技術者との人事交流も活発に行い、デザインの重要性を社内に浸透させている。

<意識の低さ、政府も啓発後押し> 

日本はかつて、ソニーのウォークマンなど先進的なデザインで知られたが、現在、デザインの力で製品価値を高めた例として取り上げられるのは、アップルやダイソンなどの欧米企業ばかり。

デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社知的財産グループの小林誠シニアヴァイスプレジデントは、「日本の製造業は、バブル崩壊までの成功体験から技術開発に走り、品質や機能ベースで製品の価値をとらえていた」と解説する。

アップルなどの欧米のデザイン先進企業では、製品やサービスの企画の初期段階から、外形的なデザインだけでなく、画面のユーザーインタフェース、使い勝手や分かりやすさ、さらに使い心地や印象、感動など、製品やサービスを通じて得られる利用者の体験を想定しながらデザインしている。これに対し、日本企業では企画が固まった後になってからデザイナーに依頼が来ることが多いという。

マツダ<7261.T>からシャープ<6753.T>に移ってデザイン部門を率いた大矢隆一氏(11月に定年退職)も、「国内家電メーカーは技術重視の傾向が強い」と語る。「デザイナーが提案しても、技術陣に『コストがかる、作れない』といわれるとあきらめがちになる」。 

デザイン会社Takram代表で、英ロイヤル・カレッジ・オブ・アートの客員教授の田川欣哉氏によると、2000年前後にグーグルやアマゾン<AMZN.O>などのソフトウェア型の企業が台頭して以降、ソフトウェアによって複雑化した製品の機能を分かりやすく見せる上で、デザインの役割と重要性が急激に増した。

たとえば、ラジオやテレビのように機能が限られた機器の操作は単純だが、iPhoneのように電話やメール、インターネットなど数多くの機能を持つデバイスを直感的に使えるようにするには、人の行動や認知のしかたを熟知したデザイナーの知識が不可欠になる。

一方、80年代に電子機器のハードウエアで強みを発揮した日本企業は、ソフトウエアで出遅れたため、デザインについての理解が進まず、「下流の工程でアーティスティックな人たちがよく分からないことをやっている、と思っている経営層が多い」(田川氏)とみる。

実際に意匠登録の出願件数でも、欧米や中国、韓国では増加傾向が続いているが、日本は減少傾向となっており、2017年は約3万2000件と中国の約20分の1、韓国の約半分にとどまっている(訂正)。

日本企業の意識の低さに危機感を抱いた経済産業省と特許庁は研究会を立ち上げ、今年5月、デザインが産業競争⼒に直結すると説く報告書をまとめた。具体的には、デザイン責任者の経営への参画や意匠権保護のための法改正、人材育成の強化などを提唱している。

研究会に関った特許庁の久保田大輔・意匠制度企画室長は、「民間がやることにどこまで国が関るべきなのかという議論はあった」と振り返る。「一方で有識者からは、これを逃すと本当に世界から遅れをとる、国から後押ししてほしい、という声が強かった」という。 

研究会のメンバーでもあったTakramの田川氏のもとには、報告書を受けてデザインについて教えてほしいという依頼が数多くの企業から来ているといい、「着火し始めている感はある」。「政府ができるのは啓発くらい。ただ、デザインについての知識がない経営陣に対し、現場の人たちが国の報告書を使って説得することはできる」と期待する。

*下から4段落目、意匠登録の出願件数を「韓国や中国の約半分にとどまっている」から「中国の約20分の1、韓国の約半分にとどまっている」に訂正します。

(山崎牧子、志田義寧 編集:北松克朗)