開始4年、低迷からの脱却

10月7日にシカゴで行われたマラソン大会の開始前、「Apple Pay」アンバサダーチームがリンカーンパークなど市内数カ所に降り立った。コース沿いにはAppleの電子決済サービス開始をサポートする「アクティベーションゾーン」が設営され、Apple Payを利用する観客には、周辺の屋台のタコスが1ドルで提供された。
Apple Payのサービス開始からはや4年、Appleはさまざまな地域で地元商店や消費者にサービスの普及をはかっている──。
だが、そう簡単にはいかない。クローン・コンサルティングによれば、英国でApple Payを少なくとも月2回使う世帯は、クレジットカードを保有する3世帯のうち1世帯。米国で同程度にサービスを利用する世帯は、全体のわずか14%にすぎない。
しかも米国におけるApple Payの成長は、競合するWalmartのサービスより成長が鈍いという。
何年も低迷を続けたApple Payだが、最近になってついに利用者が増え始めたようだ。Apple Pay Cashという新機能のおかげで、モバイルアプリから実店舗決済まで軒並み利益があがっている。
アナリストによれば、消費者の商品購入方法に変化をもたらすことはないものの、Apple Payは追加サービスのひとつとして、Appleの主力製品であるiPhoneに消費者をつなぎとめる役割を果たしている。

個人間送金機能を追加

2017年12月にスタートしたApple Pay Cashは、PayPalの「Venmo」と同じ個人間送金(P2P)サービスで、iMessageを通じた個人間の金のやりとりを可能にする。
すでに利用者は数百万人にのぼるとAppleは言う。このサービスはApple Payが提供する他の機能の利用を促す効果もある。
「1年前から個人間送金機能が追加されたことで、競争力が格段に増した。この機能は、欠けていたパズルの大きなピースのようなものだった」と、ループ・ベンチャーズのマネージングパートナーであるジーン・ムンスターは電話インタビューで語った。
さらに、Apple Payの最大の障害であるサービス加盟店の不足は解消に向かっている。Appleによれば、年末までに米国の小売業者の60%がiPhone用のタッチ決済端末の導入を予定している。4年前の3%に比べると格段の進歩であるうえ、英国、カナダの普及率と同レベルになる。
「米国以外では成長がもっと速い。小売店はすべて非接触型決済が可能な状態であったし、消費者もコンタクトレスカードをすでに使用していたからだ」と、クローン・コンサルティングのリチャード・クローン最高経営責任者(CEO)は言う。

Apple Payに訪れたチャンス

電子マネーチップ入りのコンタクトレスカードはヨーロッパで人気が高まっており、店頭での新たな決済方法として頭角をあらわしはじめている。
クレジットカードとしての機能に加え、電子マネーも使えるデュアルインターフェイス・プラスチック・クレジットおよびデビットカードがあり、どちらも会計時にタップすれば支払い完了だ。
こうしたカードが今秋いっせいにサービスを開始し、Apple Payよりもクールな新テクノロジーという印象を消費者に与えていると、キャピタルワン・ファイナンシャルインクのトム・プール副社長は言う。
「消費者は先に進んだ」と、プールは言う。「われわれが進むときには、次に大ブームを起こしそうなものを探す」
Apple Payを受け入れる電子商取引サイトの増加から、Apple Payはまたとない機会を与えられているとプールは見ている。
ただし、Apple Payが米国よりずっと普及している英国の場合、もともとデュアルインターフェイスカードの普及率が高く、会計の際に携帯電話をタップする考えに、消費者がなじみやすかった。
米国では、店舗でのApple Pay決済の割合はまだ少ないという報告がある。
たとえば、ニューヨークの3番街にあるファストフードのプレタ・マンジェのブラウリオ・サンチェス店長によれば、Apple Payを利用する顧客は全体の5%から10%に過ぎず、それもデビットカードやクレジットカードを忘れたときに限るという客が多い。
「クレジットカードを使うのと基本は同じ」とサンチェスは言う。「もっているなら使えばいい」

主戦場はオンラインへ

Appleはサービス利用者の増加をねらって、デビットカードやクレジットカードよりも多くの機能を提供している。
デューク大学、オクラホマ大学、アラバマ大学は11月、図書館や寮、イベントへのアクセス、軽食、ランドリー、キャンパス周辺のレストランの支払い手段のひとつとして、iPhoneやApple Watchのサービス利用を開始した。
Apple Payは、ほぼ50カ所の主要スポーツスタジアムとアリーナでも使用されている。最近のロサンゼルス・サッカークラブの試合では、決済の半分以上でこのサービスが使われたとAppleは言う。また、今後もポイントカードと交通系ICカードをデジタルウォレットと紐づけていく。
それでも米国におけるAppleの最大のチャンスは、オンライン決済サービスPayPalの縄張りに切り込むことかもしれない。ショッピングの主流はオンラインに向かっている。Apple Payを使ったモバイルアプリ決済の成長は、実店舗決済よりもはるかに速い。
「スタート当時は、店舗での買い物の支払いをタップで済ませるという話だった」と、ワイヤレス通信会社に投資するファルコン・ポイント・キャピタルのマイケル・マホニー専務取締役は語る。
「モバイルコマースの世界全体がスマートフォンですべてを済ませ、あとは配送という方向に大きくシフトしている。うちの子どもたちは店に行こうともしない。Apple Payは行動の変化に伴って変身した」

あらゆる場所で決済可能

Apple Payはすでに数十万のウェブサイトと、世界の電子商取引アプリの上位100種のうち85種で使用されている。米国ではオークションサイトのeBayが売り手にAppleのサービス導入を促し始めた。
Appleの強みは、モバイル、デスクトップ、アプリ内、P2P、実店舗のすべてで決済ができる唯一のデジタルウォレットだということだ。
ムンスターの推計によれば、世界中のiPhoneユーザーのApple Pay利用率はおととしで25%、昨年は31%に達した。また、Apple Pay導入は海外で急増しており、海外ユーザーが85%を占めるという。
クローンによれば、Appleの場合、米国で月に2回以上の取引を行うユーザー数は3200万人だが、PayPalは2億5000万人、Walmart Payは3100万人だ。
だが、Walmartのような小売業者との比較はAppleにとって重要ではない。Walmartのサービスは同社の店舗でしか使えないが、Apple Payはいずれ、どこでも使えるようになる。
さらにデジタルウォレットは、消費者がAppleのガジェットを求める理由のひとつになっているとAppleは考えている。
「開始当初の期待からすれば、かなりの失望感だった。Appleは決済を中心にビジネスを構築し、決済の仕組みを根底からくつがえす勢力になるはずだった。その部分はうまくいかなかった」と、ムンスターは語る。
「だが私はまだ楽観的だ。Apple Payは破壊的なインパクトをもたらし、Appleに強みを与え、iPhoneとApple Watchを買う動機にもなりうると思う」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Olga Kharif記者、翻訳:栗原紀子、写真:©2018 Bloomberg L.P)
©2018 Bloomberg L.P
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