多数の著作を発表しているマーケティングのエキスパート、セス・ゴーディンには2つの目標がある。まず、起業家をはじめとする人々を優れたマーケターにすること。そして、それ以外の人たちの時間が、出来の悪いマーケターによってムダにされないようにすることだ。
新著『This Is Marketing: You Can't Be Seen Until You Learn to See』で、マーケティングはビジネスのあらゆる側面に広がる総合的な活動であるとし、資金や知性よりも、共感や直感を活かすものであると述べているゴーディンにインタビューを行った。
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起業家の優位性とは

──マーケターが考えるべきこととして「どんな変化を起こそうとしているか」「誰のためなのか」を挙げていますね。これらは企業を立ち上げる最初の段階で考えることのように思われます。起業家は本質的にマーケターだということですか。
以前は、マーケティングとは出来上がった製品に資金を投入して活動を行い、注目を集めて、売ることでした。
しかし、世界は完全に変わりました。消費者の注目の仕方は変わり、なかなか信用しなくなりました。その結果、マーケティングは最後に行う活動ではなく、最初に行うものとなったのです。
マーケティングとは製品の設計であり、それを誰に向けてつくるかであり、サプライチェーンなのです。また、廃棄の方法や、カスタマーサービスでの受け答えの仕方でもあります。
起業家が優位に立っている点は、マーケティングをすべての活動に機敏に入れ込むことができるという点です。最後になって、マーケティング部門にすべてを任せるのではないのです。
──起業家自身が自社の代表的な顧客であるような場合、それも優位性となりますか。必要な製品やサービスが見つけられなかったからこそ、彼らは自分や他の人々のためにそれをつくったと考えられます。
時にはそのやり方が上手くいくこともあります。しかし、そうでない場合も多いです。
ビジネスチャットアプリのSlackは、例外的に上手くいったケースです。Slackをつくったチームは、解決しなければならない問題があったからSlackをつくりました。
しかし、たとえばパンティストッキングをつくるのに、女性である必要はありません。必要なのは他者を理解する力です。
つまり、あなたが顧客にしようとしている人は、あなたが知っていることを知らず、あなたが欲しいものを欲しがっているのではないと理解する必要があるということです。
それができたら、人々に変化を押しつけるのではなく、人々にとって良い変化を起こそうと考えられるようになります。

少数の顧客から始める

──もし自分自身が自社の顧客でないとすると、誰を顧客と考えればよいですか。
まずは、最小限の現実的な規模のグループから始めましょう。最大限のグループを対象としてはいけません。
起業のコツは、その小さなグループの人々、おそらくは100人、あるいは1000人くらいの人々を「私の」顧客であると言えるほど大切にし、理解できるようになることです。
そのグループにコミットすれば、彼らの声が聞けるようになります。そうすれば、ただ誰かわからない人々を相手にするよりも、ずっと優れた便利なものがつくれるはずです。
──では、その後より多くの人々に魅力を伝えるためには、どうすればいいですか。
たとえば、髪をカットしてとても格好よくなったら、友だちに「いい髪型だね」と言われ、あなたはどこでカットしたかを友だちに言うでしょう。
ですが、すごく良いマッサージを受けても、誰も「とても気分が穏やかで、リラックスしているようだね。どこでマッサージを受けたの」とは言いません。だから、マッサージサロンを運営するなら、難しい仕事を抱えることになります。何か話題になりやすい要素を、サービスの中に盛り込まなければなりません。
ラスベガスなどでスパを運営するCanyon Ranchは、単に日帰りのスパをつくるのではなく、そこを訪れた人々が仕事に戻った時に何日間も話し続けずにはいられないような、スパ関連の総合的な施設を建設しようと考えました。
話題をつくる別の方法として、あなたがとても小さなマッサージサロンを運営しているのなら、11月15日に顧客に4枚のギフトカードを渡すことなどが考えられます。そのギフトカードは顧客本人以外ならだれでも使えるもので、クリスマス・プレゼントにもできるものです。
すると、その顧客は「このマッサージサロンは最高だ」と友人に言うきっかけができます。社交やステータスを維持するため、口コミを広げる理由ができるのです。

ステータスとストーリー

──なぜ、ステータスのほうが、たとえば役に立つことなどより重要なのですか。
ステータスとは、高級で高価なものという意味ではありません。ステータスとは単純に、他の人たちに勝るということです。
人間はという種は、非常に長いあいだこの点を重視してきました。ステータスとは、自分の行為や、自分が買ったこの品物や、使っているこのサービスによって、自分がどう見えるかということです。
ステータスはつねに文化の中心となってきました。したがって考えるべきなのは、顧客に提供できるステータスがあるかということです。
顧客はたいていがすでに十分なモノを持っています。したがって、何か変化を起こそうとするなら、人々が欲しがるものを提供することです。そして、多くの人が欲しがるものは、自分のグループの中で他者に勝ることができるものなのです。
──その点は、BtoBの場面ではどう考えればよいのでしょうか。役立つことは重要ですか。
ビジネスで人々が購入したがるのは、上司に語れるストーリーがあるものです。自分はこれほど優れていると言えるものです。これを買いました。その理由はこうですと言えるものです。
それは、役に立つという観点からも語れるかもしれません。しかし、役立つことはビジネスにおける思いの一部でしかありません。ビジネスとはステータスであり、安全であり、チャンスでもあります。
顧客はすでに十分なものを持っている可能性が高く、役立つだけでは売れません。どのように語れるかを考えるべきです。この点を考えることで、今は開けられないドアを開くことができるのです。

起業家へのアドバイス

──たとえば、あるスタートアップ企業の創業者にマーケティング戦略を質問したところ、返ってきた答えがインスタグラムやフェイスブックだったとします。あなたはどうアドバイスしますか。
最初に、それはマーケティング戦略ではなく、メディアの活用だと指摘します。マーケティング戦略とは、その製品が誰のためであり、何のためであるかです。
どんな変化を起こそうとしているのか。どんなストーリーを顧客に語るのか。顧客が製品を気に入ってくれたら、彼らは友人たちに何を語るだろうか。最初に創業者たちに考えてもらいたいのは、こうした点です。
──最高マーケティング責任者(CMO)を雇おうとしている起業家には、どんなアドバイスをしますか。
動物保護施設に行って、ジャーマンシェパードをもらってきなさいと言うでしょうね。そして、起業家がCMO採用のために電話をかけようとするたびに、ジャーマンシェパードが噛みつくようにするのです。
なぜなら、CMOがいると起業家は「マーケティングツールを使って、この会社の問題を解決してください」と頼むからです。自社の問題を解決できるマーケティングツールなどありません。
あなたがCMOに製品開発やカスタマーサービスや、その他のあらゆることを任せたら、おそらくCMOは何かを成し遂げるでしょう。しかし、そうした仕事をする人のことを何と呼ぶか知っていますか。その人は社長、あるいはCEOと呼ばれます。
起業家は、自分のビジョンを従業員や潜在顧客に売り込むのが仕事です。それが最も難しい仕事なのです。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Leigh Buchanan/Editor-at-large, Inc. magazine、翻訳:東方雅美、写真:andresr/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.