【スマイルズ遠山✕未来食堂小林】起業の常識から自由になる方法

2018/11/30
 神保町駅のほど近くにあるカウンター12席だけの小さな食堂。
 小林せかいさんが営む「未来食堂」は、ユニークな仕組みがたくさんある。
 1種類の日替わりメニューしかないけれど、50分のお手伝いで1食無料になる「まかない」や、「まかない」で得た1食を無料券として壁に貼っていき、剥がした人が1食無料になる「ただめし」、などなど。
 一方の遠山正道さんは、株式会社スマイルズの代表取締役社長として、食べるスープの専門店「Soup Stock Tokyo」に始まり、ネクタイ専門ブランド「giraffe」や、セレクトリサイクルショップ「PASS THE BATON」など、独自の経営スタイルで幅広い事業を手掛けている。
なぜ起業したいのか。その「トキメキ」を絶対に手放してはならない
 ビジネスをアートや作品になぞらえる遠山さんと、エンジニア出身で極めてシステマチックに飲食業を再構築した小林さん。一見するとキャリアも経験も違う2人だが、どちらもユニークな事業で、「今までにない価値」を提供している。
 ITやテクノロジーといった分野に注目が集まりがちなスタートアップの世界の中で、飲食業界や、アパレル業界といった既存の業界において、ひときわ存在感を放つ2人に、常識にとらわれず、新しく自由な事業を生み出すために、大事なことを語り合ってもらった。
最前線の投資家や起業家を訪ね、激動のビジネスの内実を聞く、アメリカン・エキスプレスのスタートアップ応援プログラム「スタートアップ新時代」の取り組みとして、ユニークなアプローチで世間を驚かし続ける2人の起業家に話を聞いた

商売を長続きさせる損得の考え方

遠山 ここは、いろいろおもしろいシステムがありますね。
1962(昭和37)年東京生れ。慶応義塾大学卒。1985年、三菱商事に入社し、都市開発部門、情報産業グループにて勤務。日本ケンタッキーフライドチキン出向後の1999(平成11)年、Soup Stock Tokyo第1号店をお台場ヴィーナスフォートに開店。2000年三菱商事初の社内ベンチャー企業「株式会社スマイルズ」を設立し、代表取締役社長に就任。2006年には、ネクタイ専門ブランド「giraffe」をスタートする。2008年、MBOによりスマイルズの株式100%を取得、同時に三菱商事退社。2009年、新コンセプトのセレクトリサイクルショップPASS THE BATONを開店する。また、ニューヨーク、赤坂、青山などで個展を開催するなど、アーティストとしても活躍。
小林 未来食堂は、「あなたの普通をあつらえます」というコンセプトなんですが、普通というのは一人ひとり違うので、何がおいしいだとか、何が苦手だとか、その人が望むものをそのままオーダーメイドという形でつくるお店をやりたいなというところから始まりました。
遠山 なるほど。お客様の要望に応えるということは、絵で例えるなら、依頼主の喜ぶ絵を一生懸命に描く宮廷画家のようなことだと思うのですが、私はまず自分の好きな絵を描きたいタイプなので、そこはちょっとアプローチが違いますね。
 入り口の壁に「ただめし券」が貼ってありましたが、この「ただめし」というのはどういう仕組みなのですか?
入り口脇にたくさん貼ってある「ただめし券」のコメントをしげしげと読む遠山氏
小林 「ただめし」は、誰でも1食無料になるシステムです。入り口の壁に「ただめし券」を貼っていて、誰でも使えます。未来食堂には、50分のお手伝いで1食もらえる「まかない」制度もあるので、「ただめし券」はまかないをした誰かが、自分が食べる代わりに置いていった1食というわけです。
遠山 おもしろいですね。「まかない」も「ただめし」も最初から思い付いていたアイデアだったんですか?
小林 「まかない」はお店を始める前からやろうと決めていました。やろうと思ったきっかけは、お客様というのはお金を払ってサービスを受けるわけですけれども、お金がなくなったらお客様はお客様でいられなくなってしまうっていうことが私はすごく許せなかったんですね。
 それこそ今まで来てくれていた人が「お金がないです」となったときに、「お金がなくなったんですか。そしたらもうお店には来ないでください」というのは、私の中では絶対にしたくないことでした。お店にまで来た人を追い返して、縁を切るようなことをしたくなかった。じゃあ、お金は払えないなら時間をいただきましょうと。そこから始まっているんです。
東京工業大学理学部数学科卒業。日本IBM、クックパッドで計6年間エンジニアとして勤務後、さまざまな厨房での1年4月の修業期間を経て2015年9月、東京都千代田区一ツ橋に「未来食堂」開業。「日経WOMAN」ウーマン・オブ・ザ・イヤー2017受賞。著書に『未来食堂ができるまで』『ただめしを食べさせる食堂が今日も黒字の理由』がある。
 あと、これは自分が実際に体験したことなんですけど、起業しようと決めてから、いろいろなお店に「働かせてください」とお願いして回ったところ、ことごとく断られてしまって、とても悔しい思いをしたことがあります。
  どうして「頑張りたい」と言っている人を応援してくれないんだろうって。だから、「自分が起業できたから、もういいや」ではなく、「そういう人たちのために、自分だったら何かできないだろうか」と考えたこともきっかけになっています。
遠山 そういうことですか。では、「ただめし」は?
小林 「ただめし」はお店がオープンした3ヵ月後ぐらいに始めました。「まかない」で何回も来てる人は、「ただめし券」を使い切れないってなっちゃったんですね。要はお店を開きたいからって修業で来てる人もいるから、もう何十枚もたまっちゃって。で、それを誰かに渡せるようにしようということで始まったのが、「ただめし」という仕組みです。
遠山 「使い切れなかったらしょうがない」とはならなかったんですか? 経営的なことだけ考えたら、そっちのほうが得するわけですし。
小林 まぁ、捨ててくれたほうが経営的には得しますよね。「ただめし券」を渡した時点で、要は誰かが50分間の労働をこちらに払ってくれているわけだから、そりゃ使われないほうが1食分支払わなくていいという意味で得はしますけど、でもそれは支払うべきコストに組み入れてないといけない費用なので、そこで損得を考えるのはそもそも経営がおかしいと思うんです。
「15枚たまって使いきれません」と言われて、「私はそんなこと知りません。15枚ためたのはあなたの責任でしょう」と言う人は、商売をやっても長続きしないと思うんですよね。

「もっとこうだったらいいのに」を実現してみたい

遠山 せかいさんは、新しい仕組みみたいなこと、「もっとこうだったらいいのに」っていうことを実現してみたいんですよね。
 世の中に既にある仕組みにそのまま入るだけじゃなくて、それが素晴らしく回ってる仕組みであればいいかもしれないけど、たぶんいろいろな不都合が6割ぐらいこの世界にはあって、「自分だったらこうするのに」って思うと居ても立ってもいられなくて、自分なりにやっちゃうみたいな。
小林 自分だったらこうするのになっていう目線があるのは大事ですよね。
遠山 大事。それがないとスタートしない。話を聞いていると、やっぱり似てるとこありますね。
小林 あぁ、よかったよかった(笑)。どうですか、Soup Stock Tokyoでまかない。
遠山 いや、できる気がしない(笑)。
小林 講演会とかすると、「未来食堂みたいに規模が小さいところだから『まかない』という仕組みができるのであって、もっと規模が大きいところで取り入れるにはどうすればいいですか」っていう質問をよく受けるんですよ。
 例えば、牛丼の吉野屋さんって何千店、何万店とありますけれども、そこで完全にまかないで回そうとしてもそれは無理です。そりゃ規模も大きいし、やっぱりコアのタスクっていうのがあるでしょうから。
 でも、私がもし吉野家さんに提案をするのであれば、お店の前にアルコールスプレーとガラスを拭くためのクロスを置いておいて、店の入り口のガラスを磨いてくれた人にはお新香をサービスするのはどうですかって言いますね。
 清潔を保つって実は一番難しくて、そこをいろんな人が拭いてくれるっていうのはかなりいいんじゃないかなって。厨房の中に入ってもらう必要はないし、お店にコミットメントするからよりお店を好きになってくれるし、そういう関係性があるところははたから見ても空気がいいですよね。
遠山 交換経済から贈与経済へなんて言われますけど、たぶんアルコールスプレーで窓を拭いてる人はお新香が食べたいがためにやってるんじゃないんでしょうね。
小林 そうなんですよ。
遠山 「きれいになったほうがみんなもハッピーだし」みたいなことがモチベーションだったりするわけで、お店へのプレゼントですよね。そうやっていいことを堂々とやれる土壌ができていくのはとてもいいことだと思います。
小林 「ただめし券」を壁に貼っていくとかも贈与的な行動ですよね。自分が50分働いて、その報酬は丸々誰かに置いて帰るので。だから、未来食堂は「貨幣経済ではない仕組みだよね」みたいなことを言われます。
遠山 たしかにそうですよね。実は、来年の2月に「The Chain Museum」っていうのをやろうとしていて、そこではユニークなミュージアムを世界中につくることと、個人とアーティストをつなぐ新しいプラットフォームをつくることをやろうとしているんですけど、そのプラットフォームのあり方が未来食堂でやっていることと似ているなと思ったんですよね。
 鑑賞者がアーティストに、簡単にいえば支援する仕組みなんですが、今までだとそれは何かがもらえるとか、交換じゃないですか。でも、「The Chain Museum」はそうじゃなくて、鑑賞者ひとりひとりがアーティストと直接つながって、好みや価値観を表明・シェアしたりできるというところがモチベーションになる。
 ちゃんと成立するかはやってみないとわからないですが、そういう価値観でつながっていく仕組みをつくろうと思っています。
小林 実現したら面白いことになりそうですね。

まだここにない価値をつくる

小林 つながりっていう言葉がさっきから出てますけども、私自身は誰ともつながらないっていう、そういうポリシーでやっています。ずっとつながりを断ち続けているんですよ。
 つながってしまうと、つながりのコミュニティの中にいる人はいいけど、方舟と一緒で乗れない人が出てくるじゃないですか。私はそれがイヤなんですよね。「あなたは常連じゃないから知りません」っていうふうに言いたくないから、どこにもコミュニティがないんです。
遠山 その考えはなんかエンジニアな感じがしますね。それでいて「誰もが受け入れられ、誰にもふさわしい場所」っていうコンセプトを掲げているのが面白いですよね。
小林 未来食堂には「さしいれ」という仕組みもあって、飲み物の持ち込みができる代わりに持ち込んだ量の半分をいただくんです。カウンターに置いてある飲み物は誰かからのいただきものなので、自由に飲んでいい。
 私はらせん型って呼んでるんですけど、よくある「さしいれ」だと、「あげます」「もらいます」「お返しをします」「また何かあげます」という感じで輪が閉じちゃうじゃないですか。そうじゃなくて、AさんがBさんに何かを渡す、BさんがCさんに何かを渡すっていうらせんを描くことによって閉じないんですよね。どんな人がこの瓶をおいていったんだろうっていう想像って人間を豊かにしてくれると思うんですよ。
遠山 素敵ですね。せかいさんのやっていることって、どっかにあるようなアイデアやシステムをはめ込んだようなものはまったくなくて、自分の考えたことを楽しみながら実験しているような感じがします。社会実験っていうのかな。
小林 よくそう言われます。ほんわかしてるけど、実は攻撃的なお店だって。
遠山 そう。アートとしても解消できるシステムというか、作品みたいなシステムですね。
小林 私は、未来食堂をひとつの作品ってよく言うんですけど、やっぱりそうだと思います。アートって世の中がいいとか悪いとか言ってる価値観から自由なところがあるじゃないですか。
 未来食堂もそういうところがあって、給料が高いからいいっていうような価値観とはちょっと違いますし、自分がもらえるものを人に渡すなんて愚かしいっていう考えばかりだと、「ただめし」というのは思いつかないだろうし。
 本当に世の中にとって見たことのないもの、ワクワクするものを考えたいのであれば、既存のいいに振り回されてはいけないと思うんです。徹底的に自分のイメージを掘り下げ、実現したいことがイメージできれば、おのずとそこから生まれてくるものは自分の色がついたものになりますからね。
遠山 アートって何って聞かれたら、私は「見えないトリガーです」なんて言い方をするんですけど、今見えているもの、触れられるものは10%ぐらいで、残りの90%はまだ何も知覚できていないと思うんです。しかも、その90%のところに未来の価値はたくさんあって、彫刻家が石の塊から彫り出していくように、「何かしらこんなものなんだよな」なんてことをうすぼんやり思いながらそれを形作っていくことなんだろうなって。
 ビジネスもそういう意味では似ているはずで、せかいさんのやっていることは10%の従来の言語化されたものとはちょっとずれているから、実験的に見える。誰かが言ったとか、どこかで見たとか、既にあるようなものを組み合わせることでしかないビジネスの中で、簡単に言えばまだないものをつくっているわけだから、やっぱりそういうものは魅力を感じるんですよ。
 お店を出してからの苦労って何かありました?
小林 最初にメディアでバズったんですけど、そのときはちょっと大変でしたね。お客さんが大量にきたのに、オペレーションは私一人なので。
遠山 慌てて、「今日大変だから手伝って」みたいな。
小林 それは絶対にしないです。それをやってしまうと、そのときは助けてくれるかもしれないけれど、相手に負担をかけているわけですよね。未来食堂は自由意思で参加する場所だから、負担をかけたことでその人がもう二度来なくなっちゃう可能性がわずかでも上がることのほうが私は怖い。なので、どんなに忙しくても、絶対に誰にも言わないようにしています。
遠山 スナックだと常連がいて、「〇〇ちゃん、ちょっと手伝ってよ」みたいなことがあるけど、そうじゃないんですよね。だから、システムなんだよな。人情とかじゃなくて。とはいえ、「まかない」をする人は自由参加で、常にいるとは限らないので、そもそもが頼るためのシステムにはなっていないですよね。
小林 はい。未来食堂は1人で回すことを決めていたので、「まかない」の人たちにはお店に何かやってほしいことがあって、その人がうまくフィットすることをやってもらうだけにしています。私だけでも回せるというベースがあって、プラス余剰でまかないさんに手伝ってもらっているっていう形ですね。

ノーレーズンサンドにジェラシーを感じたわけ。

遠山 このあいだフードエッセイストの平野紗季子さんに会って、そのときに彼女がノーレーズンサンドをつくった話を聞いたんです。レーズンが嫌いだから、レーズンが入ってないノーレーズンサンドをつくったって。
小林 なんか哲学的ですね(笑)。
遠山 それが商品になって販売されるっていうんで、ジェラシーを感じたんですよ。平たく言うと、アート的というか。既にあるものを引いただけなのに、なかったものをドーンと目の前に提示されたようで格好いいなと思ったんですよね。
 未来食堂も10%の仕組みの中に収めようとすると、突っ込みたいところはたくさん出てくるかもしれないけど、そこは突っ込んでも意味はない。そういう意味でうらやましいな。と思います。
小林 常識で考えて「それでうまくいくのか?」っていうことをやれる人はすごいなあと思いますね。
 私、「つるとんたん」がすごいと思ってるんですよ。あそこはうどんの器が大きいじゃないですか。あの器を見るたびにすごいなって思うんです。あの器でうどん出そうって普通だったら反対しますよね。洗いづらいし、重いし、邪魔だし、割れたら高いだろうし。
 あの器であることのメリット、それこそ10%のメリットってないんですよ。なのに、この大きい器だといけるって思ったわけですよね。インスタ映えとかが流行るずっと前から。それがすごいと思う。
遠山 その感覚はすごい分かる。ちょっとジェラるよね。
小林 やっぱりマーケティングじゃないですよね。
遠山 そうなんです。でも、突飛なものをやりたいわけではない。それが将来的に何かに結びついてくると面白いなって思います。
小林 100%の人がわかるものをつくってもつまらない。「なんだこれ?」って言われるぐらいじゃないと。みんながみんな「いいですね」って言ってるだけだったら自分がやる必要はないかなって思います。
遠山 そのためには、どんな業界で何を始めるにしても常識から自由になることが大事なんですよね。
(編集:中島洋一 執筆:澤田真幸 撮影:岡村大輔 デザイン:九喜洋介)