26歳最年少校長の挑戦「今までの学校を“ひっくり返す”」

2018/11/14
教育は、変わらなければならない──。2019年4月の開校を控える「Loohcs(ルークス)」は、これまでの学校のあり方を“ひっくり返す”新しい学校だ。起業家精神を持つ社会的リーダーの育成を目指し、グローバルな学びを提供する。

発起人代表は18歳で学習塾「AO義塾」を立ち上げ、8年間一貫して教育に携わる斎木陽平氏。俳優の伊勢谷友介氏も発起人として名を連ね、ほか数多くの著名人がアドバイザリーボードとして新しい教育のあり方を探究している。今回は、その中から教育改革実践家の藤原和博氏、アートディレクターの水口克夫氏を迎え、Loohcsが目指す“次世代を創造する人”を育てる教育について語り合う。

既存の教育に不条理を感じた原体験

──なぜ今、新しい学校が必要なのでしょうか?
斎木 僕たちが立ち上げる高校「Loohcs」は、既存の学校の中では「問題児」や「変わった子」と思われてしまっている学生たちの夢や才能に真剣に向き合い、その夢や才能を活かす学びのプロジェクトです。
 なぜ、こんな高校を創りたいと思ったのか? まさに僕自身が「問題児」とラベリングされて、悲しい思いをしたからです。
 というのも実は僕、高校を退学になっているんですね。北九州にある小中高一貫の進学校に通っていたのですが、とくに大学進路指導で学校側と意見が激しく対立して。
 僕は「政治学を学びたい」と慶應の法学部政治学科を志望していたのですが、先生からは「国立大学の5教科7科目の試験から私立大学の3科目受験に逃げる奴は、一生逃げ続ける人生だ。お前はそれでいいのか?」みたいに言われて(笑)。
藤原 よく聞く話だよね。「人間じゃねぇ」とかまで言われなかった?
斎木 高校の進路指導はもうそんな雰囲気でしたね。大学には国立理系、国立文系、私立理系、私立文系という風に「明確な序列」があって。私立文系は「最底辺の学力の人たちが行くところ」というのが通っていた学校の基本的な考え方。 
 ですが、僕が好きなのは「政治について学ぶこと」。新聞を読んだり、報道ニュースやドキュメンタリーを見たりするのが好きな“ちょっと変わった”子どもだったんです。慶應で政治学を学びたいという強い気持ちを持っていたのに、学校の「理系>文系」「私立文系=底辺」というラベリングがすごく悔しかった。
 さらに僕は代々医者の家系に育ったので、彼らからすると「医学部に進学して家業を継ぐのが当然じゃないの?」という感じで、僕個人の「夢」や「好きなこと」はまったくお構いなし……。
 加えて、「AO入試を受けたい」と言ったら、露骨に嫌な顔をされました。「皆で一生懸命、入試に向かって勉強しているのに、お前は一人だけズルして楽して受かろうとするのか?」と。
 幸いなことに担任の先生が僕の気持ちを理解してくれ、AO入試で無事慶應に合格できたのですが、結局その後も学校側と対立は深まり、高校3年生の12月に退学に。もちろん、僕が生意気な言葉遣いをしたり、激しく反発したことも大きな問題でしたが、そこで大きな大きな挫折感を味わいました。
 なによりも辛かったのは、学校側が僕の「好きなこと」「やりたいこと」にまったく向き合うことなく、僕を「変わった子」「問題児」とラベリングして、「面倒な子」扱いしたことでした。12年間通った学校を卒業間近に追い出されたのは、それを象徴する出来事。一生忘れられないと思います。
 こうした体験から「教育のあり方」を変えたいと強く思い、AO・推薦入試専門の学習塾「AO義塾」を大学1年の時に立ち上げました。そして、8年間で1000人以上の塾生と向き合う中で感じたのは、当時の僕と同じような思いを抱いている高校生が全国にこんなにもいるんだということです。
 考え抜いた進学先を否定され「お前には無理だ」と言われたり、夢の実現のために留学しようと決意したのに「学校の制度上、学年が落ちてしまうぞ」と言われたり、課外活動でメディアに取り上げられたことを褒められるのではなく叱られたり、生徒会長として新しい行事を提案しても「前例がないから許可できない」と言われたり……。
 結局、既存の教育や学校システムに適合できる子どもだけが「いい子」とされて、機会が与えられる教育なんですよね。
「右へ習え」の時代はとっくに過ぎてしまったのに、古い教育のあり方だけが残ってしまっている。こうした教育のあり方はもう変えなければならないという思いがどんどん強まっていきました。
 それに加えて、AIや最新のテクノロジーが加速度的に進化し、生き方も大きく変化し続けている時代なのに、教育にはテクノロジーがほとんど活かされていません。教育のあり方だけは「昔のまま」でほぼ変わることがない。そんなことでいいはずがありません。
 これからの時代を生きていく子どもたちのために、教育のあり方の変革に本気で取り組みたい。School(=スクール)をひっくり返して読む「Loohcs(=ルークス)」という名前にはその強い思いが込められています。

「先端性」と「普遍性」を追究する新しい教育

藤原 斎木くんの思いはわかった。それで、具体的にはLoohcsをどんな学校にしたいの?
斎木 「先端性」と「普遍性」をカリキュラムの根本に置きます。
 変化の激しい不確実な未来が待っているからこそ、「変わっていく中で価値が出てくるもの」と「変わらずに価値があるもの」の双方を身につけることがこれまで以上に重要になると思うからです。
 具体的にいうと「先端性」は、これからの時代に必要とされるスキルを指します。
 とりわけ現代において重要になるビジネス(Business)、テクノロジー(Technology)、クリエイティブ(Creative)の「BTC」3つに関し、高校時代からバランスよくしっかりと学べるカリキュラムにこだわりました。Loohcsのアドバイザリーボードには、この3分野でトップの方々を迎えています。
 一方で「普遍性」は、人間として持つべき哲学、信念、真理です。
 リベラル・アーツをしっかり学び、自己と向き合い、どう生きるかを探求する。変化のスピードが早く、AIやテクノロジーに人間がどんどん代替されていく時代だからこそ、「人間だからこそできること」を強みにできる人を育てていきたい。その意味で「普遍性」を鍛えることはカリキュラムの肝ですね。
水口 「先端性」と「普遍性」という言葉は、実は僕がLoohcsのロゴをデザインしたときに斎木くんに伝えたんだよね。
斎木 僕が当初、先端性のことばかり話していたら、それだけでは足りないとアドバイスをもらいました。
水口 教育のベースに必要なことは、やはり「普遍性」だと思います。その普遍性にたどり着くための道具が「先端的な創造力」。教育をひっくり返すだけではなく、しっかりとしたベースも備え学んでいく場所であることをデザインでも表現しました。
Loohcsのロゴは、約2000年前の「トラヤヌス帝の碑文」の文字を忠実に再現した書体「Trajan」をベースに黄金比を取り入れ、普遍性と先端性の双方を大切にする精神を体現している
藤原 このロゴは本当にすばらしいですよね。斎木くんは、最初からあまりにもいいものに出会い過ぎているから、しっかりがんばってもらわないと(笑)。

オルタナティブな教育が次世代を作る

藤原 僕自身は学校という体制内から革命を起こそうとしている人間。だから、Loohcsに対しては、どちらかというと批判的な立場のサポーターなんです(笑)。
 日本の教育のあり方についていうと、小学校は9割、中学校は7割、高校は5割そのままでもいいと思っている。
 正解主義、前例主義、事なかれ主義を打ち砕くとはいっても、これまでの教育が育ててきた「早く、ちゃんとできる、いい子」というのはそれなりに意味があって、たとえば新幹線が定刻通りに運行できるのもその成果。
 これだけ居心地のよい便利な日本社会システムの構築に教育が果たしている役割は大きい。実際、初等教育に関しては、世界からも高い評価を得ています。
 今、日本の教育の主な問題は高校にある。これまでは「普通の高校から普通の大学に進学し、普通のサラリーマンになる」というのが既定ルートで60年の人生を幸せに過ごせたけど、それが破綻し、なんと人間が100年生きるようになっちゃった。日本は“上質な普通”を生み出したすごい国ですが、これから全員が“上質な上流”になることは不可能です。
 高校進学率が98%を超える時代だからこそ、Loohcsだけでなく、カドカワの「N高等学校」やホリエモンの「ゼロ高等学院」のように、さまざまなオルタナティブな学校が出てきたことは、すごくいいことだと思っています。
 あとは、それをどうシステムとして残せるかが今後の見もの。福沢諭吉だって大隈重信だって当時は狂ってたんだと思うよ(笑)。
 新しい学校を作りたい人が100人ぐらい現れて、1校から2、3人の突出した生徒が出てくると、一世代で200~300人のおもしろい人が輩出されていく。そうなると世の中がまったく違ってくるよね。

実社会で役立つデザイン思考を高校時代からプロに学べる

──水口さんは実際にデザイン思考の授業を担当されるとか。
水口 僕自身は美大出身ですが、美大って特殊な環境で論理的なことだけではなく、自分の感覚を磨く訓練をものすごくやるんです。
 たとえば、「見る力」ひとつとっても、このスマホを普通の人はなんとなく見ているのですが、僕たちはこの「画面の四角とボタンの円の関係性」を見るように鍛錬されてきた。
 当時学んだカリキュラムを今でも応用できているので、Loohcsでもそんな方法を伝えていければ、と。
藤原 デザインはセンスや感性で語られがちだけど、水口さんは「型」で教えることができる人。
 自分の考えや思いを表現するのがデザインです。アーティストになるためではなく、現実の社会で役に立つデザイン思考を学べるのは、本当にすごいこと。水口さんの授業こそ、Loohcsにリアルな実体を与えてくれるものになると期待しているんですよね。その授業は俺も受けたいわ、本当に。
斎木 Loohcsで大事にしていきたいことのひとつが水口さんから学べるクリエイティブなスキル、もっというと「審美眼」です。
  AI時代になり、機械が人間にどんどん置き換わっていく中、「人間にしかできないこと」の重要度は増していくでしょう。その中でも、「美しいものを見て涙を流すこと」はまさに人間にしかできないことだと思います。
 人間が人間としてどうあるべきか。そこを突き詰めていくと結局、作品やストーリー、さらには生き様のようなものにまで美しさを覚え感動する力に行き着くと思うんです。さらに言えば、それを他者と共有、共感し、「感じること」につながっていく。
 実際、今年5月に経産省が「デザイン経営」宣言を発表したり、シリコンバレーで「デザイン思考」が重視されているように、すでに実社会にもその重要性が表れています。
 しかし、こうした動きに既存の学校は対応できていません。むしろ今の学校がかたち作られた明治の時代背景も受け、「感じる力を伸ばす」ことからは遠い存在です。
水口 「審美眼」ということでいうと、大井戸茶碗などを見て、そのゆがみを美しいと感じられるのは、やはり人間だから。客観的な美の基準としての事実が積み重なった上で、最後に主観としてゆがみの美しさを理解できる。
 その主観をつくるのは、それまでの人生でどれだけ感動してきたか、どれだけ好奇心を持ってきたか、なんですよね。
斎木 Loohcsのクリエイティブの授業では水口さんの監修を受け、「感動」の経験値をたくさん積めるように設計しています。
 また、「よいデザイン」とはなにかという答えのない問いに対してディスカッションを重ねることで、学生それぞれのクリエティブスキルを磨いていきます。これがLoohcsの目指すクリエイティブ教育のあり方です。

すべての学生が海外留学できるカリキュラム

水口 海外にもキャンパスができるんだよね。
斎木 Loohcsは「地球をキャンパスにする学校」を目指しています。東京に加えて、インドのヴァーラーナシー、ミャンマーのヤンゴン、モンゴルのウランバートルの世界4都市で開校を予定しています。海外の拠点はもっと増やしていくつもりです。
 Loohcsでは全校生徒にグローバルな学びを体得してもらうことを重視しているので、3年間のうち原則最低4カ月から最長2年の海外留学をカリキュラムに組み込んでいます。既存の高校だと留学すると留年扱いになってしまう問題も塾を運営していてよく相談を受けました。
 留学にスムーズに臨めるように、東京の授業では英語の時間が毎日あります。オンライン英会話事業を手掛ける「レアジョブ英会話」と提携し、実践的な英会話に取り組める学習環境を整えています。
 受験勉強のための英語ではなく、グローバル社会で真に活きる力を育めるカリキュラムになっていると思います。

起業家精神を持つ生徒の駆け込み寺に

藤原 親は普通の高校に行かせたいと思っていても、子どもたちのほうから「将来、起業したいから」「海外で活躍したいから」といって、駆け込んでくることもありそうだよね。
斎木 実際、学生本人からのラブコールはありますね。体感ですが、今の学校教育に疑問を抱いている子は決して少なくないと思います。
 今夏実施した起業がテーマの「サマープログラム」にもたくさんの学生が参加してくれました。でも、よく話を聞くと親か学校に反対されている人も多いんです。「今は受験が大事」「子どもがお金のことを考えるなんて」と。
藤原 「親も学校も反対する学校」って、いいキャッチコピーじゃないか(笑)。“1人でも賛成したら来ないでください”って。
斎木 僕個人の正直な気持ちとしては本人の志を最も大切にしてほしいですが、実際に学費を払って大事なお子さんを送り出す親御さんたちが、将来を心配し、現実的な進学先にこだわる理由はもちろんわかります。
 だからこそ、僕たちは大学入学を目的とするのではなく、大学教育を“道具”として使いこなせる学生を育てたい。その上で、難関大学に合格できない場合は学費の全額返金を行い、結果にコミットメントしていきます。
大学進学がゴールになっては本末転倒ですが、大学教育を夢のために使いこなす能力を育むことには当然、大賛成だし、Loohcsは本気でやります。だから親御さんは安心して送り出してほしいですね。
 現在、2019年4月の開校に向けて生徒を募集中です。自分の人生を自分で構想していきたいという強い意志を持つ学生の方は、ぜひLoohcsのドアを叩いてほしいと思います。
(構成:工藤千秋 編集:樫本倫子 写真:竹井俊晴 デザイン:國弘朋佳)