CtoCの “ビールづくり”でつながる究極のコミュニティとは

2018/11/13
CtoCコミュニティを起点としたビールづくり「HOPPIN’ GARAGE」がスタートする。「つくり手(企画者)」「飲み手(参加者)」「売り手(飲食店)」がフラットな関係でビールをつくるという新サービスだ。

手がけるのは、140年以上の歴史を持つサッポロビールと、食べることが好きな人がつながる食コミュニティを運営するスタートアップ、キッチハイク。その両者の出会いからビールがもたらす幸せなコミュニティづくりについて、サッポロビールの土代(つちしろ)裕也氏とキッチハイクの山本雅也氏に聞いた。

「HOPPIN’ GARAGE」は2人の「共感」から生まれた

──サッポロビールとキッチハイクが提携した、新たなサービスが「HOPPIN’ GARAGE」。ビールを媒介にして消費者がつくり手、飲み手として参加し、それに売り手も協力するというこれまでにないサービスですが、そもそもの両社の出会いから教えていただけますか?
土代 もともとCtoCのコミュニティをつくってユーザーイノベーションをしたいという構想が自分の中にはあったんです。ただ、自社でプラットフォームを持って運用するとなると、なかなか難しい。
 どうしたものかな、と思っていたときに、ふと読んだ新聞記事にキッチハイクのサービスが紹介されていて、これだと思ったのが最初です。それが去年の12月。
山本 本当に偶然ですよね。
土代 すぐにキッチハイクのHPのお問い合わせから、「会っていただけませんでしょうか」とメールしました。
山本 メールが来たときはびっくりしました(笑)。こういう新規プロジェクトって、代理店経由や紹介ということが多いので、直接問い合わせが来ることはほとんどないですからね。最初は、ちょっといぶかしく思ったりもしました。
土代 前のめりですいません(笑)。
山本 でも、実は僕はビールが大好きで、雑誌でビールの連載をしていたこともあるほど。
 「食でつながる暮らしをつくる」というのがキッチハイクの企業理念ですが、「ビールで人がつながっていく」という土代さんのアイデアには、ものすごく共感できました。
土代 山本さんがビール好きだっていうのは、全然知らなかったんです。会ってみたら、ビールへの並々ならぬ思いを持っていらした。これは、運命の出会いだ、と。
山本 僕は、キッチハイクを立ち上げた5年前、1年半ほど世界中のお宅を訪ねてごはんを食べ歩きました。そのときに、世界中のビールも飲み歩いたんですね。
 世界にはいろんなビールがあって、ビールがあるところには人が集い、その輪がどんどん広がっていく。そこにビールの持つ力を感じました。
土代 ですから、初めて山本さんと話したとき、山本さんの描く世界が僕の中でパチッとはまりました。これは絶対やったほうがいいし、面白いものになると確信できたんです。

つくり手・飲み手・売り手がシームレスに

土代 「HOPPIN’ GARAGE」は、消費者が自分の飲みたいと思うビールを企画し、それをサッポロビールが製造するというもの。企画の考案者は自分のつくったビールを飲むイベントを企画して、そこに飲み手が参加。売り手はイベントの会場を提供するというスキームです。
 ビール好きが集まって、世界にひとつだけのビールをみんなで楽しむ。そこからコミュニティの輪が広がっていきます。
 「つくり手」にとっては自分が企画したビールがつくれ、そのビールをみんなとシェアできる喜び、「売り手」にはお店の認知を高められ、集客につなげられる喜び、「飲み手」には特別なビールを飲める喜びを提供します。
 そして何より3者に共通する「ビールが好き」という思いを共有できるコミュニティ、そしてそこにおける出会いやつながりを提供できる仕組みになっています。

コラボを支えた互いの起業家マインド

土代 山本さんとビールの可能性を話していると、「ああ、一緒だ」とうれしかったですね。ビールが人をつなぐコミュニティになる、もっと消費者に近い場所でものがつくれるという思いを「わかる、わかる」と言ってもらえて。
 やっと仲間を見つけた、同じ志を持ってくれる人に出会えたという喜びと、これで絶対行けるという勇気がわきました。
山本 こういう協働プロジェクトでは、「いかに暗黙知が増やせるか」が大事です。ロジカルな説明をあれこれするより、「見ている世界が一緒」というのが一番強い。そこに土代さんとのズレはなかったですね。
 確かにフレームだけ見ると、「大企業×スタートアップ」という組み合わせですが、土代さんたちには、自分たちと同じスタートアッパーのマインドを感じます。どちらかというと、起業家同士で新しい価値を創っている感覚です。
土代 ありがとうございます。僕からすると、山本さんからすごく刺激を受けた部分も多いです。キッチハイクに人が集まるのは、ビジョンや創りたい世界が明確だからだということに非常に納得しました。
 自分もそういう世界を創りたい。ビジョンがしっかりしていれば、人が集まるはずだ。そう勇気がわきました。
 正直言って、会社が望んでいるかどうかよりも、自分がやりたいか、やりたくないか。そういう情熱第一で、動いていた部分もあります。
山本 土代さんのそういう考え方やスタンスが起業家マインドだな、と思うんです。
 キッチハイクも5年前に創業したときは、誰が望んでいるわけでもないサービスだった。でも、世の中にあったほうが絶対いいと確信して立ち上げたわけです。
 誰かにお尻をたたかれているわけでも、締め切りがあるわけでもない。自分で自分を追い込んでやり続けることで、新しい価値を創ってきた。そこは感覚が同じですよね。

「積み上げた信用」を使うべきとき

土代 16年間、企業という枠の中でやってきた私が、今回、スタートアップ的な仕事にチャレンジできたことは、自分にとって大きな価値がありました。
 このプロジェクトがどうなるか、予想できないことが多い中で、会社にお金を出してもらうために、どうするか。それって、まさにスタートアップ的なことなんですよね。
 新しいことだから、なかなか理解してもらうことは難しいし、そういう壁には何度もぶつかりました。
 そこで自分にとっての武器が社内で培ってきた「信用」だと気づいたんです。お金をいくらためても墓場まで持っていけないのと同じで、これまで何のために信用を重ねてきたのかというと、いざというときに使うためです。
 「たまった信用は、使ってこそ意味がある」と思考が変わったんですね。たとえ失敗して信用を失っても、また積み上げていけばいい。それくらいの覚悟ができました。
山本 信用の使い方という考えも、全く同感です。キッチハイクを創業するときも、周りからは「意味がわからない」って、ずっと言われていましたから(笑)。
 でも、新しい事業なんて理解されたら終わりで、わかると言われた時点で、もうそれはすでに遅いということなんです。
 そういう理解されにくい新しいことに対して、どう支援してもらうか。そこはやっぱり、信用。ゼロイチで積み上げるべきは、数字より信用だと思います。意味がわからないものを信じて賭けてくれる仲間が増えてくると、自然と数字もついてくるものです。
土代 自分以上に、自分が見えている景色が鮮明に見える人はいないんです。だからこそ、見えてない景色に対して「そこに賭けてみよう」と思ってもらえるようにしていかなくてはいけない。
 今回のHOPPIN’ GARAGEは、これまで培ってきた信用と情熱に対して、会社が賭けてみようと思ってくれたということだと理解しています。
 会社や上司に感謝するとともに、今回の事例がきっかけとなり「チャレンジしよう」という社員が増え、サッポロビールとして「チャレンジを応援する」という機運が高まるきっかけになってくれたと思います。
 またそれがコーポレートイメージにつながり「チャレンジしたい」と思う人が集まるような会社になると良いなと思っています。

ビールがつなぐオフラインの絆

山本 ビールとコミュニティということで、もう少し言うと、これからはオンラインよりもオフラインで人とつながることが、すごく大事になってくると考えているんです。
 ある文化人類学の文献によると、世界中のどの民族も、異邦人が来るとまずは食卓に招き、食べ物や酒を振る舞うとあります。つまり、食を共にすることこそ、人と人の絆の始まりだということ。
 食べものに加えて、ビールのような液体やたばこのような気体を代表する「分割不可能なもの」の共有が最も絆を深くするそうです。そう考えると、杯を交わすという言葉にもあるように、人をつなぐビールという存在がすごく腑に落ちます。
 今まで、キッチハイクでは食で人のつながりをつくってきましたが、そこにビールが加わって、より世界が開けたと思います。新しいピースがはまった、という感覚で。
土代 考えれば考えるほど、HOPPIN’ GARAGEは運命の出会いの連続なんですよね。
山本 本当にそうですね。もうひとつ、ビールの未来を考えた時に、これからは情熱という名の「個人の狂気」を形にできる時代になることは間違いありません。料理でも、ビールでも自己表現のひとつになっていく。
 今の日本では法律的に難しいですが、将来的にホームブリュワーのように自宅で好きなビールをつくるという世界も実現していったらいいな、と思っています。
土代 サッポロビールとしては、HOPPIN’ GARAGEというCtoCプラットフォームからユーザーイノベーションで商品を生み出し、お客様に楽しんでいただくということが、最大の狙いです。
 サッポロビールが立ち上げた「日本ビール文化研究会」が実施する「日本ビール検定(びあけん)」の有資格者は1万2000人以上います。
 この方たちは、ビールで自己表現をしたいという層で、そういう人がHOPPIN’ GARAGEをきっかけにもっと増えていくと期待しています。
 会社でビールの開発に関わるのは数十名ですが、その百倍以上の人たちにアイデアを募ることで、思いもよらなかった新しいビールが生まれてくるかもしれません。自分の畑の野菜を自慢するように、自分が考えたビールを自慢する。
 その自慢のビールを弊社の技術で商品化し、再びお客様に還元するという循環がうまく回っていけば、ますますハッピーなビールの世界が広がっていくと思います。

Pop-Up第1弾は山本の「探検するハニーエール」

 HOPPIN’ GARAGEが手がけるオリジナルビール第1弾は山本がつくった「探検するハニーエール」。山本が世界を食べ歩いていた時に、ラトビアのマーケットで飲んだビールにヒントを得たものだ。
 10月22日、HOPPIN’ GARAGE のローンチに合わせた「探検するハニーエール」Pop-Upイベントには約50人が参加。山本が「うまい!」と絶賛する甘みと苦みの絶妙なバランスを持つハニーエールを実際に酌み交わした。
 会場では、あちこちから「おいしい!」という声が上がり、にぎやかに会話が弾んでいく。
(写真:キッチハイク)
 この日のPop-Upイベントには、スマイルズ代表の遠山正道も参加し、HOPPIN’ GARAGE第2号として、「グレジュビール」を醸造していることを発表した。グレジュビールとは、ちょっと聞きなれない言葉だが、一体何であろうか?
 遠山は、その味を「シトラス家とモルトファミリーが婚姻したような味。かすかな酸味と苦みにエレガンスなつながりを感じられる」と表現し、ワクワクした様子で完成を楽しみにしている。
 もちろん、遠山のグレジュビールのPop-Upイベント(中目黒・PAVILIONにて)も11月29日に予定されている。

料理のようにビールをシェアして楽しむ時代に

 イベントでは、これからのビールと人のつながりということについても、コメントが交わされた。
遠山 ビールというのは、例えていうと大河のようなもの。当たり前のように目の前に大きなビール文化の川が流れています。
 HOPPIN’ GARAGEはその大河に小さな舟でこぎ出し上流に向かって逆らっていくようなもの。そこから新しい苦みやホップが立ち上がり、これまでになかったようなビールが生まれているところです。
 ビールはリアルなコミュニティに欠かせないもの。黄金色の友情をビールでつなぐ時代がもう一度やってきたのではないかと思います。
(左から)サッポロビール土代氏、キッチハイク山本氏、スマイルズ遠山氏、サッポロビールのブリュワー成瀬史子氏
山本 これからのビールはもっと料理っぽくなっていくのではないか、と考えています。
 HOPPIN’ GARAGEにあるように、個人がビールのレシピをサイトに上げて、シェアやいいね!で拡散していく。そこから新しいビールのアイデアが生まれたり、コミュニケーションが深まるという時代がそこまで来ていると感じます。
土代 私は楽しくて、人のつながりを生むのが、ビールの最大の価値だと思っています。
 HOPPIN’ GARAGEが自分の飲みたいビールを楽しめるコミュニティの場となり、将来的にはそこから生まれたビールでビアフェスをやったり、もっとビールづくりを身近なものにするためにビールを皆で学んだり、実際につくったりできるシェアリング・ブリュワリーを設けることができたりすると良いですね。
 ビールを起点にした文化をつくる場に育てていきたいです。
(執筆:工藤千秋 編集:奈良岡崇子 撮影:北山宏一 デザイン:砂田優花)