【松本大×川村元気】未来の「お金の使い方」と「幸せ」の関係

2018/11/12
「未来の金融を創ろう」という思いから、1999年に誕生したマネックス。国内にオンライン証券という新たなビジネスモデルを確立したのを皮切りに、アセット・マネジメント、投資教育、M&A、FXなどさまざまな金融ニーズに応えてきた。
今、世界では、仮想通貨に代表されるトークンエコノミーが浸透し、「お金」の概念が変わりつつある。このかつてないタイミングで、マネックスグループCEOの松本大は「お金」をどのようにプロデュースしていくのか。全3回の連載で、次世代イノベーターと「未来のお金のかたち」について語り合う。
初回は、「お金」と「幸せ」のあり方をテーマにした映画『億男』の原作者である川村元気氏をお招きした。

「新しいお金のかたち」を模索し続けたマネックスの20年

松本 マネックスグループは来年、創業20年になりますが、お金はユーティリティであり、電気やガス、水道と同じで、使わないと意味がない。それ自体に価値があるのではなく、活動するためのエネルギー源である、という私の考え方は当時からまったく変わっていません。
 これまではずっと、お金を「増やす」方法についての新しい提案をしてきましたが、実は創業時から「新しいお金の使い方」も課題なんです。まだまだ具現化できていませんが、事業として進めていきたいと思っています。
川村 理想的なお金の使い方のロールモデルがないから、お金の話をすることの「いやらしさ」が払拭できないんでしょうね。今も昔も、お金を持つとみんな、「お金持ちの象徴」としての「モノ」を身につけはじめます。
松本 いい使い方をしている人は、それを誇示せず黙っていますから(笑)。
公開中の映画『億男』は、宝くじで突然3億円が当たった主人公が、お金と幸せのあり方を模索していく物語ですよね。なぜ、「お金」をテーマに書こうと思ったんですか。
川村 お金について話したり考えたりすることに、漠然とした抵抗感があったからです。なんだかうさん臭くて怪しいもの……という「わからなさ」をそのままにしておきたくなくて、小説の題材に選びました。
 僕にとって小説を書くという行為は、知るプロセスそのものです。『世界から猫が消えたなら』は、死に対する恐怖感からスタートして、書きながら「自分が死ぬ」とはどういうことかを発見していった。『億男』では、お金が人間をどう変えるのかを考えました。
松本 お金の「使い方」は人間の幸せと直結するので、面白いテーマだと思います。物語には、いろんなパターンの人が出てきますよね。貯金する人、散財する人、家族さえいればそれでいいという人。
川村 2年間かけて、10億円以上の資産を持つ億万長者、約100名を取材しました。
 話を聞いていると、彼らは共通した3段階のいずれかにいることがわかりました。①お金を持った直後の興奮状態の人。②①を経て、お金があっても大した喜びはないというある種の「しらけ」状態にある人。③その先にようやく、自分なりの幸せを見つける人が現れるのです。
 結局、お金と幸せに対する明確な答えは、物語の中では出しませんでした。読者が自分なりに「これかな」と思うものを見つけてくれたらいいなという気持ちでいます。
松本 川村さん自身のお金に対する「わからなさ」は解消されましたか。
川村 僕が発見したのは、人が人を信じるために、紙や硬貨に信頼を乗せたのがお金であるということ。取材を通してお金について考えたことで、「お金はクレジット(信用)が形を変えた、とても人間的なものなのだ」と思うようになりました。
 今は「お金って悪くないな」という感覚です(笑)。
『億男』 川村元気。突如、億万長者となった図書館司書の、お金をめぐる30日間の大冒険。
松本 抵抗感やうさん臭いイメージからはだいぶ前進ですね。
川村 はい。面白かったのは、映画『億男』で億万長者の九十九(つくも)を演じた高橋一生さんが、彼なりの「お金のあり方」を見つけていたことです。
 お金の出入りを「窓」にたとえて、「お金が“入ってくる窓”を開けるのなら“出る窓”も開けなければいけない。入ってくるばかりでは、家の中は淀み、そこに暮らす人間もまた腐っていく」と。
 「お金持ちが風通しのいい高台に住みたがるのは理に適っている」とも話していて、演じたからこそわかる感覚なのかなと興味深かったです。

私たちはお金の使い方のイメージトレーニングが足りていない

松本 私が大事だと思うのは、まさにその「出る窓」の開け方です。お金は、使ってはじめて意味を持つものです。それなのに、日本ではお金をどう使うかという教育や議論がほとんどされません。
川村 その点は僕も注目していました。
 プライベートジェットでラスベガスに行って、そこでプライベートジェット代分買ったり負けたりしているお金持ちもいれば、お金を持った途端、高級時計や車、アートを買い始める人もいる。「使うとなくなっちゃうから」と貯金する人もいる。
 僕は、貯金を「お金があるという状態を買っている」と解釈したんですけど、そういう人たちはお金がある「安心感」を買い続けて、人生の中でもっともお金があるときに死ぬんです。
松本 「安心を買う」とも言えるけど、使い方を知らなくてそうなっていることが多いですよね。
川村 そうですね。取材で、怪しげなマネーセミナーに潜入しとき、「100万円あったら何に使うか」という問いに参加者が各々答えを書き出す時間があったんです。
 周りの答えを覗いてみると、面白い発想がほとんどない。「車を買う」「貯金する」「遊園地の年間パスポートを買う」とか (笑)。
松本 その光景、想像できるなぁ。1万円だと自分にとって必要なものをちゃんと考えられるのに、100万、1000万、1億円と大きい額になってくると、途端に発想が貧弱になるんですよね。
 さらに大きな話をすれば、何兆円という予算を持つ国を動かしているのはごくごく一部の人間です。お金の使い方のバリエーションをきちんと教育されていないと、ただばら撒き始めたり、不要な建築物を立て始めたり、誰も幸せにならない使い方に終始してしまう。
川村 お金は欲しい「モノ」も買えるけど、「満員電車に乗りたくないから」と家賃が高くても職場の近くに住むケースのように、「嫌なことをしないで済む権利」も買える。使い方のパターンを知ると、想像の選択肢も広がりますね。
松本 私は、学校で「1億円あったらどう使うか」というイメージトレーニングをさせる時間を作ったらいいと思います。すると、突拍子もない発想をするクラスメイトが必ずいる。
 「そんな考えがあったのか」という発見の積み重ねが、「使う力」を育みます。使う力が身につけば、いずれ稼ぐ力を身につけたときも、自分の幸せを見失わずにいられるでしょう。
川村 人間の最大の武器は想像力。「イメトレ」という松本さんのアイデアには僕も賛成です。

「幸せを感じる自分なりの基準」を持つことが大事

松本 お金って、赤ちゃんと大型犬の関係に似ていると思いませんか。小さい頃から一緒に育っていれば、お互いにどれくらいの力で触れ合えばいいかわかっているから、ケガすることもない。でも、子どもが大きくなってから突然大型犬に会うと、恐怖感から接し方を間違えてしまうんです。
川村 自分で育ててきたものなら、恐怖や欲望をコントロールできるのに、外から降ってきたものにはつぶされてしまう。突然お金を持った人が、使い方を間違えるパターンですね。
 「先祖代々裕福な人」もたくさん取材したんですが、それでわかったのは、「品」や「格」はお金では買えないということ。そして、多くの人が散財したあとにその真実に気づくということです。
松本 お金の使い方を教育されている人は、お金をばらまくようなおかしな使い方はしない。洋服はいいものをきちんと長く着るし、高い食材を買うのではなく、おいしく食べる作り方を知っていますよね。
川村 僕たちクリエイティブの世界でも、「低予算で傑作を撮った監督が、あり余る予算をつけられた2本目で大失敗する」という歴史がずっと繰り返されています(苦笑)。お金がない中、何とかひねり出した「会心の一撃」的なクリエイティブに、何でも撮れる状態で作られたクリエイティブが惨敗するんです。
 やっぱり、経験もイメトレもしていないから失敗するんですよね。
松本 しかも今は、いろんなことがタダでできる時代。クリエイティブに限らず、自由な状態で自分の価値基準を持つのは難しいですよね。
川村 でも、逆説的に言えば、「自分は何をもって幸せを感じるのか」を突き詰めることで、有意義なお金の使い方も見えてくると思います。
 僕は、旅行や食事など、モノとして残らないものにお金を使いたいと思っていますが、それは「自分を豊かにしてくれるのは、モノではなく記憶だ」と思っているからです。
いまだにバックパックで旅に出て、10000円の宿を5000円に値引き交渉できたらすごく嬉しい。たくさんの「記憶」を作りたいから、経験にお金を使う。
松本 私もモノに執着がないから、その気持ちはわかるな。誰しも、幸福を感じる自分なりの基準を持つべきですね。

トークンエコノミーはお金の使い方に変革をもたらすか

松本 ずっと金融の世界に身を置いてきましたが、小さな変化はありつつも、世の中のお金に対する考え方はほとんど変わっていないんですよ。ただ、「トークンエコノミー」、つまり貨幣の替わりになるものを介した経済モデルの出現によって、変革の兆しが見えてきました。
 仮想通貨も、世の中にあふれているポイントもすべてそうですが、従来の紙幣より感覚的にずっとライトです。使うことへの抵抗感も軽くなるので、お金の「入る窓」と「出る窓」の風通しが、ずっとよくなるんじゃないかと思っています。
川村 たしかに。僕は『億男』で、お金を知るプロセスの一つとしてお金のサイズや重さを測ったり、一万円札を破いてみたりしたんですが、お金を破いたときの周りの冷ややかな目はすごかった(笑)。
 一方、同じ価値のある商品券を破いても、そんな反応はなかったでしょう。紙幣には相変わらず、どこか崇拝すべき対象のような「重さ」がありますよね。
松本 だいたい、紙幣に、過去の偉大な人物を印刷しているところが良くないですよ。古い価値観を表彰しているみたいじゃないですか。
川村 ユーロ紙幣のように、無機質でありがたみのないデザインくらいがちょうどいいかもしれないですね。
松本 トークンによって、お金はどこかから集めても、借りてもいいという価値観が浸透すれば、「お金を増やしてから使う」というこれまでの常識も消える。そんな時代の貨幣のイメージにぴったりですね。
 ブロックチェーン技術が進化すれば、何十年先までのお金の使い方をデザインすることも可能になります。家族への毎月の仕送りなんかが身近な例ですが、選択肢はどんどん増えて、自分が死を迎えたあとの使い方まで決められるようになるでしょう。
 マネックスグループだけでなく、すべての金融機関は「増やす」ことと「使う」ことをまとめてサービスしていくと思いますよ。
川村 それには本当に期待しています。今の20~30代は物欲がどんどんなくなっているので、使い道が決まらなければ、ただ貯金しておくことになってしまう。お金のプロが使い方をどんどん提案していただいたほうが、面白い日本になると思います。
松本 この日本の閉そく感で、さらに人生100年時代と言われる。若者がリスクを取らずにお金を貯める一方になる現象も加速している気がしますね。
 川村さんが、新たなお金の使い方をプロデュースできるとしたら、どんなアイデアを提案しますか。
川村 仮想通貨やトークンなどが浸透し、「リアル」から離れていく現代だからこそ、農業や漁業などの原始的な経験とお金がくっついたら面白いんじゃないかと思っています。
 「畑で野菜が採れる」「海で魚が釣れる」という瞬間に、人間はものすごいアドレナリンが出る。いくらで売れるとかは関係なく、生き物としての根源的な喜びがそこにあると思うんです。
 お金の実感がなくなる方向には、放っておいても進んでいくでしょう。だからこそ、普遍的な感動を得られる「体験」と「お金」が紐づいていくんじゃないでしょうか。
松本 面白いですね。
川村 あとは「物々交換」。RPGが人々の心を掴む理由の一つに、ゲーム内の物々交換があります。インターネットで何でもモノが買えるからこそ、そこにヒントがある。
 「自分が持っている畑から野菜が送られてくる」「この農家さんが作った食べ物を買う」という一次産品に直結したお金の使い方が、トークンエコノミーの反動として出てくるのではないかなと。
 自分のお金が形を変えて、自動的に「顔の見える個人が生み出す一次産品」になる。いわば、リアルエステートの「安価なモノ」版。技術がいかに進もうと、人を作っている「食べ物」は侮れません。
松本 なるほど。人そのものや一次産品につながるお金の使い方、ということですね。
川村 やっぱり、最後に行きつくのは、「何を幸せと感じるか」という人間の幸福論。そのときに、自分の身体を作っている食べ物や、それに付随した愛情といったものを求め続ける。それが、僕らの抗えない欲望な気がしています。
(執筆:田中瑠子 編集:大高志帆 撮影:小池彩子 デザイン:九喜洋介)