収集データをリモートサーバーで共有

プエルトリコには30種以上の蚊がいる。ほとんどの種は単なる害虫で、健康被害はないと考えられているが、ネッタイシマカはチクングニア熱やデング熱、ジカ熱などの感染症を媒介する。
プエルトリコでは2015年、ジカ熱が初めて報告され、翌2016年には3万5000人以上が感染した。そして2017年9月、ハリケーン「マリア」の直撃を受けたとき、科学者たちはネッタイシマカの急増を懸念した。嵐の残骸や水洗トイレ用にくみ置きされる水が、新たな繁殖地になるためだ。
研究者たちは脅威を評価するため、プエルトリコ全域に1300以上の罠を仕掛け、罠にかかったメスの蚊を数えている。蚊はメスしか吸血しない。
このプロジェクトを請け負っているのは「プエルトリコ病原菌媒介生物管理ユニット(Puerto Rico Vector Control Unit:PRVCU)」という団体だ。同団体は繁殖地に幼虫駆除剤を散布し、殺虫剤への耐性を調べたり、啓発活動を行ったりもしている。
収集したデータはすべて、マイクロソフトのクラウドサービス「Azure」のリモートサーバーに保存されている。現場の調査チームと研究所の情報共有にもAzureを利用している。
調査チームの24人は罠にかかった蚊を採取し、iPhoneアプリを使って正確な位置を報告する。これによって監督者のホセ・サンチェスは、調査員の現在地やチェック済みの罠を把握できる。
もし特定の場所に異常な数のネッタイシマカがいたら、ソフトウェアが自ら調査員に連絡し、繁殖地の特定と試料の採取を指示する。さらに、地図ソフトがAzureからデータを引き出し、メスのネッタイシマカが特に多い罠や幼虫駆除剤を散布した罠を特定する。
しかもクラウド技術のおかげで、調査員が昼間に収集したデータを使って、ソフトウェアが時間のかかる作業を夜のうちに済ませ、翌日調べる罠や民家を決めておくこともできる。

クラウドなしでは実現できないプロジェクト

プエルトリコ保健省は長年、誰かが感染してから、その位置を記録するという方法をとっていた。
PRVCUで情報技術アーキテクチャーの責任者を務めるセザール・ピオバネッティは「われわれは積極的に」蚊の居場所を特定し、個体数を減らす努力ができると述べている。「クラウドなしでは、このプロジェクトは実現しない。大量のデータを処理し、素早く調査員と共有する必要があるためだ」
PRVCUは2016年、サンフアン市リオ・ピエドラス地区で開始された。立ち上げたのは「プエルトリコ科学技術研究トラスト」というNPOだ。
PRVCUには約100人の職員が所属しており、プロジェクトの資金として米疾病予防管理センター(CDC)から5年間で6500万ドルを受け取る予定だ。
プロジェクトの技術アドバイザーを務めるCDCのアンジー・ハリスは電子メールで取材に応じ、PRVCUは「迅速な対応が可能だ。政府機関ではなかなかそうはいかない」と述べた。
調査チームは1~9月、ネッタイシマカのメスを30万匹以上集めた。研究室責任者を務めるニコル・ナザリオは「プエルトリコにとって、ネッタイシマカは大きな問題であることを確認した。さらに管理を強化しなければならない」と話す。
同氏によると、ネッタイシマカは昔からある殺虫剤への耐性を獲得しているため、新しい方法で管理する必要があるという。
CDCのハリスによれば、1月ごろ、プエルトリコの検査態勢は通常に戻ったが、それ以来「ジカ熱、デング熱、チクングニア熱の感染はほとんど確認されていない」。しかし、蚊が媒介する病気が重大な脅威であることは変わらないという。

特殊なアルゴリズムで蚊の卵を数える

ミシシッピ州ジャクソンにある「メソジスト・リハビリテーション・センター」の上級研究員を務める神経学者アルトトゥーロ・レイスも「プエルトリコでは、蚊が媒介する病気は実際より少なく報告されている」と話す。
マリア以降、レイスは頻繁にプエルトリコを訪れている。ジカ熱との関連が疑われている小頭症の子どもを診察し、プエルトリコ大学小児科との連携を構築することが目的だ。
「PRVCUの取り組みは変革をもたらす可能性がある」と、レイスは述べる。しかし、臨床医が診断を下し、蚊が媒介する病気の患者を治療する手助けを行うには「それだけでは足りない」
塩粒ほどしかない蚊の卵を数えるという単調な作業をスピードアップするため、PRVCUは特殊なアルゴリズムを使用している。アルゴリズムを開発しているのは、予測分析ソフトを専門とするプエルトリコの企業ウォーヴンウェア(Wovenware)だ。
研究所の助手たちは、調査員が採取した卵を手作業で数える代わりに、卵の写真をクラウド上のプログラムにアップロードする。すると、ウォーヴンウェアのソフトウェアが写真を分析し、卵の数を教えてくれる。
研究員たちは空いた時間を、試料の処理や殺虫剤への耐性の調査、監視エリアの拡大などに使うことができる。
ウォーヴンウェアの従業員は約80人だが、そのうち5人が無償でPRVCUのプロジェクトに協力している。15年前に創業したウォーヴンウェアは、米国防総省などの顧客に向けて衛星画像内の物体を検出する技術を提供しており、PRVCUが使っているソフトウェアもそれを基にしている。
ウォーヴンウェアの共同創業者でもあるカルロス・メンデスCEOによれば、このソフトウェアはいずれ、卵がすでにかえっているかどうかを判断したり、種や性別を特定したりできるようになる見込みだという。このように作業の高速化が実現すれば、世界中で、蚊が媒介する病気との闘いに役立てることができるだろう。
PRVCUのピオバネッティは「カリブ海の島国であるというということは、これからも蚊はいなくならないことを意味する」と話す。「われわれの目標は、その場所で多くの蚊が繁殖する理由を解明し、個体数を大幅に減らすため、社会全体で何ができるかを探ることだ」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Nick Leiber記者、翻訳:米井香織/ガリレオ、写真:Chansom Pantip/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.