永田暁彦は「リアルテックで人類を進化させたい」と語った

2018/10/31
「ゲームチェンジャー」とは、それまでの市場競争のルールを覆す存在を指す。日本で、世界で、新たな潮流を生み出す挑戦を続けるビジネスパーソンたちの目には、既存の常識やルールはどのように見えているのか。本連載は、既存のルールを打ち破る「ゲームチェンジャー」たちの思考の一端にふれる。
 「世界を変えよう。技術の力で。絶対に」をミッションに、サイボーグ技術によるアバターロボット開発や、細胞培養技術を用いた「クリーンミート(純肉)」の開発に取り組む企業など、研究開発型ベンチャーに特化し、投資育成を行うファンドがある。
 その名は、リアルテックファンド。「リアルテック」とは、地球と人類の課題解決に資する研究開発型の革新的テクノロジーを指す造語だ。
 同ファンドの代表を務める永田暁彦は、東大発で初めて東証1部上場を成し遂げたリアルテックベンチャー・ユーグレナの取締役としてその成長を牽引し、現在も取締役副社長として最前線で挑戦を続ける。
 永田は「人類を資本主義から解放し、進化させること」がリアルテックファンドの目標だと言う。その思考について聞いた。

リアルテックは日本の“宝物”

──現在、日本のメガベンチャーと呼ばれる企業は、IT系サービスで占められています。リアルテックベンチャーを取り巻く環境をどう捉えていますか?
永田 今、ベンチャーかいわいで「世界を変える経営者を教えて」と聞けば、必ずイーロン・マスクの名前が挙がってくると思います。彼は電気自動車をつくり、ロケットをつくり、火星に飛び立とうとしている。
 これって、まさにリアルテックのど真ん中ですよね。でも、日本では注目されるリアルテックベンチャーがIT・サービス系に比べると少ない。
 たとえば、日本の大企業はシリコンバレーに次世代技術センターを置いて現地企業を調査しますが、日本の研究開発型ベンチャーのことをまったくといっていいほど知りません。
 一方で、韓国や台湾、ヨーロッパの大きな企業は「リアルテックファンドに出資したい」と言うんです。なぜかというと、彼らは日本にはすごいテクノロジーが眠っていると信じているから。
 つまり、日本人が一番、日本を信じていないんですよ。「スペースXがすごい!」と言いながら、みんな自分の足元にある宝物に気付いていない、または信じていないんです。それは投資家だけでなく、多くの世の中の人も同じです。
永田暁彦(ながた・あきひこ)
独立系プライベートエクイティファンド出身。2008年に株式会社ユーグレナの取締役に就任。ユーグレナにおいては、事業戦略立案、M&A、資金調達、資本提携、広報・IR、管理部門構築、東証マザーズ・東証1部上場など、技術を支える戦略、ファイナンス、管理業務分野を担当し、当該領域に精通。リアルテックファンドでは、代表としてファンド運営全般を統括する。
 世界を変える力は、何かの事実以上に世の中の「人が信じる力」の影響の方が大きい。信じる人が増えれば、プレーヤーも応援する人も投資する人も増え、法律や政策にも影響を与え、環境がそろっていく。経験や知識も蓄積されていきます。
 でもこの20年、人・モノ・金の多くがIT、サービス、金融に集まっている状況が続いています。ITの領域では、成功者が次世代に投資するエコシステムもできあがっていますが、リアルテックの世界ではそうした環境がまだありません。
──永田さんが取締役副社長を務めるユーグレナは、東大発のリアルテックベンチャーとして道を切り開いてきました。
 ユーグレナについて言えば、代表取締役社長の出雲充も、僕も同じ30代ですが、1部上場企業の30代の経営者の中で、「リアルテックで世界を変える」ことに取り組んできたのは僕たちだけだという自負があります。
一方で、本当に寂しいというか、独りぼっちな会社として道を切り開いてきたという感覚もあって。 

 正直に言うと僕は、日本からグーグルのような世界の覇者となるITサービスはほぼ生まれないと思っています。言語の壁は大きい。でも、次のトヨタ、次のデンソー、次のファナックが生まれる可能性はある。テクノロジーには国境がないからです。
 それなのに優秀な若い人も資金もほとんどがITに流れていて、テクノロジーが注目されないことに強い危機感を抱いていました。この環境を変えて、リアルテックベンチャーのエコシステムを作りたいと決意したことが、ファンド設立のきっかけのひとつです。

世界を変えるためのベストな方法は

──既存のルールを打ち破っていく上で、永田さんがもっとも大切にしていることは?
絶対的目標を持ち、常識を持たないことです。
今、自分たちのできることから積み上げない。常にベストの解しか考えない。物事はすべて、理想から因数分解する。その上で何をなすべきかを考えます。
 実は、リアルテックファンドで一番やりたいのは、資本主義の基本的な概念を変えたいということです。
 今、世界は貨幣経済から信用経済に移行していっている過渡期だと思っていて、この信用経済のもう一つの軸が、僕は好奇心経済だと考えています。
 人は好奇心を満たすものとか、感動や体験にもっと時間と物とお金を使うようになるでしょう。その先にあるものが真理の探究とアートです。先進国において衣食住はもう十分そろっていて、マーケティングで作られた物理的な欲求を追い求めていく価値はあまり残っていない。
 唐突に聞こえるかもしれませんが、僕は「人類を資本主義と生理的制限から解放し、好奇心主義へ移行したい」と思っているんです。
 これは、「人類のベースアップ」と「フロンティアの探究」という言葉に集約されます。この2つに僕らは命を懸けていくと決めているんですね。
 まずは人類をベースアップしなければいけない。食料問題や環境問題、病気や苦役など、人間が動物として生きているがゆえの生理的制限をなくしたい。
 それを地球上の70億人全員分、実現するためには、テクノロジーによる技術的突破と、意識変革しかないんです。これはまさにユーグレナの経営者として最前線でやっていることでもあります。
 そのうえで同時にフロンティアを探求する。たとえば宇宙を知りたい、物体の構造がどうなっているのかを知りたいという好奇心は、人間にとって根源的なものであって、生理的制限と関係ないですよね。
 別に本当はやらなくていいことかもしれない。でも、「それが人間だ」と思っていて、そこに集中できるように人類の生理的制限を外すのが僕たちの目的です。
──強烈にスケールが大きい「絶対的目標」ですね。簡単には想像すらできません。
 絶対的な目標を掲げるためには、やっぱり常識を捨て去らなくてはいけなくて。そのためには「宗教」が必要だと思っています。
 僕の言っている「宗教」は、信じるものを自らの意思で設定して持つという意味です。
 全ての事象に複数の側面が存在し、絶対的正解は存在しません。だからこそまず「信じるものを決める」。それを自分のなかの決めごとにするのです。その上でできるだけ大きな声で叫ぶ。そうすると共感する人が集まってきて、実現性が高まっていく。リアルテックファンドもそうやって仲間が集まってきました。
──なぜ「決めることが大事」なのでしょう。
 僕には、もともと「環境問題を解決したい」というような志向性はありませんでした。あるのは、今の時代に日本に生まれた幸運な人間なのだから、この人生を何に使うかに責任があるし、社会に還元する義務があるという思いだけでした。
 人は「信じるもの」があってこそ、はじめて自分のパワーを発揮できる。ここに懸けると決められる人が自分の持っている能力を生かせるし、ゲームチェンジを成し遂げられると思っています。

資本主義のルールをチェンジする

──それほどまでに「世界を変えたい」と思った経緯とは?
 僕は生まれが裕福ではなくて、若い頃は「お金がたくさんあったらいいな」と思っていました。車を買えたらいいなとか、家が持てたらいいなとか。資本というものに憧れがあったんですね。
 新卒で投資ファンドに入って、強烈な資本主義の中で「お金を増やす」という目的に向かってビジネスを学んでいきました。
 それからユーグレナに移った頃、当時は本当に会社が貧乏でメンバーに給料を支払うのも困る状況でしたが、研究者たちに「給料を払うのと、研究設備を買うのとどっちがいい?」と聞いたら、彼らは「設備がほしい」と答えたんです。
 それが僕の中で人生の転機になっていて、こういう情熱を持った人たちが存在している世界を、もっと広げなければいけないと確信したんです。
 実際、IPOを経て自分もある程度お金に困らなくなりましたが、まったく人生がアップグレードされなかったんですね。何も感動がなかった。
 一方で、世界では人類全体で上位10%くらいの優秀な人材が、年収や資産のわずかな違いに必死になってその才能を浪費している。この資本に支配されている感覚に本当に違和感を持つようになりました。
 そこから解放されることで、人類は次のステップに行けるんじゃないかって思ったんですね。
──資本主義に疑問を感じ、次のステップに進む手法としてファンドを作ったというのは面白いですね。
 そうですね。こんな目的を語りながら上場企業とファンドという資本主義のど真ん中にいるわけですから。しかし、資本主義を変えるには資本主義で成功しなくてはならないと確信しています。成功するから人も集まってくる。
 そして出資者に対して、リターンも返さないといけません。テクノロジーベンチャーへの投資ファンドは失敗すると言われ続けています。しかし、私たちを信じて94億という資金を預けてくれた方々に報いることはもっとも大切なことです。
 僕が大切にしているもうひとつのルールは、信じてくれた人に対して義理を立て、恩を返すことです。
 資本主義ベースの価値観が揺らぎ始めた時代だからこそ、信用をベースにした経営、人生は今後間違いなく重要になります。
 私たちはベンチャー投資と支援を通じて、投資先の時価総額を上げ、結果的に彼らを億万長者にしたい。そして、成功者となった彼らが次の世代を応援してくれれば、リアルテック領域のエコシステムが回り始めます。
 私たちの活動が、彼らをそういう心理にできるかどうかが重要であり、義理を立て、恩を返す経済とはそういうことです。

今後10年でインパクトが必ず起こる

──リアルテックファンドで投資するベンチャーの選定基準を教えてください。
 とにかく一番は、社会的インパクトです。この技術がすごいのか、ではなく、この技術が実現されたら社会にどんなことが起こるのかを最も重視しています。次はそれが実現できるチームかどうか。
 今、40社に出資していますが、実はそのうちIPOを視野に入れているのは半数程度です。残りの技術は、IPOしたベンチャーや大企業に買ってもらい、優れた技術を最高のチームに集約していくことを考えています。
リアルテックファンドの投資先のひとつであるMELTINでは、人の身体とつながるサイボーグ技術を研究。手の動きを忠実に再現するだけでなく、2万キロ近い遠隔操作実験にも成功している。
 IPOを目標とする通常のファンドだとありえない発想かもしれませんが、僕たちが目指すのは「世界を変えること」ですから。
──リアルテックが「ゲームチェンジ」を成し遂げる条件は?
 今後、10年間でテクノロジーによって多くのインパクトが必ず起こります。iPhoneが世に出たのが10年前。世界はリアルテックによって、生活も文化もあっという間に変わっていくのです。
 近い将来、民間の宇宙船が宇宙に行くのがあたりまえの世の中になるでしょう。バイオ燃料で飛んでいない飛行機の方が珍しくなります。通貨も、医療も、教育も、農業も、今とは別次元の世界に変わっていきます。
 これまでの10年よりはるかに大きな変化がやってきます。しかもそれを多くのベンチャーが成し遂げるのです。これまでの10年が情報革命期であったなら、これからの10年はリアルテック革命期なのです。
 ただその時、日本が今と変わらず人も金もリアルテックに流れていない状況ならば、これまで蓄積してきたテクノロジーは誰のどのようなものになっているのでしょうか。
 日本も戦後、多くの先人が自らの技術と情熱で海を渡りました。豊田喜一郎も、松下幸之助も、本田宗一郎も。みなリアルテックベンチャーたちだったのです。そういった経験のある人たちが多くの人の目指す姿になる。
 しかし、その先人たちは全て大企業となり、リアルテック領域にはもうゼロからやった現役の人がほとんどいないのです。
 リアルテック領域は時間がかかる、難しいと言われ敬遠されてきました。しかし、次の5年間で、誰もが知っているリアルテックメガベンチャーと経営者を僕たちが生み出します。私自身もそれをユーグレナで同時に実現します。そして、日本の社会の雰囲気、人や金の流れを変えてみせます。
 そしてこの世代では、次の世代が生まれるエコシステムも同時に形成するのです。
 誰かが常識を覆せば、世界は変えられるんです。その、「俺たちにもできる」という感覚を、僕らがつくっていきたいんです。
(取材:樫本倫子 構成:横山瑠美 撮影:的野弘路 編集:呉琢磨 デザイン:砂田優香)