共感力や創造性が高まるのはなぜか

本は私たちに賢明さや知識、知的謙虚さを与えてくれる。
しかし、読書習慣がもたらす重要な利点は、共感力を高められることだ。本を読めば、ほかの誰かの視点を得ることができる。ほかの誰かの目で世界を見渡し、ほかの誰かの痛みや喜びを感じられる。
それによって孤独感が和らぎ、人生ははるかに楽しいものとなるだけでなく、ビジネスにも役立てることができる。顧客や協力者を理解できれば、仕事がもっとスムーズに、そして創造性も高まるはずだ。
では、どのような仕組みでこうした効果がもたらされるのだろうか。
子どもの発達を研究し、読書の達人でもあるタフツ大学のマリアン・ウルフ教授は「Lit Hub」に寄稿した記事で、良書に没頭した時に脳に起こることについて神経科学的な見地から解説している。
愛読家は読むべき記事だが、読書によって能力を引き出したいと考えるすべてのビジネスマンのために要点を抜き出して紹介したいと思う。

「本ほど素晴らしい帆船はない」

ウルフ教授の記事は、本当に素晴らしい読み物が人をどれほど夢中にさせるかを伝える、さまざまな引用から始まる。
たとえば、アメリカの詩人エミリー・ディキンソンの有名な一節「本ほど素晴らしい帆船はない」などだ。ルネサンス期の政治思想家ニッコロ・マキャヴェリが、読んでいる本の登場人物の服装をまね、架空の会話を楽しんでいたという興味深い逸話もある。
文学作品の登場人物に対するマキャヴェリの共感は、極端なものだったかもしれない。しかしそこまで行かなくても、物語とその登場人物に夢中になることはとても効果的だ。
他者の視点に立つ「視点の取得」は「一人ひとりが持つさまざまな相反する気持ちを理解する」助けになり、「複雑に入り交じる感情を知ることで、孤独感を和らげることができる」とウルフ教授は述べている。
本の登場人物のことを知り、「そんなふうに考える変人は私だけではなかった」あるいは「そんな視点から考えたことは一度もなかった」と思ったことがある人は、ウルフ教授の言いたいことがよくわかるはずだ。
しかし、こうした視点の変化を体験するとき、脳の中ではいったい何が起きているのだろう。

登場人物の行動や意識を「脳が模倣する」

われわれが良書に没頭しているときに脳のなかで懸命に働くのは、言語処理をつかさどる部位だけではないことがわかっている。
物語の世界に入り込んでいるとき、われわれの脳は登場人物の行動や気持ちを描き出している。つまり、なぜか惹かれてしまう登場人物がいて、その人物が泳いでいるシーンがあれば、自分がプールを泳いでいるときと同じ脳の部位も活性化するということだ。
「『ジェーン・オースティンを読んでいるときの脳』という興味深いタイトルの論文がある。18世紀の文学を研究するナタリー・フィリップスが、スタンフォード大学の神経科学者たちと共同で、フィクション作品を読んでいるときの脳を調べたものだ。論文によれば、フィクション作品を『注意深く』読んでいるときは、登場人物の気持ちと行動の両方に対応する脳の部位が活性化するという」
言い換えれば、アンナ・カレーニナが線路に身を投げる場面を読んでいるときは、運動制御をつかさどる脳の部位が文字通り、アンナと一緒にジャンプするということだ。シルクのドレスや風に揺れる木の葉が出てくる場面では、知覚をつかさどる脳の部位が活性化する。
われわれは脳の基本的なレベルで、登場人物とまったく同じ体験をしているのだ。われわれはただ本を理解しているだけではない。神経学的に言えば、「本を生きている」のだ。
「われわれがフィクション作品を読んでいるとき、脳は他者の意識を能動的に模倣している。本を読まなければ想像すらできなかった他者の意識も含めてだ。われわれはしばらくの間、他人として存在するとはどういうことかを試せるのだ」と、ウルフ教授は述べている。じつに素晴らしい共感の訓練だ。

流し読みでなく、良書の世界に没頭する

ただしこれらは、昔ながらの「深い読書」にしか当てはまらない。本の世界に迷い込むような読書、そしてデジタル機器の存在など忘れてしまうような読書だ。
情報だけをすくい取るような読書やブラウザーのタブを15個も開いたままの読書では、脳が同じように活性化することはない。事実を学ぶことはできるかもしれないが、共感することはないだろう。
「本がつくりだす世界に浸るために必要な認知的な忍耐力が、ゆっくりと失われているとしたら、たくさんのことが失われてしまうだろう」と、ウルフ教授は懸念する。
「自分とはまったく違う誰かの思考や感情に出会い、それらを理解する機会がなければ、若い読書家たちはどうなってしまうのだろう。 自分とよく似ている人以外の人々に共感する機会を失ったら、年長の読書家たちはどうなるのだろう。無意識のうちの無知や恐怖、誤解につながるのではないのだろうか」
気晴らしやデジタル機器は脇におき、良書に没頭する時間をつくってみよう。夢中になって本を読むことは、人々に対する本物の共感的つながりを育んでくれる。この困難で孤独な時代に、共感を必要としない人などいるのだろうか。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Jessica Stillman/Contributor, Inc.com、翻訳:米井香織/ガリレオ、写真:Ellerslie77/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.