パーセプティブ・オートマタ(Perceptive Automata)は路上の自動運転車に、人間のような直観を発揮させようとしている。

人間の行動を機械に学習させる

自動運転車は、迷惑なドライバーだ。公道での試験走行が進められている自動運転車は、人間のドライバーと比べて過度に慎重で、イライラするほどのろく、おまけにすぐ急停車したり、おかしな機能停止状態に陥ったりする。
自転車に乗った人、ジョギングする人、横断歩道など、整然とした2進法の「ロボットの脳」では処理しきれないものに出くわすと、そうなってしまうのだ。
自動運転各社もこの問題を十分認識しているが、現時点で解決のためにできることはあまりない。よりスムーズな運転ができるようにアルゴリズムを調整すると、安全が犠牲になり、自動運転技術にとって最大の売り物のひとつが失われてしまう。
実際にそうした調整を施して緊急ブレーキ操作を抑制したことが、2018年3月にウーバー・テクノロジーズの自動運転車が引き起こした死亡衝突事故の原因になったと、事故を調査した米連邦当局は指摘している。ウーバーは事故後にアリゾナ州での事業を閉鎖して以降、自動運転車の公道試験をいまだ再開していない。
人間のドライバーはリスクをとるが、それを模倣するように自動運転車をプログラミングすると安全性が損なわれる。しかし、自動運転車に人間の行動をより深く理解するよう学習させることはできるかもしれない。
この目標に取り組んでいるのが、ボストンに本拠を置くスタートアップのパーセプティブ・オートマタ(Perceptive Automata)だ。
同社は、神経科学と心理学の研究結果を応用し、路上にいる自動運転車により人間に近い直観を発揮させようとしている。はたして、ソフトウェアに人間の行動を予測するよう教えることは可能なのだろうか。

ハーバードとMITの研究者が創業

パーセプティブ・オートマタは今から2年前、ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者と教授らによって創設された。
同社は10月9日、トヨタAIベンチャーズのほか、韓国の現代自動車のベンチャー部門であるヒュンダイ・クレイドル(Hyundai CRADLE)などが参加した資金調達で1600万ドルを調達したと発表した。
ヒュンダイ・クレイドルのシニア投資マネージャー、アン・チェンは「われわれ人間は、相手が何をしているのか、または何をしようとしているのかを考える」と述べる。
「人工知能(AI)を手がける企業の多くは、物体の検出あるいは物体の識別といったより古典的な問題に取り組んでいるが、パーセプティブ・オートマタはそこからさらに一歩踏み込んで、われわれ人間が直観的に行っていることを研究している」
トヨタAIベンチャーズのマネージングディレクターを務めるジム・アドラーは、自動運転技術における予測の要素は、自動運転車の開発初期には「誤解されていたか、もしくは完全に過小評価されていた」と指摘する。
アルファベット傘下のウェイモ(Waymo)が2018年中にアリゾナ州フェニックスで自動運転タクシーの有料サービスを開始することを計画し、ゼネラル・モーターズ(GM)の自動運転部門も同じく自動運転タクシー事業への2019年の参入を進めるなか、自動運転車の人間への対応能力の欠陥に対してますます厳しい目が向けられるようになっている。
専門家の間では、自動運転車にもっと注意を払うよう、歩行者側を教育する啓蒙活動を実施すべきだとの意見もある。スタートアップや世界的自動車メーカー各社も、自動運転車の「意図」を周囲の人たちに知らせる車外ディスプレイの試験に取り組んでいる。
しかし、自動運転車が人間のドライバーに混じってスムーズに走行できるようになるためには、これらの取り組みだけで十分だとは誰も考えていない。それを実現するためには、自動車側がボディランゲージを読み取り、社会規範を理解することで、人間の意図を把握できなくてはならない。

ニューラルネットワークを模倣

パーセプティブ・オートマタは、人間の振る舞いをモデル化することで、機械に対して人間の行動を予測する方法を教えようとしている。
パーセプティブ・オートマタの最高技術責任者(CTO)を務めるサム・アンソニーは元ハッカーであり、ハーバード大学で認知および脳行動学の博士号を取得した人物だ。
同氏は、心理学で用いられる画像認識テストを応用して、ニューラルネットワークと呼ばれる人間の脳の仕組みをある程度模倣した機械学習の一種を訓練する方法を開発した。
パーセプティブ・オートマタでは、さまざまな年代、運転歴、地域から募った何百人もの被験者に対して、路上の風景(たとえば、街角に立っておしゃべりしている歩行者や、自転車に乗りながら携帯電話を見ている人など)をとらえた多数の動画や画像を見せて、その人たちが何をしているのか、またはしようとしているのかを答えさせている。
そしてそれらの回答すべてを、コンピューターの脳にあたるニューラルネットワークに送り込み、現実のシチュエーションで何が起こっているのかを認識する際の参考となる「資料庫」を構築している。
同社は研究の過程で、地域差の情報を取り入れることが重要であると気づいた。交通規則や信号を無視した道路横断はニューヨークではよくある光景だが、ほかの土地ではほとんどみられないからだ。
トヨタAIベンチャーズのアドラーは「違法な道路横断など東京では誰もしないし、私は見たことがない」と話す。「われわれの文化がどのように進化していくのかに関する社会慣習や規範、この技術によって異なる文化がそれぞれどのように進化していくのかは非常に複雑で、非常に興味深い問題だ」
パーセプティブ・オートマタは米国や欧州、アジアにおけるスタートアップやサプライヤー、自動車メーカーと協力しているが、具体的な提携先などは公表していない。同社は、早ければ2021年には自動運転機能を備える量産車に自社の技術が搭載されることを期待している。

生死に関わる判断を任せられるか

たとえ、半自動運転レベルの機能(車線保持や高速道路でのハンズフリー運転など)にとどまる車であったとしても、人間の意図を読み取る能力が不要なわけではない。
調査会社ガートナーのアナリストであるマイク・ラムジーは、自動運転車は「複雑な環境において人間に対処する方法を理解できない限り、動きが遅く、ぎこちなく、人間からすればうっとうしい運転をするしかない」と述べる。
しかしいっぽうで、パーセプティブ・オートマタの取り組みは「並外れて難しい」ことだと慎重な姿勢も示す。
また、パーセプティブ・オートマタが目指す技術を実現できたとしても、生死に関わる判断を機械に任せてよいのかという新たな倫理上の問題が浮上する可能性があると、ラムジーは指摘する。
同社は物体の認識レベルにとどまらず、人間の直観を模倣させることに取り組んでいるために、何かエラーが発生した場合に誤った判断をプログラミングしたとして責任を問われる可能性がある。
この問題に取り組んでいる企業はパーセプティブだけではない。
ウェイモや、GM傘下のGMクルーズ(GM Cruise)、ズークス(Zoox)などの有力企業は独自に問題を解決しようとしていると考えるのが妥当だと語るのは、元GMクルーズのエンジニアリング責任者で、現在はシリコンバレーのインキュベーター、プレイグラウンド・グローバル(Playground Global)のベンチャー投資家として活動するサーシャ・オストジックだ。
とはいえ、いずれかの企業がこの問題に突破口を開くまでは、高齢ドライバーのような走り方をする自動運転車の後ろで、イライラせずに我慢しなくてはならないと覚悟したほうがいい。
「自動運転業界で責任の重い立場にある人たちは、快適さよりも安全性の最適化を重視している」とオストジックは述べている。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Gabrielle Coppola記者、翻訳:高橋朋子/ガリレオ、写真:kentoh/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.