起業家は、難しい決断を下して変化に対処するエキスパートだ。人生でリスクをとることについて、起業家から学べることは多い。

変化を予測し、変化に対処する

夢を叶えるために、リスクを計算したうえで、そのリスクをとる勇敢な者たちのことを何と呼ぶだろうか。それは「人間」だ。
もちろん、私財を投じてスタートアップを立ち上げるという決断は、不確実なチャンスに賭けるという行為のなかでもドラスティックな例のひとつだろう。しかし多くの人が人生のどこかの時点で、比較的安全な道とより心が満たされそうな道のどちらかを選ばなくてはならない。
投資銀行に就職するか、それとも非営利団体に参加するか。子どもたちが生まれてからずっと暮らす家にとどまるか、それとも家族を連れて遠く離れた土地へ移り、今よりいい仕事に就くか。法科大学院適性試験(LSAT)を受けるか、それともスタンドアップコメディアンになる夢を追うか。
こうした岐路に立たされたとき、起業家でない人でも起業家のように考えることが可能だと主張するのは、南カリフォルニア大学「Founder Central」イニシアティブの創設ディレクターを務めるノーム・ワッサーマンだ。
Inc.誌の顧問でもあるワッサーマンは、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)で13年間にわたって教鞭をとった経験がある人物だが、そこで驚いたのは、学生たちが起業家的な思考法をあらゆるキャリア上の決断に適用し、自身の結婚にさえそれを用いていたことだ。
ワッサーマンによると、起業家は変化を予測し、変化に対処することに長けている。「起業しようなどと考えたことがない人でも、起業家から学ぶことは可能だ。これらは、どちらの人々も直面する、普遍的な人間の問題なのだから」とワッサーマンは述べている。
ワッサーマンは新著『Life Is a Startup: What Founders Can Teach Us About Making Choices and Managing Change』(人生はスタートアップ:起業家から学ぶ、道を選んで変化に対処する方法)で、起業家がどうやってリスクにアプローチしているのか、そして一般の人々がそれをどう真似できるかを紹介している。

1. 個人的な出費を抑える

起業家は、すみやかに倹約を始める。事業を立ち上げるなら、自分のふところから資金を捻出しなくてはならないと知っているからだ。
彼らは、最初の1年か2年は無給の生活が続くと見越している。したがって、事業を始める前から「個人的なバーンレート(資金燃焼率)」を抑えた生活スタイルを確立し、回せるお金はすべて貯金に回す。
ワッサーマンによると、同氏のワークショップに参加した起業家は、起業する前に39%が支出を減らし、また11%が小さな家に住み替えたという。
学生やスタートアップの創設者というと「ラーメンをすする」ような節約生活で知られる。これは、まだ実現できていない夢がある人にも真似のできるやり方だ。
ワッサーマンは、とくに人生に変化が起こる時期に注意するよう促している。それはたとえば、学校を出て最初の職に就いたり、昇進して給与が上がったりしたタイミングだ。
こんなときには、家を購入したり、休暇をとったり、子どもを私立学校に通わせたりしたい誘惑にかられる。しかし、こうした決断を下すたびに、夢の実現を阻む手錠のしめつけは強くなる。
「経済的な意味では、人生で最も苦しい時期になることを予想しておこう」とワッサーマンは言う。「手放すのが辛くなるので、ぜいたくな暮らしに慣れてはいけない」

2. 地位にしがみつかない

新たな道を選ぶことは多くの場合、物質面にとどまらない犠牲を伴う。たとえば現在、立派な組織でよい仕事に就いている人は、地位や名誉も手放すことになる。
「お金だけでなく、精神的にも手錠をかけられているようなものだ」とワッサーマンは述べる。「あなたの新しいキャリアは、あなたのお母さんが友だちに自慢して回るようなものではないかもしれない」
起業家はたいてい、スタートアップを通じてポジティブな変化をもたらすという、もっと大きなチャンスに意識を向けている。たとえば、顧客の生活を向上させ、従業員に利益をもたらす製品を生み出すというチャンスだ。
起業する以外にも、変化が長期的によい結果をもたらすことは多い。「いま現在の生活にとらわれて、本当に重要ではない事柄に執着しないよう注意すべきだ」とワッサーマンは助言する。「将来得られるかもしれない利益のことを考えよう」

3. 泳ぎを覚える前に飛び込まない

それまでの仕事を続けながら会社を興す起業家は失敗する確率が33%低いと、ワッサーマンは指摘する。そのほうが、少しずつ段階を踏んで成長し、小さな実験を重ねながら知識とリソースを増やしていけるからだ。
「いきなり飛び込まないことで、スキルを磨く時間の余裕が得られる」とワッサーマンは述べる。「情熱に目がくらんで、現実的な問題が見えなくなることもない」
そのようにして、とりうる選択肢と「デート」を重ねるあいだに、講座に通ったり、業界でコネを作ったり、まずはボランティアとして新しい仕事を試したり、個人的な顧問になってくれる人を集めたりすることもできる。
ワッサーマン自身も最近このアドバイスを実践し、ハーバード大学を去るかどうか検討中に、いくつかの大学で客員教授を務めた。

4.「状況の好ましさ」を評価する

起業家というものは、チャンスを追いかけて崖さえ飛び降りる人種だと思われている。
しかし実際のところ、成功している起業家はさまざまな状況を慎重に評価して、起業するのに好ましい条件が十分にそろっているかを判断している。スタートアップにとってそうした条件となるのは、利益の出そうな市場の有無や起業家自身のスキルとリソース、それに家庭の事情といった個人的状況だ。
起業家ではない人も遠く離れた土地で新しい仕事に就くかどうかを決断する場合には、自分や配偶者の今後のキャリア、そして夫婦の現在の経済事情などを考慮するものではないだろうか。
ワッサーマンによれば、こうした状況に関する「好ましさの境界値」、すなわちどれだけの条件がそろえば進んでその道をとるかは、人によって異なる。関連する条件のうち2.5項目が好ましくないとだめだという人もいれば、1.5項目で十分という人もいる。
「すべてが同じ状況に置かれても、そこから導き出す決断は人それぞれだ」とワッサーマンは述べる。それでも、満たすべき条件がはっきりすれば、「その境界値を超えるためにはどうすればいいか、計画を立てることが可能になる」

5. すべてをゼロから始めない

大手製薬会社のマーケティング部門で40年の経験を積んだ人が、会社を辞めていきなりサーフショップを開くケースは多くない。起業するにしても、自分の知識やコネを生かせる医薬品分野で、ブランド構築ビジネスを立ち上げることのほうが多いだろう。
自分でビジネスを立ち上げるのは、やはり大きなリスクを伴う。なじみのない業界へ移り、なじみのない製品と顧客に乗り換えるのは無謀なようだ。
「それまで積み上げたものを捨て去り、ほとんどすべてのことを学び直さなくてはならないため、結果を残せず終わるおそれがある」とワッサーマンは述べる。
それと同じように、転職を考えている人もすべてをゼロから学ばずにすむように、それまでのキャリアの要素をいくらか残しておくのがいい。ワッサーマンはこれらの要素を人材採用のエキスパート、ジェフ・スマートの表現を借りて「柱」と称する。
「1本の柱をなじみのないものにすれば、新しいことを学ぶ苦労と楽しみが待っている」とワッサーマンは言う。「それでも、ほかの2本の柱を基盤にして、最初から生産的であることが可能だ」

6.「失敗」についての見方を変える

少なくともこの20年間、起業家と彼らを愛する支援者たちは、失敗の経験を名誉として誇ってきた。いっぽうで起業家以外の世界には、そのような考え方は広まっていない。
しかしリスクを恐れる人たちも、失敗からどんなことが得られるか考えてみるべきだ。失敗からは、知恵と新たな方向性へのアイデアが得られる。より強い気概と子どもたちに語り継げる不屈の精神の物語が生まれる。
「起業家は、これはきっとうまくいくと単純に信じることはしない。結果的にうまくいくように自分でしむけていくのだ」とワッサーマンは述べる。「失敗を回避すべき恐ろしいものではなく、ありがたい経験としてとらえよう」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Leigh Buchanan/Editor-at-large, Inc. magazine、翻訳:高橋朋子/ガリレオ、写真:SIphotography/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.