ロボットと隣り合わせで働く危険性

自動走行車は、公道で人間と「共存」するために、目に見えないレーザー光線を周囲に張り巡らしている。そのLIDAR(赤外線レーザースキャナー)技術をクルマの製造現場にも導入して、組み立て工程でも人間とロボットの「共存」を図ろうという動きが進んでいる。
ほとんどの自動車メーカーは、鋼板のパーツの溶接や塗装にロボットを使っている。
だが、最終的な組み立て(エンジンやダッシュボードの取り付けや電気配線など複雑かつよく変わる約500の工程)については、人間の代わりにロボットにやらせる試みは、1959年にゼネラルモーターズ(GM)が初めて試みて以来、実現したことがない。
ということは、多くのクルマの組み立て工程では、人間とロボットが隣り合わせで協働しなければならない。これは人間にとって非常に危険な環境だ。
「狭いスペースにロボットの隣で作業をするのは、馬の隣にいるようなものだ」と言うのは、ベオ・ロボティクス社(Veo Robotics)の共同創業者パトリック・ソバルバロだ。
「馬がおとなしくて、人間のことを好きで、人間がどこにいるか把握していれば安全だ。だが馬を驚かせれば、人間は踏みつけられたり、壁に挟まれてぺしゃんこになりかねない」
同社は3次元LIDARを使って、作業場内のロボット、人間、その他のものの位置をリアルタイムに把握するシステムのパイオニアだ。
同社の技術では、一定の距離以内に人間が接近すると、ロボットは動き遅くし、やがて完全に動きを止める。また、作業場内で完全に把握できない動きが少しでもあれば、動きをストップするようになっている。

組み立て工程の自動化は「至高の目標」

センシング技術とコンピューター分析の組み合わせは、自動走行車を実現したものでもある。LIDARはレーザー光を近くのモノに反射させて、距離を判断する技術だ。
この分野で当初先頭を走っていたグーグルの親会社アルファベット傘下のウェイモと、GMの自動運転車部門GMクルーズは、どちらもLIDARのセンシングを採用している。
ブルームバーグによると、自動車向けLIDAR技術を開発する企業にはこの4年間で約10億ドルが投資されてきた。ウーバーやGMクルーズ、フォード・モーター系のアルゴAI(Argo AI)、そしてコンチネンタル・オートモーティブ(Continental Automotive)はいずれもLIDAR開発企業を買収した。
そんななか「LIDARを組み立て工程に使ったのは、ベオが初めてだ」と、産業業用ロボットを製造するクカ・ロボティクス(Kuka Robotics)のジョー・ジェマCEOは言う(クカのロボットはテスラやGMの工場で使われている)。
「組み立て工程の自動化は、至高の目標だ」と、ジェマは言う。「だが、ロボットの近くで作業する人間の安全を確保するには追加的コストがかかり、自動化は実現してこなかった」。ベオの新しいLIDAR技術は「事実上すべてを変える可能性を秘めている」。
ベオは、日本のファナックや安川電機、スイスのABB(アセア・ブラウン・ボベリ)など、世界的な産業用ロボットメーカーと提携しているほか、航空機メーカーや石油・天然ガス採掘業社などとも実験を続けている。
5年後の年間売上高は10億ドルに達する可能性があると、ソバルバロは語る。同社はこれまで、グーグル・ベンチャーズやラックス・キャピタル・マネジメントなどから1300万ドルを調達してきた。

LIDAR技術の価格下落で見えた可能性

ソバルバロは、1997年にマサチューセッツ工科大学(MIT)でコンピューターサイエンスの博士号を取得した。
そして、社会人になって初めてした仕事のひとつが、インテリジェントビデオ解析システムを使って、ウォルマートなど大規模小売店における人間の動きを解析することだった。
さらにその後、リシンク・ロボティクス(Rethink Robotics)で、コボット(人間と協働するロボット)の開発責任者を務めた。コボットはアームに力センサーがついていて、人間や他のモノを検知すると動きを止める。最も人気のコボットは、約10キロの荷重を持ち上げることができる。
ソバルバロは、いつか小売業での経験とコボット開発の経験を組み合わせた仕事をしたいと考えてきた。
だがそのためには、センシング技術の価格が下がるまで待たなければならなかった。現在、ベロダイン・ライダー(Velodyne Lidar)のLIDAR技術は100ドル前後だが、10年前は7万5000ドルした。
おかげでベオは現在、LIDARを活用した組み立て工程の作業場システムを4万ドルの料金で提供できる。一般的な産業機械は40万ドル以上することもざらだから、メーカーにとっては比較的小さなコストだ。システムの設定に要する時間は、わずか半日だ。

産業用ロボットと安全上の制約

ソバルバロは、クカのオレンジ色の産業用ロボットを使った資料映像を見せてくれた。身長約180cmのロボットがぐるりと回転して、6.8キロのサスペンションを持ち上げると、再び回転して作業台に向き直り、サスペンションの向きを変えて、別のパーツの上に置く。
作業員は数十センチのところにいて、電動ドライバを使っている。実験では、この協働作業によって、ラバーブッシュ(ノイズと振動を抑える部品)を取り付ける時間は、43秒から24秒に短縮した。
現在の産業用ロボットがもたらす安全上の制約は、メンテナンスも厄介にする場合がある。
溶接ロボットに使われている銅製の半導体チップは、高温と高圧のために劣化しやすい。チップの交換自体は2分で済むが、安全ケージを開けてロボットに近づくには、上司の許可を得て回りのロボットをストップさせなければならないため、もっと多くの時間がかかる。
ベオの技術では、電子的に安全確認ができて、ロボットは必要に応じて動きを止める。「ワークステーションに人が近づくと、ロボットがセーフモードになり、人が立ち去れば元のスピードに戻るシステムをつくるのが夢だ」と、ソバルバロは語る。「そうすれば安全を心配する必要はなくなる」
彼が目指しているのは、組み立て工程から人間を取り除くことではない。テスラのイーロン・マスクCEOら生産工程の完全自動化を目指す人々からみれば、それは「甘い」ということになるかもしれないが──。
マスクは、カリフォルニア州ファーモントの工場を完全自動化(人間の仕事はロボットの監督だけ)の足がかりに位置づけたものの、生産目標と安全目標の両方を達成するのに苦労してきた。
マスクは今年、ロボットコンベアシステムの廃止を余儀なくされた。「シミュレーションで最高にうまくいったからといって、現実にうまく動くとは限らない」と、マスクは7月のインタビューで認めた。

マスカラを塗れるロボットはいない

クカのジェマCEOは、シートとフロントガラスの取り付け工程にベオのシステムを導入することを検討している。人間は引き続き工程に立ち会い、システムを調整し、問題があれば解決する。
ベオのバイスプレジデント(エンジニアリング担当)であるクララ・ビュは、LIDARを搭載したロボットがもっと安全かつ機敏に人間と協働できるようになれば、ロボットの用途が広がり人間の雇用が一部失われる可能性はあると認める。
ただ、本田技研工業など自動車メーカーは、アメリカの人手不足を指摘しているから、ロボットの導入は悪いこととは限らない。また、生産性が高まれば、企業が新たな利益創出方法を見つける助けになるかもしれない。
それでも、「ロボットに世界を乗っ取られる」と不安を抱いている人は少なくない。
9月の世界経済フォーラムでは、自動化技術によって2022年までに7500万人が失業する可能性があるとの見方が示された。「私みたいに、ロボットに単純な作業をさせる研究を20年以上してきた人なら、そんな結論に達するはずがない」と、ビュは断言する。
現時点では、世界中の無数の女性が毎朝やっている「小さなこと」に必要なセンシング能力と判断能力を持つロボットは存在しないと、彼女は断言する。それは、とがった小さなブラシを持って、自分の目から数ミリのところでマスカラを塗ることだ。
ロボットがそれだけ器用かつ広範な問題解決能力を身につけるのは何十年も先だと、ビュは考えている。
それでも「ロボットに世界を乗っ取られる」と怯えている人は、近くの階段を登ってみるといいと、ビュは言う。ほとんどのロボットはついてこられないから、と。とはいえ、この分野の技術が急速に進歩していることは彼女も認める。
「ボストン・ダイナミクス社(Boston Dynamics)は最近、階段を登れるロボットを開発した」と彼女は言う。「それなら階段の一番下を洗濯カゴでブロックすればいい」
原文はこちら(英語)。
(執筆:John Lippert記者、翻訳:藤原朝子、写真:©2018 Bloomberg L.P)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.