【手倉森誠×戸塚啓】したたかな森保監督のW杯8強への道

2018/10/10
先のロシアW杯で戦前の下馬評を覆し、快進撃を見せたサッカー日本代表。W杯開幕2カ月前に解任されたヴァイッド・ハリルホジッチ氏に代わり監督に就任した西野朗氏率いる日本代表は、日本人選手の特性を生かしたサッカーを追求しグループステージを突破してみせたが、結果的には、またしてもベスト16の厚い壁に跳ね返されることとなってしまった。
新たに森保一監督が就任したサッカー日本代表が、4年後のカタールW杯でベスト16を突破するには何が必要なのか。そのポテンシャルと課題とは――。
9月28日に『日本サッカー代表監督総論』(双葉社)を出版したスポーツライターの戸塚啓氏が、ロシアW杯で西野監督を支え、躍進の陰のキーマンとなったサッカー日本代表前コーチで、2016年のリオ五輪代表監督も務めた手倉森誠氏に切り込んだ。
手倉森氏(左)と戸塚氏

「決して受け身になるな」

戸塚 ロシアW杯ではベスト16に進出しました。西野さんのどんなところが良かったのでしょうか。
手倉森 ハリルさんは強権的で、選手にショックを与えて鍛えていく指導法だった。西野さんは逆で、ショックを与えることはまったくない。自然と自発的なアクションを導く。選手たちが自然と、「俺たちがやらなきゃいけないよな」と思っていくようなマネジメントでした。
西野さんはそもそも、プロサッカー選手になった彼らを尊重していると感じましたね。日本のサッカーはこういうものだ、日本人はできるという信頼があったと思います。
また、今回私も勉強になったのが、西野さんが言った「絶対に受け身にならない」という言葉です。リオ五輪の監督で世界と相対するとき、受け身にならざるを得ないという考えがあって、「勝つために時には受け身になる、相手の攻撃を受けることも必要だ」と選手に理解させていきました。
戸塚 受け身になることもあると想定していたんですよね。
手倉森 そうです。でも、西野さんは「決して受け身になるな」と。実はこれが、日本が一番育まないといけないものだなと思いました。西野さんももちろん、日本が強者でないことは分かっています。ただ、攻撃も守備も、挑んでいく。この落とし込み方は、W杯を何度も経験している選手たちにも響いたんじゃないかなと思います。
ブラジルW杯のときは、「自分たちのサッカー」といって攻撃的にいった。いや、でも違うだろ、日本はまず守備だろとなって、ハビエル・アギーレさんが監督になり、ハリルさんがそのあとを引き継いだわけですが、西野さんは、攻撃だけでなく、守備でも仕掛けろと。今回は、「決して受け身にならないサッカー」というフレーズが、ベスト16という結果を導いたんじゃないかと思いますね。
戸塚 なるほど。
手倉森 それで、これは日本語だから分かりやすい。日本語の言葉のフィーリングがマッチし、選手たちに浸透したのだと思います。
ハリルさんは、日本は弱い。世界は強い。だから日本はこういうことをしないとダメだ!という感じでした。
でもそれは結局、受け身なんですよ。日本はこうせざるをえない、という。「攻守において受け身にならない」ということは、攻守において強気で仕掛ける姿勢でやらないと俺たちは世界でやっている意味がない!ということなんですよ。
戸塚 気持ち的には全然違います。
手倉森 そう。やってみせるぞという意欲がわくのは後者でしょう。それと今回は、ハリルさんから西野さんに代わったギャップが、より効果的だったと思います。私は“反動”とも言っていますけど。
戸塚 正反対だから響いた。
手倉森 そうです。W杯本番2カ月前にハリルさんが解任になったとき、周囲では、なんでこの時期に、ということが言われましたけど、私の中ではこのタイミングでも遅くないというのがあった。ハリルさんは同じフレーズを、同じ語気で、同じジェスチャーで、同じテンションで話す。選手にとって、もうショックではなくなっていたんですね。
戸塚 ショックが常態化して、ショックにならなくなっていた。
手倉森 ただ、あのまま監督交代せずに進んで、ハリルさんがW杯本番で、態度やテンションを変えるのかどうかは、ちょっと見てみたかったですね。
戸塚 最後の最後でどんなマネジメントをしたのか。ハリルさんは追い込み型ですから、そこは興味がありました。
手倉森 本番1カ月前からの準備では、これまでやっていないこと、試したいことがあると言っていましたから。

日本はすべての準備ができる国

戸塚 ロシアW杯躍進のキーマンは誰だったのでしょうか。
手倉森 戦略的な視点で探せば、乾貴士でしょうね。彼がもしブラジルW杯に行っていたら、結果は違うものになったと思いますよ。個人技で突破していくイメージの強い選手ですが、実は人のパスを受ける動き出し、日本がボールを失わないためのポジショニングがチームで一番たけているんです。乾が隣にいたことで、香川真司は救われたと思います。
あとは柴崎岳。彼のロングボールを織り交ぜる感覚、あれはハリルさんが落とし込んでいたものの遺産だったと思います。
戸塚 西野さんのボールをつないでいくサッカーにおいて、柴崎選手のロングパスは有効でしたね。
手倉森 柴崎が見せてくれたようなプレーは、今後の日本代表でも継続していくべきだと思います。3年間、デュエル(1対1での競り合い)と縦に速いサッカーを進めてきたハリルさんが監督をやめて危険だと思うのが、日本代表がまたボールをつなぐことに目覚めて、そればかりやるようになること。そんな日本代表になったら、また絶対痛い目にあうでしょうね。
戸塚 それでいうと、手倉森さんが考える日本が進むべきサッカーというのは、攻めも守りも両方できる。ボールを持つこともできるし、縦にも行ける。そういうところに行き着きますかね?
手倉森 私はよく柔軟性という言葉を使うんですが、日本はサッカーにおけるすべての準備ができる国だと思うんです。逆に言うと、すべてのことをやれる国にならないといけない。ブロックを敷く守備も、プレッシングの守備も、攻撃ではポゼッションもカウンターも、そしてリスタートも。それを全部やれる国民性が強みになるはずなんです。
それってスタイルがないんじゃないかと思いがちだけど、実はそれが日本代表のスタイルであり、武器になるんじゃないかと。イビチャ・オシム元日本代表監督が言っていたポリバレントなサッカー。それは、ポリバレントな個人じゃなくて、ポリバレントなチーム。それが、オシムさんが言っていた日本サッカーの日本化だと思います。
戸塚 手倉森さんは常々、日本人は頭を使ってサッカーができるとおっしゃっていますね。
手倉森 そう。日本人は戦術理解があるし、規律があるし、約束事を守ろうとするフォアザチームの精神がある。それは他のチームより強いと思う。もちろんサッカー選手にはエゴも必要だけど、ひとりがエゴを出して突破をはかる前に、2人、3人で絡んでやっていくというのが日本のスタイルだと思います。
戸塚 アギーレ元日本代表監督が言っていたことですね。
手倉森 そうです。日本が世界で戦うことは、うさぎがライオンと戦うことだと思う。何も準備しなければ、食われておしまいですよ。だけど1匹のライオンに対して、5匹のうさぎが、ライオンの視界をだまして、誰かがおとりになって、惑わせて、そしてライオンの持っている領域を突破していく。そういうのが日本サッカーだと思います。

代表監督の教育力と発信力

戸塚 森保一さんが新監督に就任しましたが、日本代表監督に必要なことはなんだと思われますか?
手倉森 日本人らしさを世界に表現する力を持っていること。世界へ勝負に出るときに、先ほど言ったような日本サッカーの武器を理解していることでしょうね。日本の可能性を広げる覚悟がある人なら、日本は本当に強くなると思います。
戸塚 そうなると、外国人監督ではなかなか難しいですよね?
手倉森 でも、アギーレさんは監督に就任して来日したときに、日本の可能性を信じているから来た、と言ったんですよ。日本とメキシコはまだまだ世界の中堅国で、だからこそ強豪国に勝つためのメンタルは同じだと思う、と。メキシコ人の可能性を信じているように、日本人の可能性を引き出したい、そう言ったんです。
日本人の可能性を引き出す覚悟があれば、外国人監督でもいいと思います。「俺がサッカーを教えてやる」という感じではなく、日本人の特徴を知った上で、その可能性を引き出せる人なら。そういう人でないなら、外国人ありきで考える必要はないでしょう。
戸塚 オシムさんみたいな方ですね。
手倉森 オシムさんは素晴らしかったですよ! いろんな言葉を操れる。それは彼が、日本人はいろんな言葉を理解できる国民だと感じていたから、そうしたのだと思う。「ライオンに襲われた野うさぎが逃げ出すときに肉離れしますか? 準備が足りないのです」なんて、すごく響く言葉ですよ。
戸塚 発信力は重要ですよね。
手倉森 昨年、元スペイン代表監督のビセンテ・デル・ボスケさんが広島で行われたフットボールカンファレンスに来たんですが、彼はそのとき、「代表監督は選手選考と戦術のみをやっているだけではいけない。人間を教育できる人でなければいけない」と語ったんです。スペインも今やスター選手ばかりだけど、彼らをスターとしてではなく、1人の人間として扱えなければチームはまとめられないと。
戸塚 監督は、スター選手たちを感化させ、まとめていく言葉の影響力を持たないといけないということでしょうか。
手倉森 そうです。イングランドでは引退したトップ選手が、その後、一流企業の社長や重役についていると聞きますが、日本も、特にJ1の監督をやるような人は、様々な分野のトップの方たちと肩を並べるような人物でなければいけないと思います。また、自分はそれだけの地位にいることも理解し、それに適した社会的な態度も取ることが重要だと思います。
だから、サッカーだけでなく、講演などもし、自分が今思っているメッセージを伝えることもしていかないといけないと思うんです。私自身も東日本大震災で被災したのですが、その後、被災地で講演をさせていただいているときに、そうしたことをつくづく感じました。
戸塚 監督が世の中にメッセージを発信していくことの重要性ですか。
手倉森 それはとても重要だと思います。世の中がいろんな動きをしているところに、自分から身を置きにいくということはものすごく大事なことだと思ったんです。
サッカーの監督はたたかれる仕事です。それをつらく思って、考えすぎて、今後、人様の前に出ていかない監督も増えてくると思います。実際、今の若い監督の中にも、そうした人もいると思います。
僕は、勝っても負けても変わらない。負けても、街に出て飲みに行きます(笑)。負けたら外に出たくない衝動にかられるのは分かるけど、それで本当にうちにこもるんだったら監督にはならないほうがいいと思う。監督は批判にさらされるもので、結果が出なければ責任を取るのは自分自身。
でも、その責任の取り方は、人の前から消えることではない。その後も、人生を生きていかないといけないですからね。

日本代表の持つ力

戸塚 森保さんはどんな人でしょう? ロシアW杯では、手倉森さんと同じく日本代表コーチを務めました。
手倉森 謙虚でいい人と言われていますが、したたかな面もあると思います。
戸塚 勝負師としてのしたたかさ、ですか?
手倉森 それがなければ監督はできないでしょう。彼は手の内を見せない。私は彼が率いるサンフレッチェ広島と戦ったことがあるから分かる。結局、広島に優勝をさらわれたんですよ(2012年、手倉森氏が率いるベガルタ仙台は広島に勝ち点7届かず、2位でシーズンを終える)。
やり続けてきたことを愚直に続けるタイプに見えますが、サッカーではときに小細工も必要だから、そのあたりが今後の課題になるのかもしれませんね。
戸塚 森保さんにどんなことを期待したいですか?
手倉森 彼が代表監督になってから、日本人はフェアプレーで、スマートで、スポーツマンシップにのっとって、という空気になりがちなんだけど、代表ってそれだけでは勝てない。やっぱり、たくましくて、ずるがしこくて、というところも育んでもらいたいなと。
戸塚 たしかに、森保さんの発言はきれいですよね。
手倉森 きれいで真面目ですね。だけど、時には自分からケンカを売ってもいいと思いますよ。代表監督は外国人と戦うんだから、精神的な駆け引きも必要でしょう。もちろん謙虚さはあるべきだけど、腹の中では“このチーム、絶対負かせてやる!”って、そういうことも持ってほしいですね。
戸塚 4年後のカタールW杯で、日本代表はどこまで期待できるでしょう?
手倉森 やりかたが正しければ、ベスト8以上もいけると思います。ハリルさんを代えた後の実質1カ月であそこまでよくできたんだから、4年間ちゃんとやれたら日本はもっとよくなるはずです。なんでもできるように準備をしていくことですね。
W杯に出てくる強豪国は、W杯の対戦相手が決まったあとは相手のスカウティングをして、自分たちのコンディショニングを整えて、メンタルのすり合わせをして、戦術の部分ではセットプレーの準備をする、といった程度でしょう。それが強豪国のW杯直前の準備だと思います。
戸塚 仕上げですね。
手倉森 そう、仕上げです。でも、今回のロシアW杯では、日本はそういう時間が取れなかった。そういう時間が取れるような状態でW杯を迎えていたら、ベルギー戦の最後の、セットプレーからのカウンターで負けるということも防げたんじゃないかと思います。
あとはスローインでのコンビネーションとか、リスタートからの隙をつくプレーとか、それはもう小細工なんだけど、小細工にも手をかけられる状況でW杯直前を迎えるべきでしょう。
今回のW杯でも分かりますが、短期決戦でのまとまり、それは日本人の強みになってくると思う。これからは、チャンピオンズリーグを含め、世界の主要リーグの日程はもっときつくなってきます。
今回のロシアW杯でも、メッシのアルゼンチンが消えた、クリスティアーノ・ロナウドのポルトガルも消えた、前回王者のドイツも消えた。コンディションがかなりきつかったですね。次回はもっときつくなり、ビッグクラブに所属する強豪国の選手は、より疲弊して参加してくると思う。
日本人は現状、そこまでビッグクラブにはいないから、そこそこのタイミングで帰ってきて、W杯の準備ができる。一方で、世界で戦っている選手は多く、W杯で対戦する選手がどんなプレーをするか分かっている。コンディションを整えて、チームの絆作りをする。日本人の持つまとまれる力というものは、世界を驚かすことができると思いますよ。
(バナー写真:西村尚己/アフロスポーツ、文中写真:©futabasha)