【太田雄貴】日本スポーツは「収益と公益」を両立できるか

2018/10/6
*前編はこちら
【太田雄貴】補助金体質の日本スポーツが生まれ変わる方法

うちは3.5億円まで稼いでいい

――日本フェンシング協会の改革につながる話だと思いますが、今回公募している4職種(経営戦略アナリスト、PRプロデューサー、マーケティング戦略プロデューサー、強化本部ストラテジスト)にはどんな人に来てほしいですか。
太田 志が高い人です。僕たちはフェンシングでやりますけれど、フェンシング界のみならず、スポーツ界のロールモデルになることが一番の大義名分だと思っています。
スポーツ界で起きているパワハラ問題(の構図)は、中小企業にも当てはまると思うんです。大企業だとわかりやすいステークホルダーがいるけど、いわゆるプライベートカンパニーだとそういうことはないじゃないですか。そうするとワンマンで、っていうことが起こりやすい。
「それってスポーツ団体の今までのやり方と似ているよね」っていうときに、ある種、社会課題に対する解決の新しい形を一緒に見つけていこうという気持ちの人に来てほしい。
太田雄貴(おおたゆうき)/日本フェンシング協会会長
 1985年生まれ。2008年北京五輪で日本人フェンシング選手として史上初の銀メダルを獲得(フルーレ個人)。2012年ロンドン五輪のフルーレ団体で銀メダル、2015年世界選手権で同個人金メダル。2016年国際フェンシング連盟の理事に就任し、現役引退。2017年8月、日本フェンシング協会会長に
もう一つはベンチャー企業の設立時に近い感覚だと思うので、「(職務として)与えられるのがここの範囲だから、ここしかやらない」っていうのみならず、ボーンとテーブルがまだ散らばっているのを、「せーの」でみんなで一生懸命やるような人。
それこそ副業・兼業で来てくださる方と、評価にまつわる人たちや、コーチ陣も含めてみんなで議論して、「やっぱここだよね!」っていうのを一緒に見つけていく冒険心のある人。僕ら(スポーツ団体)は公益社団とか公益法人なので、「公的なことをやっていることが、人生の箔になる」っていうだけではない人のほうがうれしいですね。
――今までのスポーツ協会・連盟は「強化」ばかり考えてきましたが、東京五輪以降、補助金頼りの運営には限界が来ると思います。おそらくどの団体もわかっているはずですが、ある程度は「収益」も出していかないといけない。その部分と、スポーツ団体に求められる「公益性」をどう両立させていくイメージですか。
めちゃくちゃいいポイントですね。
今までは「強化」と「収入」が必ず紐付いていたんです。要は「勝つこと」に対する「対価」が払われてきていたんですけど、その対価の出どころはJOC(日本オリンピック委員会)かJPC(日本パラリンピック委員会)なんですよね。(彼らは)「ここ(補助金)をもうシュリンクさせますよ」って言っているわけです。
ということは2020年以降、「勝つ」ことに対する評価が完全に下がるわけじゃないですか。
僕はいろんなところで(JOCの)役員の人に言って怒られるんですけど、「女性登用率を上げろって言うなら、強化費を決める項目に女性比率も入れればいいじゃないですか。そうしたらみんな、やりますよ。強化費を減らしたくないから」って。でも、「いや、それは無理」って言われます。
そこは(JOCが)強いコミットメントを持たないと。「例えばガバナンスやマーケティング、ダイバーシティとか、いろんな評価基準で(強化費の決定などを)評価したらいいじゃないですか」って言っています。
――「強化」=「勝つ」ことだけを求めるやり方が限界だとすると、今後はどういうことがポイントになりますか。
民間とどれだけ組めるか、もっと言うと、いわゆる自治体さんとどうやって組んでいけるかだと思っています。
公益(団体=公益財団、公益社団)のルールを見ると、(事業費の)50%まで収益事業をしていいんですよね。今、うちは7億〜8億円くらいの間で事業費としてやっているので、3億5000万円まで稼いでいいわけですよ。
今まで僕らは3億5000万円も稼げていなくて、スポンサーフィーで1億2000万円くらいなんですけど、これも変な話、稼いでいるわけではなくて、あくまで(スポンサーの)対価としてもらっています。稼いでいるとは、いわゆるチケットとかグッズの収入とかになってくるんですけど、今までやってないわけです。
すなわち、まだまだ伸びしろはあると思うんですよね。これがまず一つ。収益のポートフォリオをどう変えていきましょうかというところが絶対前提にあるんです。
その次が、「そもそも公益財団、公益社団のあり方って本当にこれでいいんですか?」っていうものです。もともと会社法をベースに作られているんですけど、「これは一体いつ作られたんだ?」って言うと、昔に作られているわけです。
一般のパブリックな会社だと、会社があって、役員がいて、株主がいますよね。株価が上がればお互いハッピー、株価が下がればお互い利益が同調して(アンハッピー)、下がったときは株主に文句を言われても仕方ないじゃないですか。
でもうち(公益社団法人日本フェンシング協会)の場合、協会の運営側は普通の会社の役員と同じ責任を問われるけれど、普通の会社の株主にあたる人、つまり47都道府県にいる正会員と言われる人たちは、協会の運営でいう「勝った・負けた」が連動してこないんですよね。協会の成果が正会員の成果につながってないので、極端に言えば協会がどうなろうと正会員はずっとクレーマーでいられるわけです。
正会員の人たちを否定しているわけではないですよ。

スポーツ団体を健全運営するには

――正会員にはどんな人がなるんですか。
47都道府県で、例えば京都府フェンシング協会とか岐阜県フェンシング協会などから選出される正会員(代表者)がいるんです。京都府フェンシング協会会長などです。ややこしいですよね(苦笑)。
社団は寄り合いなので、うちの場合は47都道府県の各協会員と、高体連(全国高等学校体育連盟フェンシング専門部)と日学連(全日本学生フェンシング連合)という2連盟の代表者、計49人の正会員から日本フェンシング連盟の理事候補が出てきて、誰を理事にするかをボーティングして理事20人が決まって、この20人から会長選をするという形です。
国際フェンシング連盟だと150の国と地域から理事が出てきて、みんなで選挙していきます。それは寄り合いになるんですけど、結局、物は言ってもここ(運営母体)のリスクを一緒には共有してないので、そもそもこのあり方ってどうなんだろう、と。
スポーツ団体をより健全に運営していくためには、そもそも社団のほうがいいのか、財団のほうがいいのか、そういうところからの議論もプロフェッショナル人材のストラテジストの人と話したいなと思っているんですね。
財団のほうがいいんだったら、(公益社団法人)日本フェンシング協会の場合は一般財団を立ち上げる。社団から財団には変えられないので、一般財団を立ち上げて、実質的な機能をそっちに移して、公益認定をとるというやり方をしないといけないんですよね。
――「公益社団法人日本フェンシング協会」が「公益財団法人日本フェンシング協会」になると、どう変わるのですか。
社団は「社員」の寄り合い、財団は「財」を保有するメンバーなんですね。だから選挙にまつわるものも全然異なるし、プラス、財団だと財を持つための最低限の財源が必要なんです。
例えばわかりやすく言うと、リクルートの江副記念財団とかベネッセの福武財団は自分たちの会社の株を10%くらいその財団に入れて、その10%の配当金で予算をとれるんですね。10%の株を持っていると、(会社が)配当金を出せば出すほど財団の予算はガンと増えるんです。そうすることによって、スポンサーがそんなにいなくても、自分たちがやりたいことに対する最低限の予算を確保できたりするんですよね。
まず僕らは、「そこの財を何で以って成すのか」っていう議論を含めて、どうやってうまく、長く、ちゃんと協会を回していけるかを考えないといけない。
会計も弱かったので、これから強くしていって、ちゃんと内閣府も満足しつつ未来に対する投資をしっかりできていけるように。子どもたちにフェンシングを普及させることもそうだし、普及のみならずトップアスリートを選定して強化特化型の普及もしないといけないだろうし、やらなきゃいけないことが多いんですよね。
これまでは、財源がない、予算がない、補助金は全部紐付いているから好きなことに使えない……いわゆる色のついてないお金が余りにも少ないので、全然やりたいことができてないっていう状況だったんです。
だから今年、来年に関しては、収益化できるものがだいぶ増えてきたので、できるだけ収益事業を波に乗せていく。どういう形だと一番みんなの満足度が高い収益事業になるかが、ポイントになるだろうなと思っています。

五輪に前ほど期待していない

――東京五輪が近づいてきましたが、太田さんはどう位置付けていますか。
オリンピックは掛け算です。世界選手権とか、普段は足し算なんですよ。オリンピックだけはボーナスタイムで掛け算だけど、ゼロもある。掛けた時に最初の数字が大きければ大きいほど、掛け算として大きくなります。
「メダルが来ました」「史上初の金です」「東京で獲りました」って「掛ける5」が来たときに、今までのうちは最初の数字が「1」か「0.1」でした。これを「5」ぐらいまで持っていければ、「5×5=25」になるのでバゴーンと広がる。
オリンピックまでにやらなければいけないことは結構シンプルです。オリンピックは“広告”なんですよ。大量に、しかもタダでひたすら“CM”を流してくれるんですよね。ゴールデンタイムにテレビのCMだったら何秒いくらのところを、ひたすら朝から晩までやってくれる。
この“CM”機会に、「フェンシングを始めたいな」と思った瞬間に始められる機会をどれだけ作ってあげられるかが、オリンピックのポイントなんですよね。だからやることは、参入障壁をどれだけ下げてあげられるか。これをオリンピックまでに着々と進めていきたいのが今の本心ですね。
――東京五輪までに最高の土台をつくり、2020年以降にやりたいことをやっていけるようにする、と。
そうなんです。もっと言うと、僕はオリンピックに対して前ほど期待していない。期待っていうか、その結果だけではなくて、オリンピックに対してそこまで思いっきり感情があるわけではないんですよね。
何でかと言うと、2020年はいろんな人たちが携わりたいと思ってくれる一番のアイコンですけど、オリンピックは一つの夏祭りなので、終わった後の寂しさがあるし。「終わった後もフェンシングに携わりたいと思ってもらえる組織であれるか」というほうが、よほど重要だなと思っているので。
「オリンピックが終わっても、フェンシングに携わっている人たちってみんなクールだよね」とか、「フェンシングの理事になると超おもしれーらしいよ」とか、「あそこの議論ってすごくいいよね」みたいな団体にしたいんですよね。
――五輪至上主義から脱却することが必要ですよね。スポーツの協会や連盟は外部からすると謎だらけですが、理想としてどういう人が理事になるといいですか。
理事に必要な能力は、たぶんジェネラリストです。一方、委員会に必要なものはスペシャリスト。スペシャリストのお目付け役として、ジェネラリストがいればいいんですよ。活発な協会や連盟にするには、委員会にちゃんと予算をつけてあげて、理事会より委員会にいるほうがより自由にお金を使えるようにすればいい。
(※日本フェンシング協会には14の専門委員会と4の特命委員会がある。理事は協会全体の運営、委員会はそれぞれの専門事項を担当するようなイメージ。組織図は協会HPを参照)
予算管理は数字に強いジェネラリストが行うほうがいいので、(理事は)ちゃんとビジネスをできる民間の人のほうがいいに決まっています。それで委員会ではスポーツ畑の人たちが「このお金は何に使おう」という形にするほうが、よりいいだろうなと思っています。委員会をどう活発化させていくかが、かなり肝になるだろうなと思っていますね。
うちは強化費以外にマーケにもよくお金を使うんですけど、マーケは(お金を)とってくるから自分たちで使えるっていうだけの話で。だから実質、強化とマーケしか動いてないんですよね。
そんなことを言うと(他の部門から)「やっているわ! うちは!」って言われると思うんですけど、やれない理由はシンプルで、お金がないからです。審判の部会や育成、強化、普及、あとはリーガルや委員会、メディカルとか、やらなきゃいけないものはいっぱいあるんですよね。ここにちゃんと予算が100万円でも50万円でもつけば、ものすごく活性化してくると思うんですよね。

ため息を「おおっ!」に変えよう

――東京五輪の「レガシー」という話がされますが、フェンシングと日本スポーツにとって、どういうものが引き継がれていけばいいと考えていますか。
まずフェンシングのレガシーは、車いすフェンシング協会とどう向き合っていくか。これは僕がこの1年間にできなくて、一番猛省しているポイントです。
なんで会長に就任した瞬間にでも車いすフェンシング協会を一支部の扱いにして、健常と車椅子の垣根を超えたダイバーシティを実現させなかったのか。自分のやりたいことをやっていくために目の前のことをやっていたんですけど、本筋だったはずのことができていないのはものすごく反省しているところです。
本当の意味で多様性というか、当たり前のように隣に障害のある人がいるという社会を作っていかなければいけない。幼少期の頃から当たり前のように、子どもたちが足の不自由な人の車椅子を押すという社会です。
健常者は座ってフェンシングをできます。シッティングフェンシングをできるから、当たり前にそういうのに触れる機会がイタリアにはできているんですよね。それが日本のフェンシングではできていなかったので、やらないといけない。それがフェンシングとして大きなレガシーです。
もう一つあるとすると、ある種、誰がトップになってもどこよりもきれいに回る組織にしていきたい。
今回のビズリーチさんで人材を募集している案件もそうだし、今後いろんな企業さんと新しい取り組みをどんどんやっていって、「スポーツの人材、特にフェンシング出身者はクレバーな人が多いよね」「フェンシング出身者を採用したら最高だよね」「フェンシング出身者は会社役員とかベンチャー企業の幹部が多いよね」とか、フェンシング出身者にどれだけ価値のある人を作っていってあげられるか。
この二つのポイントが、フェンシングが残していきたい2020年以降のレガシーだと思っています。
スポーツ界のみならず日本にレガシーとして残すという大きな枠で言うと、スポーツって無条件で応援してもらえるじゃないですか。「頑張れ!」って。
でも普通に生きていたら、「頑張れ!」って言われません。道行く人に「頑張れ!」って言われないですよね。また会社の場合、どうしても椅子の数とコンペティターの数が違うから、なかなか隣の人を応援しづらい。
「スポーツマンシップの良さは、試合が終わったら完全にノーサイドのところだよね」というところが一番美しく、素晴らしいものだとすると、頑張っている人を応援できる社会をどう作っていけばいいか。これだけ格差が広がってくると、「どれだけ人を妬む労力をかけるより、みんなでより建設的な議論ができるような社会を作ったほうがいいよね」となるように。
アスリートはたくさん応援されて、その応援でもって結果や成果を出します。応援の持つ力がすさまじいのは、ヨーロッパサッカーなんて最たるものじゃないですか。明らかにホームのほうが勝率が高いのは、いろんな理由があるにせよ、圧倒的にスタジアムの雰囲気、ムードがそうさせていると思うんですよね。
だとすると頑張っている人が応援されるべきであって、頑張っている人が応援されるような社会を作っていければかなり面白いだろうなって。
出る杭は打たれて、それでも出てくる人ってそんなにいないので。「出過ぎた杭は打たれない」と言っても、出過ぎる人ってほとんどいないので、ちょっとでも出たら引き上げてもらえるように。そういうチャレンジを褒め称えられるような社会を作れるように。サッカーで言うと、シュートを打ったら拍手してもらえるような社会ですね。
日本だと、ため息が出るじゃないですか。
――シュートを大きく外すと、観客はため息をつきますね。
ため息じゃなくて、「おおっ!」に変えられるように。ため息をやめるのがいいかもしれないですね。ため息はうつっちゃうので。
一番ため息をつきたいのは本人じゃないですか。それを「おおっ!」に変えられると、もう少し前向きで明るい部分が社会に出てくるのかなって思うんですよね。町のインフラに関してはもっといろんな議論が出てくると思うんですけど、それよりソフトの部分でインパクトをどれだけ出していけるかだと僕は思っています。
(写真:是枝右恭)
日本フェンシング協会では現在、副業・兼業限定の4職種(経営戦略アナリスト、PRプロデューサー、マーケティング戦略プロデューサー、強化本部ストラテジストの各1名)を募集しています。詳しくは公募ページを参照してください。