つながりの「量」を「質」に変える鍵とは?

2018/10/9
 産業構造の変化、そしてテクノロジーの進化によって社会が大きく変化し続けている。
 SNSなどによって組織を超えて個と個がつながることが可能になり、ビジネスにおける人脈の形も変わってきた。
 ビジネスにおける人と人とのつながりの変化を、『人脈2.0 組織を超える個/個を活かすシナジー組織』というテーマで特集し、「個の新しいつながり方=人脈2.0」について、さまざまな角度から掘り下げていく。
 
 初回に登場するのは、気鋭の経営学者・宇田川元一氏だ。
埼玉大学大学院人文社会科学研究科准教授。1977年東京都生まれ。早稲田大学アジア太平洋研究センター助手、長崎大学経済学部講師・准教授、西南学院大学商学部准教授を経て、2016年より現職。 専門は、経営戦略論、組織論。社会構成主義に基づくナラティヴ・アプローチを理論的な基盤として、イノベーティブで協働的な組織のあり方とその実践について研究を行っている。2007年度経営学史学会賞(論文部門奨励賞)受賞。
 宇田川氏は、組織論における理論研究者であり、人の語りと対話を起点とする「ナラティブ・アプローチ」などで、現代の企業組織のあり方を研究している。 
 近代という大きな物語が崩壊したこの時代において、我々は職場の組織に属しながらも、どのように他人とつながっていけばよいのだろうか。

つながりをこれ以上増やして意味があるのか

──今回は、組織における人間関係についてお話をうかがいます。経営学の分野で「人のつながり」は、研究テーマとしてどのように扱われているのでしょうか。
宇田川元一 経営学において、人的なネットワークの研究が意識されてきたのは1990年代以降です。1人の人間の振る舞いだけでなく、その人がどういうつながりの中で生きているのかを分析することで、その人がなぜそういう行動をしているのか理解できるはず、というような文脈で研究されてきました。
──「ネットワーク研究」というと、具体的にはどのようなお話があるのでしょうか。
 そうですね。例えば、友人を介してSNSでつながっただけのような「弱いつながり」が実は大事であるというお話は、もしかしたら耳にしたことがあるかもしれません。これはアメリカのネットワーク研究で扱われていたテーマです。データを数学的に分析して実証することに主眼がおかれています。そのため、何がどう役立つのかと功利主義的に説明できる研究が多く、受け入れやすいんですよね。
 でも、「弱いつながり」をこれ以上増やしてどうするのかとふと思うことはありませんか? Facebookで思い入れのない人から、たくさんの誕生日メッセージが来ても、それはそれで大変というか(笑)。
──確かにそうかもしれません。
 ただやみくもにフォロワーを増やすことには、人としての必然性も意味の深掘りもないですよね。
──なんだか順序が逆じゃないかという、戸惑いはあります。「影響力が増した結果、フォロワーが増える」のであって、「影響力を増やすために、フォロワーを獲得する」のは不自然なのではないか、など。
 結果、そこにある種の気持ち悪さが生まれるわけです。
 つまり、ネットワーク研究などで「実証できること」(弱いつながりが役に立つことも多い等)と「実際に起きていること」は、イコールではないんですよね。観測者がいる限り立ち位置や解釈で、誤差やエラーが当然ある。1つの実証結果として、「起きていること」があるに過ぎない。
 だから人とのつながりが多くて影響力が強い人を見て、すぐに「自分もSNSのフォロワーを増やそう」と考えてもそれは多くの場合、うまくいかない。
 今はホラクラシーとかティール組織が流行っていますよね。でも流行っていて効果があるらしいから取り入れよう、というのではやはりうまくいかないはずです。 
 実際にホラクラシーになった組織が、どうしてそういうふうになったのかって言うと、その会社の問題にその都度ちゃんと対応して、じっくり話し合って、やり方を改めていった結果として、たまたまホラクラシーになっていった。そこに必然性があります。
 だからやはり、「自分たちにとって今何が大事なのか」をしっかり考えることが重要なんです。
──変化しつつあるビジネスや情報の環境に惑わされず、自分の頭で考えることが大切だと。
 一方で、否応なく「メールよりも、メッセンジャーで連絡したほうが楽」「チームでプロジェクトをまわすなら、チャットツールを導入したほうがいいみたい」といった環境変化の波に受動的に巻き込まれ、実感が伴わないまま仕事をしている、という感覚がある人も多いと思いますが、どうでしょうか。
 そうですね、難しい時代になってきていると思います。人のつながりを含め、あらゆることが可視化されてきたことにより、焦りが生まれていると思います。
──「焦り」と言うと、SNSでたくさんの人と交流している人を見て、「自分はこんなに友達が少なくていいんだろうか」と思ってしまう、といったことですか。
 そうです。焦りは、人と比較することによって生まれる焦りです。どんな人も人生という物語を持っていますが、その中で正当化されてきた行動が、人と比較することで問題化されてしまうんですよ。
──あの組織はメールを使っていない、スマホを使っていない、メッセンジャーを使っていない。遅れている。といった具合ですかね。
 そうです。それまではうまくいっていたことが、世間に相対化されることで、問題にされる。変化を余儀なくされていく。
 かつて日本の文明開化期に、夏目漱石が「上滑りの文明開化」と呼んだ状況と似ています。必然性がないもの、物語としての接続が唐突なものを取り入れることの居住まいの悪さを我々は今経験しているのではないでしょうか。
 もちろんテクノロジーの恩恵、利便性もたくさんあります。人間関係に関するデータは大量に集められるようになりました。データからわかることはたくさんあります。
 一方で、我々がつながることの意味のほとんどは、データに置き換えられないものです。この情報環境や産業構造の変化に惑わされず、「物語」をもう一回取り戻すことが必要な時代ではないかと思っています。それができている組織が、相対化されても我を見失わずに済む。

キャリアや企業文化という「物語」の重要性

──「物語」とは、この場合どういう意味でしょうか。
 シンプルに言えば、「私達は何者で、どこから来て、どこへ行くのか」ということです。
──ごく個人的なものという印象を受けますが、もうすこし別の表現はありますか。
 個人で言えば、例えば「仕事のキャリア」とは自分の仕事人生を言葉で語ったものですよね。何の仕事をしてきたのか、という形式的な仕事履歴というよりも、自分の人生の軌跡(career)であり意味的なものです。
 組織単位では、文化と呼ばれることが多いのではないでしょうか。ただ、文化というと、ずっと変わらないスタティック(静的)なイメージがありますよね。でも物語というのは、語りによって変化するので、もっとダイナミックなものなのです。
 それらの意味を問い直す、つまり、「語る行為そのものの重要性」について考えるのが、私の専門のナラティブ(物語/語り)・アプローチです。
 これはもともと、臨床心理や看護学、医学の領域で展開されてきた「ナラティブ・セラピー」や「ナラティブ・メディスン」をベースにした研究の手法です。
 相談相手(患者など)と支援者(医療者やカウンセラー)が行う「対話」には、なにか新しいものを生み出す力があり、その力を信じようという考え方に基づいています。
──今の時代は、個人だけでなく、社会全体や会社組織などの物語も変わってきているのでしょうか。
 そう思います。日本ではバブル崩壊後、日本的経営などこれまでのやり方が相対化され、問題化されてしまいましたよね。その直後にIT革命の波がやってきたものの多くの企業は対応しきれず、何をしたらいいのか、どう考えたらいいのか、わからなくなってしまった、という状態がある。
──経済発展という大きな物語が崩壊してしまった。
 ええ。さらに今後は、会社組織も大きな変化を迫られています。一番の変化は、人の流動化が進むことです。ベンチャーはもちろん、大企業も新卒生え抜きの均質な社員だけではなくなってきています。性別、国籍、障害のあるなしも含め、一人ひとり違う物語を生きてきた人たちが一緒に働くことになる。
 その人達のつながりを、可能性に変えられるかがこれからの企業の命運を分けるでしょう。
──つながりを可能性に変えるとは?
 それぞれが異なる物語を持って集うということは、何か1つの事象、サービスなどを見たときの反応もさまざまなわけです。ある人には問題があるように見えても、別の人にはすごく価値のあるものに見えるかも知れません。
 ということは、ある1つの物事に対し、現実を多元的に掘り起こすことができるということです。これは、とても重要な資源になります。
──いろいろな視点を持つ人でチームを結成すると、ヒットするプロダクトの芽や、事故のリスクが見つけやすくなると。
 組織には「効率性」と「イノベーション」の両方が必要なわけですよね。それを実現するには、やはり異なる物語を持つ人たちが単に数として集まるだけではダメなんです。
 その量的なものを価値に変えることが必要で、そこに「対話」が必要です。違う物語を持った人同士がときにぶつかりあい、新たな関係性を作れる仕組みや文化(物語)を必然的に作れたときに、つながりが多様な現実を生成する資源に変わるのです。
 そうした多様性のある組織を作るために、このチームにはどういう経験を積んだ人が必要か、つまりどんな物語を持っている人が必要か、といったことをデータからある程度割り出せるようになったらいいですよね。

対話によって新しい関係性が生まれる

──そのような新たな関係性は、どう作ればよいのでしょうか。
 まずは自分が何者であり、どんな物語を生きてきたかを語ることからスタートします。お互いがそれを語ることで、接点が見えてくる。接点というのは、両者をつなぐ媒介となる物語です。それを生み出すことが、新たな関係性を作ることだと言えます。
 心理学者のケネス・J・ガーゲンは、「人々はお互いの言葉のやり取り、つまり対話の中で『意味』をつくる。『意味』とは話し手と聞き手の相互作用の結果である」としています。
 それが端的に表された動画があるので、それをご覧になると早いかもしれません。ビール会社のハイネケンが制作した、“Worlds Apart”というキャンペーン動画です。
 二人の人間が出会い、一緒に椅子を組み立てます。そして完成した椅子に腰掛け、自分自身のことや相手との共通点について語る。ここが、対話です。
 じつはこの二人、フェミニストとフェミニズム反対派、エコロジストと環境保護懐疑派など、正反対の主義主張を持っている。それが、事前に撮影したビデオによって明かされます。それを観た二人は「退室するか、残ってビールを飲みながら話し合うか」の選択を迫られる。しかしどの二人組も、残って対話をすることを選ぶ、という内容です。
──普通に出会っていたら到底わかりあえなさそうな二人でも、共同作業をし、自分自身について語ることで、新たな関係を築けるということがよくわかる内容でした。
 大事なのは、どちらが正しいのか議論しないことです。そのために、「WHY」の質問をしてはいけません。
 例えば中絶反対派と賛成派の人がいたとして、自分の意見が「なぜ」正しいのかを主張し合うだけでは、いつまでたっても接点はできないからです。
 そうではなく、「どういうきっかけで、あなたはその意見を持つに至ったのですか?」「今までどういうことを大切にして生きてきたのですか?」という、文脈を問うような質問をするといいでしょう。WHYに対して、 WHENやWHEREのような。そうしたら、最初は反対の意見だけが見えていたのが、「命を大切にしたい」という共通点があることが見えてくるかもしれません。

つながりの量を質に転換するために

──「コミュニケーションがとれていない」「生産性が低い」「イノベーションが起きない」など、いま所属している会社組織に問題を感じているビジネスマンも多いと思われます。こうした組織の課題を解決するために、個人ができることはあるのでしょうか。
 いまおっしゃったどの問題も、さまざまな要因が複雑に絡み合っていて、一朝一夕には解決できないものばかりですよね。そうした難題に挑むのは苦しいことです。だからまず、同じ苦しみを感じている仲間を探しましょう。そして仲間と対話する中から、解決の糸口を探すのです。
── その仲間はどうやって探せばいいのでしょうか。
 仲間は、もしかしたら社外にいるかもしれません。同じ会社の違う部署で働く人よりも、社外で同じ職業に従事する人、つまり営業担当なら営業担当同士、開発者なら開発者同士のほうが、話が盛り上がるということはありませんか? それは、同じ実践に従事していると、持っている物語が似るからです。
 ネットワークが可視化されて、人脈が共有できるようになれば、同じような物語を持っているのかわかるようになるはずですよね。より同じ視点や痛みを持つ仲間を見つけやすくなっていくでしょう。
──イベントや勉強会で名刺交換をたくさんすることは、新しくつながりを増やすことになりますか?
 どんなイベントや勉強会かによりますが、名刺交換は十分、対話のきっかけになりうると思います。
 例えば、日本人の名刺は所属、名前という順番で書かれていることが多いのですが、ヨーロッパの学会で交換する名刺は、名前、所属という順番のものが多い。また、会社勤めの人の名刺でも、ベンチャーの人の名刺はデザインが凝っていることが多いように思いますし、フリーランスの人の名刺はさらに特徴的だなと思うことがあります。
 つまり名刺を通じて、その人がどんなコミュニティに属しているのかがわかる。名刺のデザインやそこに並ぶ文字が、その人がどんな物語を生きているかを雄弁に語るのです。
──自分の名刺を改めて眺めて見ると、自分の生きている世界がよくわかるということでしょうか。
 その際に、異質な名刺と比べてみれば、なお一層わかるはずです。自分の所属するコミュニティは何を大切にしているのか、その価値と自分の感覚はどの程度合っているか、それをよく眺めてみると、様々なことが見えてくると思います。
──その物語を知ることが、対話を生み出す、と。
 とはいえ、名刺交換にしろSNSにしろ、つながりを増やすために重要なのは、接触した人の数、つまり「量」ではありません。先ほどFacebookでたくさんの誕生日メッセージが来ても、そんなに意味がないのではないかとお話ししました。今データの世界で注目されているのは、「量は質に転換するか」ということです。ここで言う「質」とは、意味のことです。
 そして意味は、対話の中で作られる。だから人と人とがテクノロジーで次々とつながっていくときに、いい対話ができれば、「量を質に変えられる」。それによってテクノロジーの量的な恩恵をもっと生かしていくことが可能になると思います。
(編集:中島洋一 構成:崎谷実穂 撮影:是枝右恭 デザイン:星野美緒)