RPAによる生産性革命は、「経営者改革」からはじまる

2018/9/27
人口減少時代に向けた「働き方改革」が進むなか、ホワイトカラーの生産性を劇的に上げると注目されるRPA(Robotic Process Automation)。しかし、企業経営のマインドをアップデートしなければ、RPAの導入が単なるコスト削減に終わってしまう危険もあるという。
来たる超少子高齢化時代の切り札としてRPAを活用するには、どんな前提が必要なのか。RPAホールディングス代表取締役社長・高橋知道氏と、『新・生産性立国論』など多くの著書を持つアナリスト、デービッド・アトキンソン氏。二人の対談から、日本経済の課題と向かうべき道を探る。

日本の生産性が上がらないのはなぜか

高橋:私が日本経済の先行きに危機感を持ったのは、2010年に上海に法人を設立して中国でビジネスをしたことがきっかけでした。
2010年の時点では、中国のGDPはまだ日本と並んでいて、物価は感覚的に東京の7分の1くらい。ただ、1960年代の所得倍増計画時の日本がそうであったように、最低賃金は毎年約15%ずつ上がり、物価も比例して毎年上昇していました。タクシー料金もきっちり15~20%ずつ上がっていくんです。
そうなると、給料を毎年最低15%上げ続けることが、会社を存続させる前提条件になります。さもなければ、従業員はその日のうちに去って、給料がより高いところに行ってしまう。
また、物価が毎年15%上がるわけですから、商品やサービスも昨年と同じというわけにはいきません。より良いもの、より付加価値の高いアップデートを求める市場からのプレッシャーも相当なものです。
加えて、日本の高度成長時代と同様に、基本的に資本家から極めて高いコストをかけて事業資金を調達しなければならない中国では、事業価値向上への資本市場からのプレッシャーも非常に厳しいのです。
毎年、最低15%以上の賃上げをし、サービスの付加価値を向上させ、さらに事業を成長させなければ、株主は容赦なく株式売却や事業再編などの行動に出ます。
労働市場と資本市場、資本主義を構成する2つの市場からの要求を満たした経営者だけが、ビジネスを成長させていく。時代の変化に適応し、淘汰されずに生き残った企業が、今の中国を動かしているのです。
アトキンソン:特に2010年代に入ってからは、日本でも商品やサービスの付加価値を高めて価格を上げる必要があったんです。この先、人口が減ることは明らかで、需要の増加は期待できないのですから。
でも、多くの日本の経営者は、価値を上げるための戦略を考えずに、「価格を下げる」という安易な戦略に走ってしまった。しかも、価格競争のために労働者の給与を下げたので、日本の平均給与は約15年間大きく減少しています。これは、ほかの先進国ではありえない事態です。
高橋:グローバルで成長を続けている企業は、テクノロジーを使って業務を効率化し、付加価値を生み出し、常に変化するお客様のニーズに対応できるよう未来への投資を行っています。生産性を高めるための、善の循環がつくられているのです。
当社が手がけているRPA(Robotic Process Automation)は、情報収集やデータの入力など、ホワイトカラーが日々行っているルーチンワークを代行するソフトウェアロボットです。私はこのRPAが、過当競争によって未来に投資する余力を失った多くの企業にとって、強力な武器になると考えています。
RPAとは、これまで人がパソコン上で行っていた情報収集やデータ入力、メール送信など、マニュアル化できる定型作業をソフトウェアロボットに代行させる仕組み。人と比べて速く、正確に、膨大なオペレーションをこなせるため、ホワイトカラーの労働負荷軽減が期待されている。
アトキンソン:企業が付加価値や生産性を高める取り組みを行う必要があるという点は、その通りだと思います。一方で、ロボットなどのテクノロジーだけがこういった問題を解決するという考えには、私は懐疑的です。
人口減少の話をすると必ず出てくる意見に、「人の代わりにAIやロボットを使って補えばいい」というものがあります。しかし、AIやロボットそれ自体が生産性を向上させられるわけではありません。
重要なのは、それをどう使うかであり、その使い方を決めるのが経営者です。テクノロジーの導入によって、コスト削減や給与の据え置きができると考えているのなら、ロボットがいくらあっても生産性向上には結びつきません。
極端にいえば、テクノロジーを自らの保身のために使い、現在の「生産性のない世界」を維持しようと考える経営者さえいるのです。
日本は世界一特許申請数が多い国ですが、それらの技術は全然活用されていません。また、World Economic Forumなどのデータを見ると、日本の人材の質は世界4位の評価を受けていますが、1人当たりの生産性は28位で非常に乖離(かいり)があります。
技術や人材が持つ潜在能力を実績に結び付けられていないのは誰の責任なのかと考えれば、それらの扱い方を決めている、全国約350万人の経営者以外にありません。

会社は、存続するためにあるのではない

アトキンソン:私は著書でも講演でも「日本の経営者は奇跡的に無能だ」と言って、1部上場企業の方たちからけしからんと批判されています。
もちろん、すばらしく生産性の高いリーディングエッジの会社はあります。でも、ごく一部の企業を取り上げ、「日本の労働力や技術力はすごい」と持ち上げることに何の意味があるでしょうか。
私は経済アナリストですから、あくまでも平均を見ます。特定の経営者を無能と言っているのではなく、1960年代から大量に増えた、「効率性が悪く、利益も出ず、人材に見合った給与を払えない企業」の存在に、警鐘を鳴らしているのです。
高橋:アトキンソンさんは、そもそも企業の数が多すぎると指摘されていますよね。
アトキンソン:そうです。企業が増えすぎると過当競争が起こります。価格競争に突入し、利益が出なくなり、社員の給与や働き方を改善するための投資ができなくなります。
そもそも、戦後の日本に高度経済成長をもたらし、企業を爆発的に増やせた要因は、「勤勉性」でも「日本的経営」でもなく、急激な「人口増加」です。
子どもが増えたら学校をたくさん作りますが、減ってきたら統廃合しますよね。企業もそうしていかなければ、供給過剰になることは目に見えています。
人口減少により需要が減ると、「自分の会社を存続させたい」という経営者のエゴが働きます。雇用条件はますます悪化し、国民は不幸せになっていく一方です。
高橋:そうですね。私も供給過多に伴う最低限の整理は必要だと思いますし、公正な競争環境を作るためにも、最低賃金の引き上げが必要だと考えています。
なぜこれだけ多くの企業が生産性を上げなくても存続できているかというと、大卒初任給が約25年間据え置きという事実に象徴されるように、労働賃金がほとんど上がっていないからです。経営者に対しての労働市場からのプレッシャーが働かず、人の価値が安いまま放置されているともいえる状況です。
仮に最低賃金を5%でも上げていけば、毎年5%ずつ生産性を高めなければ企業は存続できなくなります。そうすると経営者も工夫を始めるでしょうし、そのプレッシャーに耐えられない会社は畳まれて、まともな給料を支払える生産性の高い会社に人材がシフトしていくでしょう。
アトキンソン:そう思います。国ごとの最低賃金と生産性には、強い相関があることがわかっています。ただし、これは民間だけで解決できる問題ではありません。
現在の悪循環をスイッチできるのは政府だけなのに、今の政府には、最低賃金の引き上げが最大の経済政策であるという認識が欠けていますよね。
高橋:その通りだと思います。最低賃金の引き上げは、経営者に大きな意識改革を促す経済政策になり得るかもしれません。
私が希望を感じているのは、現在RPAの導入を検討していただいているお客様、特に地方の中小企業では人員が逼迫(ひっぱく)していて、給与を上げなければ人を採用できないという労働市場からのプレッシャーが働き始めていることです。
雇用条件を良くするために何を変えていくべきかという視点に立てば、RPAのような“武器”を使って生産性向上に取り組んだりすることが、自然に起こってくるのではないでしょうか。

RPAを、誰もが使える文房具へ

アトキンソン:ただ、繰り返しになりますが、テクノロジーによって3人でやっていた仕事を1人でできるようになっても、その1人の所得を大幅に引き上げていかなければただのコスト削減に終わってしまう可能性もあります。
それに、日本経済を好転させるためには、一部の大企業だけでなく、その他大勢の中小企業を変える必要があります。
RPAのようなテクノロジーを導入する余力すら残っていない企業や、いまだにITに抵抗を持っている経営者も多くいますが、その点についてはどうお考えですか。
高橋:AIやロボットといった“テクノロジー”の導入が、必ずしも生産性の向上につながらないというアトキンソンさんの考えには非常に同意します。
我々は、RPAをテクノロジーとしてではなく、誰もが簡単に使える“文房具”にしたいというビジョンを持っています。
たとえば、パソコンも登場したばかりの頃は、テクノロジーでした。使うためには知識やノウハウが必要でしたし、導入のハードルも高かった。しかし、今ではあらゆる業界で、誰もが当たり前の文房具のようにパソコンを使っています。
RPAも同じように、誰でも使える道具であることに意味があると思っています。プログラミングなどのスキルが不要で、1週間の研修を受ければ誰でも自社の業務に合わせたロボットを作れるようになる。そうなると、業務フローの変更があっても現場の人間がその場で変更して、すぐに対応できます。
アトキンソン:“文房具”というのは、わかりやすいですね。でも、スケールメリットを得やすい大企業はともかく、従業員が少ない零細企業などは、1週間の研修さえ受ける余裕がないのでは?
高橋:ご指摘の通りです。先ほどお話ししたのは大企業向けにライセンス購入していただくタイプのもので、自社の業務フローに合わせてカスタマイズしたロボットを作っていただけるようなツールになっています。中小企業向けには、会計などの業務に特化してパッケージ化された既製ロボットや、マイクロロボットサービスを広げていきたいと思っています。
現在もクラウド型の会計サービスはありますが、それを使うときにも人のルーチンワークは発生しています。請求書の起票や送付、入金のチェック、そういった人が張りつかなければならない作業を、月額数千円でRPAが代行する。これだけでも、数十時間分の作業から解放されます。
そうして創出した人の時間をどう使うのかによって、その企業の将来や日本経済の未来が変わってくると思います。空いた時間をより効率のよい業務プロセスの設計に充てることもできますし、より付加価値の高い新規事業や商品の開発に充ててもいい。
また、働き方の多様化という観点では、育児や副業に充ててもいいんです。大切なのは、生産性向上で創出した時間をどう使うかという「自由」を手に入れられることです。

会社は、社会のコピーである

アトキンソン:そうですね。これまでのように給与を含めたコストをカットし、それを武器に熾烈(しれつ)な価格競争を行うやり方では、誰も幸せにならない。
私がこの10年間携わってきた伝統美術の業界でも、立て直しを求められて小西美術工藝社に入社した時には4割が非正規雇用。社員の給与をいかに下げるかばかり考えているような状況でした。
高尚な伝統技術を売っているのに、価格競争で優位に立つために安価な外注先を使って細部をごまかす。こういう会社が当たり前になると、お金をかけて丁寧な仕事をするのが馬鹿馬鹿しくなり、業界全体の品質低下が起こります。
高橋:業界が負の循環に陥っていたわけですね。それではコストとともに、事業が生み出す価値も下がってしまいます。アトキンソンさんは、その状況をどのように改善したんですか?
アトキンソン:私が代表になってやったことは、業界団体に加盟している企業に対して、正規雇用を当たり前にするための働きかけです。当社においては原則、外注はせず、社員の研修に力を入れ、若い人を雇うことに注力しました。将来的に技術を継承できる可能性が上がるからです。
営業先にも、自社で職人を育成し、20年、30年は十分もつような品質を保証できることなどを説明し、ただの価格競争をせずに品質と信頼でも選ばれるような会社を作っていきました。
そうすると、補修の質が高まるのでお客様は喜ぶし、社員は手に職をつけられるし、給料も上がる。全員が幸せになるんです。
10年かかりましたが、今では業界内で足を引っ張り合うような価格競争がなくなり、補修にかかる健全な単価でそれぞれの会社が切磋琢磨(せっさたくま)できるようになりました。何がもっとも変わったかといえば、「社長たちの意識」です。
高橋:すばらしいですね。価格を下げるのではなく、価値を上げることで持続可能な事業をつくる。まさにそれが、経営者の仕事だと思います。
経営者の意識の何を変えないといけないかというと、社会全体の富を増やすというマクロな視点を持つことなのかもしれません。それがなければ、日本の社会はどんどんその活力を失っていってしまうと危惧しています。
アトキンソンさんが実践されたとおり、お客様により付加価値の高いサービスを提供し、生産性を高めた社員の働きに見合う給与を払い、銀行に金利を払い、税金を払い、株主にも適切な配当を支払う。
そうして残った資金を、さらに変化するお客様ニーズに対応するための投資や、人材育成を含めた生産性を上げるための投資に充てていく。
これができてはじめて、企業は社会の公器として継続的に成長できます。その持続可能ないい循環をつくるために努力するのが経営者の役割であり、日本の生産性改革の前提なのだと思います。
(取材・執筆:田中瑠子、編集:宇野浩志、撮影:小島マサヒロ、デザイン:國弘朋佳)
※RPAホールディングス・高橋知道氏が“RPAによる生産性改革”についてのビジョンを語るインタビューはこちら ↓
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