『医療現場の行動経済学』の「はじめに」
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注目のコメント
めちゃくちゃ大事な話ですね。さすが大竹先生です。
いかに情報が入手しやすい世の中になったとはいえ、ネット上の医療情報の何を信じればいいのかなど普通はわかりませんし、いざ自分が病気になったら藁にもすがる思いで怪しいものでも信じてしまいたくなることもあります。
専門的判断などできるはずもないそうした一般患者にとって、お医者さんには選択肢を用意してもらうこともそうですが、せめて「なにがオススメなのか」を教えてほしいと願うのが人間の心情でもあります。(これもリバタリアンパターナリズムの一つの形でもあります)
結局は、自分ではわかりえない不確実な問題に対しては、この人のオススメだったら信じられる、という信頼関係の問題に行き着きます。
いかにAIが「この治療法は苦痛を伴いますが、80%助かり、20%死にます」と合理的な判断を提供してきたとしても、その80%に賭けてみると思えるかどうか、20%のリスクを受け入れられるかどうかは、「本人次第」を超えたところにあるからです。
古い経済学の枠組みである合理的な人間像のホモ・エコノミクスもそうですが、ルソー以降の「近代主義」では、人間は究極は理性的な存在であることが社会の大前提になっていますが、現代になって人間の非合理性が(当然のように)明らかになってくると、様々な近代主義的なシステムと現実のギャップが問題として表面化しているように思います。大竹文雄・平井啓編『医療現場の行動経済学』を東洋経済新報社から出版いたしました。本の内容をご紹介するために、出版社の了解のもとで、「はじめに」を公開いたします。
買いました。
だんだん治療薬や医療機器によるブレイクスルーが減ってきて、再生医療や遺伝子治療などには期待があるものの、様々な意味での多面的介入が必要な時代に突入していると思っています。標準的な医療すらされてないことに失望することも少なくはないですが、、、
多面的な介入の1つとして行動経済学的な介入も非常に有用だと思います。もちろん患者へ提供する医療の改善という意味もありますが、本書の内容の通り、医師や医療者、及び、患者の相互理解を進める側面もあると考えています。
AI時代に生き残るのは、良質なデータを出せる・その先導役となる医師や、多面的な診察・治療を実現できる医師ではないかと、なんとなく考えています。
うまく話を聞き、うまく話せる、そんな当たり前のことが強みになるのではないかと思います。ありきたりな優しさや思いやり、の下に、こういった行動経済学的な裏付けがあれば、その土台の上にAIなどのテクノロジーによる標準治療を載せることで、飛躍的な医療現場の発展が望めるような気がしています。勝手にそんな未来にワクワクしています。