広くて便利で、おしゃれでお手頃

ホテルか、Airbnbか──。出張の多いビジネスパーソンにとって、最も答えを出しづらい問題のひとつだ。
でも、もう悩まなくて大丈夫。新たに登場したハイブリッド型のコンセプトのおかげで、今や両方のいいとこ取りができるのだから。
ホスピタリティ業界を席巻し始めているそのコンセプトとは、ブティック・アパートホテル。半分アパートメントで半分ホテル、とはいえ「インスタ映え」するのは保証付きの宿だ。
ビジネストラベラー用の宿泊施設といえば、一般的に思い浮かぶのはホームウッド・スイーツやレジデンス・インといった長期滞在者向けの予算重視で無個性なホテルか、味も素っ気もない家具付き住宅だろう。だが、ブティック・アパートホテルは違う。
ターゲットとするのはプロジェクトベースで動く旅行者で、ザ・ホクストンやソーホー・ハウスといったおしゃれな隠れ家的ホテルに、より短期型の滞在をするタイプの人々だ。
従来の3倍はありそうな広々としたスペース、機能的なキチネットや居心地のいいリビングを備え、おまけにインテリアはどこもかしこもスタイリッシュ。しかも、宿泊料金は中級ホテルやAirbnbと同程度だから、出張費として認められる範囲内に収めることができる。
手頃な価格や「本物」の体験ができるというイメージ、事業規模が強みのAirbnbは、ホテルオーナーの多くにとって最大の脅威だとしても、アパートホテルの経営者にとってはその逆だ。
「Airbnbは私たちに起こり得た出来事のなかで最良のものだ」。新たなブランド、ロック(Locke)の創設者として、イギリスにブティック・アパートホテルというコンセプトを導入したエリック・ジャファリはそう語る。
アメリカを拠点とするアパートホテルブランド、AKAのラリー・コーマン社長も同じ意見だ。「Airbnbは、単なる部屋と比べて住宅タイプ(の宿泊施設)には利点があり得るという考え方をもたらしてくれた」

Airbnbに欠けているものは

コーマンいわく「旅行者は柔軟性を愛している」。その点は投資家も同様だ。
資産管理会社ブルックフィールドは今年2月、開業からわずか1年4カ月でホテル展開数が2軒だけだったロックを買収。業界の常識を塗り替えた買収金額4億3000万ポンドで結ばれた契約の対象には、不動産資産や計900室の開発計画も含まれている。
ジャファリによれば、ロックの企業価値は2023年までに最大25億ドルに達する見込みだ。
「大手ホテル企業もそのうち、このチャンスに向けて方向を転換するだろう」。そう指摘するのは、モロイ・カレッジ(ニューヨーク州)の経営学教授で、ゴールドマン・サックスでホスピタリティ投資グループを設立した経験を持つスティーブ・ケントだ。
「消費者と開発業者双方の関心に合致する行動だからだ。(ホテルの経営者や運営会社は)進化のスピードが極めて速く、消費者と開発業者の要求を即座に受け入れる」
「Airbnbの宿は(リスティングの)イメージと現実が食い違うことがほとんどだ」と、ジャファリは話す。「スポーツジムはなし。遮光ブラインドは最低。午前10時に着いても、午後3時まではチェックイン不可で、だからといって荷物を預ける場所があるわけでもない」
こうした状況にもかかわらず、ジャファリに言わせれば、アパートホテル部門の物件数はロンドンのような大都市でさえ大幅に足りない。自身が新たなタイプのホテルのアイデアを温め始めた2010年当時に「長期滞在型ホテルの数が4倍に増えていたとしても、供給は不足していただろう」という。
ロックの第1号ホテル「レマン・ロック」がロンドン東部に誕生したのは、2016年10月だ。
ここでは、スカンジナビアスタイルの「ロック・ドリームベッド」や白く輝くキチネットの準備が整うまで、ゲストはレセプションに荷物を預けておけばよし。ホテル内にあるトリーブス&ハイドカフェのコーヒーを楽しみながらロビーでラップトップを接続することも、ランニングクラブに参加することもできた。
AKAのコーマンがみるところ、Airbnbの上を行くためのカギは一貫性、プライバシー、セキュリティにある。ニューヨークやロサンゼルス、ワシントンに展開しているAKAブランドは、ビジネス目的かどうかを問わず、クリエイティブ層がターゲットだ。
「2000年代前半から、映画・エンターテインメント業界が私たちのホテルを使うようになった。何人もの人と一緒に試写を見られて、プライバシーと匿名性が守られるスペースを必要としていたからだ」。初期のユーザーについてそう説明するコーマンは、冗談まじりにこう続けた。
「神は細部に宿る。そこがAirbnbのアキレス腱だ」

芽生え始めた長期滞在型への需要

アパートホテルを利用するのは、非常事態の発生で避難が必要になった家族連れから、別居したり家を改修中だったりする人までさまざまだ。
AKAには、女優で脚本家のティナ・フェイが映画『ミーン・ガールズ』のミュージカル化に当たって、キャストとワークショップを行うために滞在したこともある。ディズニーやネットフリックスの作品に出演する子役、バスケットボール選手も宿泊者のリストに名前を連ねている。
市場はさらなる勢いを見せている。
ホスピタリティ業界にデータを提供するSTRが2016年7月に発表した最新版報告書によると、Airbnb利用者のうち7泊以上の「長期滞在」を予約する人の割合は46.5%。アメリカ国内のホテル予約件数のうち、長期滞在型ホテルブランドが占める割合は9%にすぎなかったものの、同時期の成長率は5%に上った。
この分野は従来、企業間取引に特化してきた。アパートホテルの連携組織で、計100万軒のサービスアパートメントの予約業務も担うアパートメント・サービスの幹部、ジョー・レイトンは電話を通じてそう語った。
アパートメント・サービスのウェブサイトが紹介する物件のうち95%はこれまで、特別なポータル経由でなければ予約ができなかった。ポータルを利用していたのは企業の出張管理担当者や代理業者で、その大半は全米上位500社に入る大企業が数カ月単位のプロジェクトや転勤者のために必要とする物件を探す人々だ。
だが今では、アパートホテルは「通常のホテルの宿泊日数に比べると長いが、コーポレートハウジングを利用するには短い」5~28泊までのより短期の滞在に焦点を当てているという。こうしたホテルは普通のホテルと同じく、オンラインで予約することもできる。

デジタルノマドと高い利益率の秘密

ブルックフィールドのホスピタリティ部門責任者であるシャイ・ゼルリングに言わせると、変化をもたらしたのは「デジタルノマド」の登場だ。
ゼルリングはマッキンゼー・アンド・カンパニーの研究を引き合いに、8年後までにミレニアル世代が世界の労働人口の75%を占めることになると指摘する。そして彼ら若年層労働者の間では、いずれかの時点でグローバルな任務に就きたいと希望する人の割合が71%に上っている。
「企業はグローバル体験を、キャリア・人材開発に不可欠の要素として捉え始めている」と、ゼルリングは言う。
一方、ロックのジャファリの意見はこうだ。「ホテル業界のあちこちでミレニアル世代の存在が話題になっているが、私たちの顧客層に共通するのは年代ではなく、都会人という特性だ」
ミレニアル世代であれ別の世代であれ、グローバルなノマドたちの望みは朝食に自分専用のプロテインスムージーを作り、寝る前にネットフリックスを見ること。ルームサービス? コンシェルジュ? 就寝に備えてベッドカバーを外してくれるサービス? そんなものは欲しくもない。
ゼルリングによれば、業界全体では「ホテルの利益率は20~40%。アパートホテルはより利益率が高く、おそらく50~60%」だ。
コスト削減に貢献するのは、人件費や諸経費だけではない。アパートホテルの所在地である住宅街では、不動産価格がより安い。
さらに普通のホテルより「チェックインエリアは狭くていいし、会議室は少なく、レストラン用スペースを賃貸できる。そのすべての要素が収益性の向上に役立っている」と、モロイ・カレッジのケントは指摘する。
おまけにゲストが数週間単位で予約をするおかげで100%近い客室稼働率を維持しているとあれば、投資家が飛びつくのは当然だ。

リアルなニーズに応えるために

ロックは数年後をめどに22の開発プロジェクトを進めている。その一環が、ダブリンやパリ、ベルリンでの開業計画だ。「ヨーロッパの主要都市すべてに展開し、(企業価値を)20~25億ドルにまで引き上げることが目標だ。実現したら、アメリカとオーストラリアの市場に目を向ける」と、ジャファリは話す。
現在、12のホテルを展開するAKAは今後5年以内にその数を36にまで増やすつもりだ。開業予定地には、パリやローマ、オースティン(テキサス州)、マイアミ、シカゴのほか、プラハやサンセバスティアンといった「クールな都市」も含まれている。
ライバルブランドも台頭を始めている。
オランダでは、ユニット家具を備えたロフトスタイルの客室133室を構える「ゾク(ZOKU)アムステルダム」がオープン。ロンドンでは今年3月、イギリス最大のアパートホテル運営会社のデザイン重視ブランドであるワイルド(Wilde)の第1号ホテルが開業し、近くエディンバラにも進出する予定だ。
注目すべきことに、シェアオフィスを運営する米ウィーワークも市場に参入し、ニューヨークとワシントンに家具付き共同住宅「ウィーリブ(WeLive)」を誕生させた。
投資会社スターウッド・キャピタルが2015年に買収したネイティブ(Native)はロンドン市内15カ所にアパートホテルを展開し、グラスゴーやマンチェスターでも近日中に開業する。
「ロックの時価総額がAirbnbと同じ310億ドルに達することはあり得ない」と、ブルックフィールドのゼルリングは話す。「だが、そもそもそれが目的ではない」
ゼルリングいわく、目的は全く新しいタイプの旅行者の極めてリアルなニーズに応えること──それも、ほかのブランドに先を越される前に。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Nikki Ekstein記者、翻訳:服部真琴、写真:www.stayaka.com)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.