「信用情報」がテクノロジーでビジネスになる時代

2018/8/24
ECが生活のインフラとして着実に根付き、わたしたちの購買情報はデータとして蓄積され続けている。そのデータは消費者の趣味・嗜好(しこう)を知るうえで重要なマーケティングデータと化している。そんな中、マーケティングデータ以外の可能性を見いだした企業がいる。EC向けの後払い決済サービスやBtoB向け決済代行サービスなどを手がけるネットプロテクションズだ。

消費者や企業の支払い情報を把握していることを武器に、「支払いデータ=信用データ」と位置づけ、ビジネスを広げようとしている。名付けて、「Credit Tech」。柴田紳社長、マーケティングマネージャーの秋山恭平氏、そして、キャッシュレス先進国として知られる中国で、DeNA ChinaのCEOを務める任宜氏がキャッシュレス経済、クレジットテックの可能性について語り合った。

7年連続赤字でもあきらめなかった「決済」

:BtoCとBtoBの両面で、デビットカードが普及していない国で決済代行サービスに特化した企業はたぶん存在しません。非常にユニークだと思います。
柴田:始めてからかなり長い間、赤字でしたけどね(苦笑)。
私たちの主力サービスは主に3つで、通販向け後払い決済サービス「NP後払い」、BtoB取引における決済代行サービス「NP掛け払い」、そしてスマホを活用した個人向けの会員制後払いサービス「atone(アトネ)」の3つです。
2002年に最初に始めたのが、「NP後払い」です。主にECの決済手段として一般的にはクレジットカードや代金引換がありますが、それに加えて「後払い」という選択肢を用意したんです。
EC特有の、あの個人情報入力の煩わしさを取り除きたくて、消費者には個人情報の入力なしで最大5万円まで買い物ができるようにしました。
:消費者にとってはありがたいですけど、払わない人も当然いると思うので、リスクが高いですよね。
柴田:確かに、払わない方はいます。その時は私たちが代金を肩代わりして、企業側に支払いますから、当然損をします。そのせいで、サービス開始後7年間は赤字……。ただ、消費者に優しくないサービスは絶対にスケールしないという信念がありましたから、このメリットは貫き通してきたんです。
かなり苦労しましたが、苦労した分、システムも洗練され、ノウハウもたまりました。一見するとシンプルなサービスですが、参入障壁はかなり高いですから、競合他社の追随は許していないと思います。
:今ではどの程度の規模に成長したのですか。
柴田:昨年のユニークユーザーは1200万人以上に達しました。日本人の約10人に1人が使ってくれた計算になります。
ただ、私は単純に今のサービスを伸ばすことだけを考えてはいないんです。企業と消費者の間に入って決済を代行し、手数料収入をちょうだいするのがこのサービスのビジネスですが、この「インフラ」の強みは、それだけではないと思っています。

決済データの使い道

:というのは?
柴田:支払い状況を把握しているということは、「その人を信用できるか」を把握していると置き換えることができると考えているんです。
人と人が付き合う時も、企業と企業が取引する時も、信頼できる相手かどうかを必ず考えますよね。だから、ビジネスの場合、与信という仕事がある。
私たちは、NP後払いとatoneで消費者の信用情報を得て、NP掛け払いで企業側の信用情報を獲得している。信頼できる相手かどうかを判断する際の膨大なデータを持っているんです。
私たちはこのデータを、ユーザーの許可をもちろん得たうえで活用したいと考えています。
単純に「この人、この企業は信用できる、信用できない」という物差しを提供するのでは、従来の信用情報と変わりはありません。私たちはこのデータを、過去を見て「疑わしきを罰する」ために使用するのではなく、未来を見て「人をより信じる」ために使用したいと考えています。

それにより、現在使用されている信用情報だけで判断され不自由を感じているような人にとって、より開かれた社会を実現する事業がつくれるのではないかと考えています。
さらに、このデータをオープンにし、パートナー企業と連携して新たなサービスを生み出しやすいようにし、企業にとっても消費者にとってもスムーズな社会をつくりたいと思っています。
いわば、人の信用力や信用情報をビジネスに生かし、機会の均等化を図る「Credit Tech」の領域です。
:具体的な例とすると?
柴田:たとえば、融資を例に考えてみましょう。従来の信用情報の考え方であれば、過去の支払い遅延や滞納で、限度額が低く出てしまったり、借りられなくなったりしてしまうことがあります。
その際、私たちの決済データを参照し、最近はお支払いいただいていることが分かれば、判断材料が増えるので、よりその人を信頼してサービスを提供することができますよね。このように、消費者もより良いサービスが受けられますし、企業側もより多くの方にサービスを使ってもらうことができる。
そのほか、最近増えている民泊やクラウドソーシングなどCtoCのネットサービスにも活用できると思いますし、その人の素性が分かりにくいことでトラブルも起きる場合もあるネット系のコミュニティサービスにも応用が利くと思っており、信用情報の活用範囲は無限にあると思っています。

中国のキャッシュレス事情

:面白いですね。確かに相手を信用できるかどうかを判断する情報は意外に少ない。
柴田:おっしゃる通りです。
決済手段は多様化してきましたが、ECにしてもリアルにしても決済手段として、現金を除けば、行き着く先はクレジットカードであることが今は大半です。そうなると、決済の情報、つまり信用の情報はクレジットカード会社にしか残らない。
信用の情報って、いろいろな活用方法があると思うんです。相手が信頼できる相手かどうかを調べるのは相当の労力がかかりますし、調べ上げても間違っていることもあるでしょう。私たちは、決済データをもとに「信用」をかたちにしようと思っています。
:クレジットカードという巨大インフラに挑む戦いですね。
秋山:クレジットカードは日本ではかなり浸透したインフラですから、それに取って代わろうとは思っていません。ただ、クレジットカードに不都合を感じているユーザーは一定数いると思っていますし、決済という貴重なデータをもっと有効活用できたりする余地はまだ残されていると思っていて、そのインフラを私たちは整えたいと思っているんです。
柴田:逆に私から聞きたいんですけど、中国ってキャッシュレス化が進んでいますよね。その理由は何なんですか。
:中国のキャッシュレスは、前提が日本とだいぶ違います。日本のように1人当たりのGDPが年間2万ドル以上の先進国と呼ばれる国々は、クレジットカードというその人の支払い能力を保証するタイプの与信が、ずっとベースにありました。中国はこの瞬間も発展してはいるものの、まだ1人当たりのGDPは8000ドルなので、先進国に比べると断然に少ないんです。
なので、全ての金融の前提がデビットカード、つまり即時決済なんですよ。言い換えれば与信がゼロの状態から始まる前提です。それなのに、日本からなぜ先進的に見えるかと言うと、単純に過去のシステムがない状態でゼロから作るので、このご時世に合ったデータの取り方で与信を再定義しているからです。
秋山:私たちが構想していることも中国では同じようなものがあると聞いています。
:中国には「芝麻信用(セサミ・クレジット)」というサービスがあるんですね。アリババグループで「Alipay」を手がけるアント・フィナンシャルが2015年に始めました。
このサービスは、企業や個人が自分の「信用度」をスコアで把握できるんです。点数は最低350点で最高950点。このスコアを使って、自分の信用力をアピールするために、個人であればSNSなどを通じて公開したり、企業であれば取引を始める際の与信の材料にしたりするわけです。
では、このスコアを出す根拠は何か。政府がAlipayと連携するデータ(学歴や公共料金支払い記録など)とアリババの購買データ、そしてアリババ以外のAlipayの支払いデータの組み合わせです。それらの情報をみて、その人が信用できるかどうかをスコア化しているんです。
Alipayは、タオバオを中心としたアリババのEC決済サービスとしてスタートしましたが、もはやそれにとどまらず、中国のモバイル決済で約54%のシェアを握るほか、実店舗などにも利用範囲を広げ、QRコードを読み取って支払いできるようになっていて、中国でNo.1の決済手段になりました。2018年1月時点で5億2000万人以上の本人認証済みアクティブユーザーを抱えているという怪物決済インフラ。
秋山:中国は日本よりもECが進んでいる印象ですし、実店舗での決済もカバーしているとなると、かなりのデータを持っていそうですね。
:今、中国では小売りのEC化率が20%なんです。これは全国民を対象にした数値で、30歳以下だと私の想像では50%を超えているはず。つまり、ある層に関してはECで取れる情報のほうがはるかに多い。
そのECのうち、2/3以上はアリババグループが押さえている状況なので、1社で取っているデータの量が圧倒的に多い。中国の四大銀行でも2/3のシェアにはならないので、それよりもアリババ1社のほうがお金に関する情報を持っていることになります。
お金のやりとりはほぼここに集中していますから、出てくるスコアにも説得力があるわけです。
秋山:それだけ特定企業にデータが集中していると、反発や問題は発生していませんか。
:数カ月前、ネット与信に関して新しい動きが起きました。中国政府が、個人情報などを持っている企業7〜8社と政府がジョイントベンチャーを作り、そこでネット上の与信管理をすることにしようという動きがありました。
秋山:政府と企業とのジョイントベンチャーとはとてもユニークだし、中国らしい。
クレジットレイヤーを競争分野として位置付けるのではなく、ベースのレイヤーにしようとしている動きですね。実際はまだ「箱」ができただけで、どこまでの情報を各社が提供するかはあいまいで、どのぐらいワークするか分かりません。
少なくとも、政府の考え方としては、あまりにも独占が進み過ぎてしまうっていう懸念がある。これから競争と非競争のレイヤーが決まり、産業構造が決まっていこうとしている状況です。
ただ、これはアリババという超巨大企業が存在することへの動きだと思いますので、日本ではこうしたことはないと思います。
柴田:確かに中国であれば、私たちのビジネスは少し難しいかもしれませんね(笑)。
:柴田さんのクレジットテック構想はこのセサミ・クレジットに近いとは思いますが、マーケットの状況が日本と中国では全く違う。日本では大いに可能性があると思います。
最近では、この信用力のスコアが高い人には、ホテルのデポジット(保証金)が免除されるなど特典を提供する企業が出てきたり、結婚仲介サービスやリクルーティング、不動産仲介会社が活用する動きが出てきたり、広がりを見せているので可能性を感じています。
決済情報という大元のデータをネットプロテクションズはもっているから、いろんな企業と組むことができると思います。セサミ・クレジットのような動きが今後出てくるでしょうから、すごくビジネスポテンシャルを感じさせますね。
柴田:私も大元のデータプラットフォームを強靭(きょうじん)にすることができれば、あとはその上で動くサービスはいくらでも出てくると思っています。
信用データプラットフォームを構築することができれば、興味を持ってもらえる企業も出てくるでしょうから、そうした企業とコラボレーションしてエコシステムを広げていければと思っています。こうしたプラットフォームを活用したサービスは、1社単独よりもWIN-WINの関係を築いての協業が最適だと思っていますから。
ですから、まずはそのデータをしっかりと集めていき、サステナブルに運用できる仕組みをつくることができればと思っています。
「信用」「人や企業の信頼」は最も取得が難しくかたちにしにくいのではないでしょうか。それによって、多くの手間をかけたり、それが不足していることでトラブルやミスマッチが発生したりしていることも多いでしょう。私たちはそうした不都合を少しでも解消し、健全な社会づくりに貢献していきたいんです。
(取材・編集:木村剛士、文:加藤学宏、撮影:北山宏一)