「ただいま、川崎フロンターレ」10年越しに叶えた夢の先に

2018/9/18
サッカー・明治安田生命J1リーグ、昨年の王者・川崎フロンターレが新たなスポンサーの獲得を発表した。不動産×テクノロジーで新たな境地を切り開き、創業5年で上場を果たした“ReTechの雄”GA technologiesだ。ここまで4回にわたり同社の成長の秘密と目指す世界を紐解いてきた連載第5回では、今、彼らがプロスポーツチームのスポンサーに名乗りを上げることになった、長い絆のストーリーを聞く。

「おかえり、樋口大!」16年の絆

 あの選手が10年ぶりにスタジアムに帰ってきた──。
 9月15日、満員の等々力陸上競技場。そのピッチに立ち、胸を熱くしている男がいた。その名は樋口大。
 川崎フロンターレとオフィシャルスポンサー契約を結んだ「RENOSY」を運営するGA technologiesの創業メンバーで、取締役を務める。
 彼と川崎フロンターレの間には、単なるスポンサー企業とクラブという関係を超えた絆が存在する。何を隠そう、樋口大は川崎フロンターレのアカデミーで6年間育ち、U18日本代表にも選ばれた経験の持ち主。
 18歳でトップチームに上がれない悔しさを味わってから10年。選手のユニフォームの左胸にロゴを刻むオフィシャルスポンサーというかたちで愛ある“古巣”に戻ってくることになったのだ。
 試合開始10分前、モニターに流された動画に観衆が目を奪われる。近くに居た記者は「すごく、良い話だね」と口にしていた。
そして、ピッチ脇中央に樋口が立ち、口を開く。
 「私自身、中学校1年生から高校3年生まで川崎フロンターレでプレーをしていました。当時の私の夢はトップチームに昇格して、この等々力競技場でプレーをすることでした。その夢は残念ながら叶いませんでした。しかし今回スポンサーというかたちで川崎フロンターレに戻ってくることができて、とてもうれしく思っています。
  今日からまた、川崎フロンターレの一員として皆様と一生懸命応援したいと思いますので、よろしくおねがいします!」
 盛大な拍手を受けた樋口大は、自身に続いて挨拶を終えた同社の社長であり兄でもある樋口龍と共に、サポーター席へ走っていく。
 彼らが向かう先にはひときわ目立った横断幕があり、それにはこう、記されていた。
「おかえり! 樋口大!! これからも夢をRENOSYと共に追いかけよう!!!」
©KAWASAKI FRONTALE
 ReTech企業であるGA technologiesが、今、スポーツクラブのスポンサーになる理由はどこにあるのか?「チームに恩返しをしたい」という樋口大氏に胸中を聞いた。

「日本のトップを目指す」思いに共感

樋口大 GA technologies(以下、GA)の社長であり兄でもある樋口龍も私も幼い頃からサッカーに人生の大半の時間を注いできました。GAを起業してからも、いつかスポーツの世界に入りたいということは頭の中にずっとありました。
 会社が上場したタイミングでもあり、さらなるチャレンジをするタイミング、「それは、今なんじゃないか」と。
 パートナーとして川崎フロンターレを選んだのは、私がアカデミーに所属していたことはもちろんですが、Jリーグ初優勝に向かって試行錯誤を重ね、鬼木逹監督というリーダーを筆頭にチーム一丸となり奮闘しているストーリーに感銘を受けたからです(2017年、明治安田生命J1リーグ初優勝を達成)。
 スポーツの世界でトップに向かって走り続けるチームの姿と、世界的な企業を目指す自分たちを照らし合わせ、非常に近いものがあると感じたんです。
 また今回、川崎フロンターレのスポンサーになることで、当社の強みであるAIやテクノロジーを用いて、世界と比べて遅れている日本サッカー界を変える手助けをしたいという想いもあります。
テクノロジーを活用したスポーツビジネスや選手のパフォーマンス向上への貢献、アスリートのセカンドキャリア支援などの領域でスポーツテックを加速させ、お手伝いをしていきたいです。
 「TOKYO2020」という契機もあり、日本のスポーツ市場は2012年の5.5兆円から2025年には15.2兆円に成長すると言われています。急拡大するこの市場に対して、テクノロジーサイドからアプローチしていきます。

“これからのチーム”を選んだ理由

 川崎フロンターレとの出会いは16年前。中学に上がる際にJリーグのジュニアユースをいくつか受け、最終的に東京ヴェルディとフロンターレに合格しました。
 ヴェルディは当時のジュニアユースで最も強くて、一方のフロンターレはめちゃくちゃ弱かったんです(笑)。J2だったし、有名な選手もいない。でも、それって“これからのチーム”ということじゃないですか。僕はフロンターレを選びました。そういうチームを自分が強くしていくことに憧れていたのかもしれません。
(ⒸKAWASAKI FRONTALE)
 当時は、絶対プロになると信じていましたね。
 高校生の時にはU-18日本代表にも呼ばれましたし、トップチームの練習にも参加していたので「(トップチームに)上がれる」と思っていました。しかし、残念ながら夢は叶いませんでした。その頃は、正直落ち込みました。
 その後、「プロになって、フロンターレに戻りたい」という想いも持ちながら、青山学院大学に進学して体育会サッカー部で4年間を費やしましたが、卒業時にオファーもありませんでした。 

兄の熱意にほだされ起業の道へ

 「サッカーで失敗したからこそ、ビジネスでは絶対に成功したい」
 この思いは兄と似ているかもしれません。自分が成長できる、最も厳しい環境に身を置きたいと就職活動をして、「ウチが一番成長できるし、一番厳しい」と熱弁された大手ディベロッパーへ進みました。
 そこでは日々成長を感じながら過ごしていたのですが、入社して半年たったあたりから兄の横槍がすごくて(笑)。「一緒に会社を起こそう」と。
 「お前、そんなに生ぬるい環境でいいのか? 俺の方が努力しているし、お前はサッカーで失敗したから成功したいだろう?」と言われ続けるわけです。
 僕自身は当時も努力しているつもりでしたし、ハードに働いてはいたのですが、兄は本当にしぶとくて(笑)。月に1度、「ご飯に行こう」と誘われ、ずっと熱弁を聞かされる。
 兄は当時からずっと「世界のトップ企業を創る」と言っていて、当初は「こいつは何を言ってるんだ?」と思っていました。ただ、何度も聞いているうちに、「この人は本気だ」とわかったんです。
 人生は一度しかないし、挑戦することにデメリットはない。チャレンジして成長できるのであれば、自分が求めている生き方にも合致する。それならば兄の目指す世界に一緒に挑戦してみてもいいかな、と。
 不安がなかったと言うと嘘になりますが、代表の情熱を感じていると「絶対この会社を世界的な会社にする」「リーダーとして自分が引っ張っていかなければ」という想いが大きくなっていきました。
 無謀と言われるような目標も情熱があれば叶えられる。そんな経験を起業してから幾度とすることができました。昨年は約100億円(前年度の約2倍)の売り上げを達成しました。
 起業してから、人生は思ったとおりにしかならないということをものすごく感じます。兄が考えていることってだいたい実現するんですよね。
 ものすごいスピード感で思考を具現化していく人を5年間一番近くで見てきて、目指したい世界や組織を自分たちが作っていくんだという思いが強くなりました。

AIやデータ活用がクラブの力に

 今は不動産領域の会社ですが、冒頭に申し上げた通り、今回のスポンサー契約を機にスポーツテックの分野にも本気で取り組んでいきます。
 私たちの強みは「リアル」と「テック」の両者を知っていること。
 スポーツの世界もリアルが大事。スポンサーになると実際の選手やファンのリアルの部分をより詳しく知ることができるので、テクノロジーを活用する上でもメリットがあると思っています。
 もちろんフロンターレに対しても、お金だけ出して「あとはよろしく」というつもりはまったくありません。
 クラブに対して、テクノロジー企業としてできる貢献を考えていきたい。「AI戦略室」を通じてデータ分析をサポートしたり、観戦体験の向上に取り組んだり、怪我のリハビリをサポートしたり、スポーツ×テクノロジーの可能性は無限ですよね。
 フロンターレが本拠地とする武蔵小杉の等々力競技場は2万5,000人ほどのキャパシティですが、約1万枚がシーズンチケットとして売れています。そんな超熱狂的かつ都心からもほど近い街に住んでいる方々に対するクラブのマーケティング支援にも、我々が持っているノウハウが生きるんじゃないかな、とか。
 今、多方面でできることを話し合っている最中です。

セカンドキャリア、指導者教育…多方面からスポーツ界を変えていく

 あとは、自身のキャリアも振り返りながら、指導者やセカンドキャリアの問題にも取り組んでいきたい。小中高と皆一生懸命サッカーをしていますが、プロになれないと、そこで道が絶たれてしまう。
 「自分はサッカーしかしてこなかったから、ビジネスでは成功できないんじゃないか」と自身も不安を抱えていました。サッカーを通して学んだことはとても多いですし、そこで得た経験は必ずビジネスで活かせると思っています。
 将来の理想は「スポーツを全力でやってきたからビジネスもできる」と全員が自信を持てること。
 「GRIT(グリット:やり抜く力)」という言葉をうちの代表は好んでいるのですが、スポーツに打ち込んでいる人たちは少なからず長い期間努力し続け、目標を諦めず、困難なことがあっても乗り越えてきている。それは仕事をする上でも、最も大事なことだと思います。
 クラブ側のニーズをしっかり聞きながら、これからの長い取り組みのなかで僕たちがどういったサポートができるかをじっくり考えていきます。頭も使うし、汗もかくスポンサーでありたい。そう、強く思っています。
(取材・文:竹中玲央奈 編集:樫本倫子 写真:竹井俊晴、的野弘路 デザイン:砂田優花)
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