ネットスーパーというよりテック企業

ロンドン西郊のある倉庫。R2-D2とミニ冷蔵庫を足して2で割ったような姿のロボットが、格子状になったレールの上を走り回っている。
格子の下には牛乳のパックやブロッコリー、レモンシャーベットの容器、缶のトマトスープなどなど、英国人が夕飯に食べたいと思うようなありとあらゆる食品が入ったケースが置かれている。
ロボットはケースの中から食品をつかみ出すと、人間のスタッフが待つ列へと急ぐ。スタッフたちは商品を配送用の赤いプラスチックの箱に入れる。
「このすべてを設計したわけだが、複雑きわまる作業だった」と、この倉庫の主であるオカド・グループのティム・スタイナー最高経営責任者(CEO)は言う。オカドは急成長中の食品ネットスーパーだ。「私たちが必要としたインフラ、テクノロジー、ソフトウエアはいずれも存在しなかった。だから自分たちで作った」
オカドの配送システムに目を付けたのが、米大手食品スーパーのクローガーだ。
クローガーは5月、オカドの株の5%を取得するとともに、米国内で最大20カ所の配送拠点の建設・運営をオカドに委託する契約を結んだ。クローガーはネット小売事業において、ウォルマート、そして特にアマゾンに対抗しようとしている。
詳細はまだ決まっていないものの、クローガーはオカドが運営する倉庫からの配送を2年以内に始めるつもりだ。「クローガーにとって、オカドのインフラで配送することがベストな選択であることは間違いない」と、クローガーのロドニー・マクマレンCEOは言う。
フランスやスウェーデン、カナダの小売り大手に続き、クローガーとも配送システム請負の契約にこぎ着けたことは、オカドにとって大きな追い風となった。
オカドは過去5年間、世界各地の大手スーパーマーケットと同様の契約を結ぼうとしてきたが、うまくいかなかった。
だがフランスのスーパー、カジノ・グループとの提携を発表した2017年11月以降、オカドは「ろくに儲かっていない食品ネットスーパー」というよりもテクノロジー企業と見られるようになり、株価は4倍以上に高騰している。

CEOは当初の読みの甘さを猛省

その結果、オカドは英国の代表的な株価指数であるFTSE100種総合株価指数の銘柄に組み込まれることになり、一部に残っていた「オカドはコスト過剰で黒字化は無理」との見方を見事に覆した。
「もの言う」投資会社として知られ、オカドに出資しているクリスタル・アンバー・ファンドのファンドマネジャー、リチャード・バーンスタインは「(オカドの実力を)疑っていた人々が誤っていたことが証明された」と言う。
「こんな小さな英国企業が世界最大手の小売業者の1つとの契約にこぎつけたのだ」
スタイナーCEOによれば、形勢が変わった背景にはアマゾンが昨年、自然食品スーパー大手ホールフーズ・マーケットを137億ドルで買収したことが挙げられる。これをきっかけに世界中のスーパーの経営者たちは、次に潰されるのは自分たちだとの危機感を抱くようになったのだ。
「アマゾンはこれまで、食品小売業界にはほとんど何の影響も及ぼしていなかった。だから業界側は、食品は本とは違うとタカをくくっていた」とスタイナーは言う。
「ネット販売が食品小売市場の1%や2%や3%を占めるようになるどころか、60%にも達しかねないということに、みんな気がついたのだ」
スタイナーは2000年、それまで勤めていたゴールドマン・サックス・グループを辞め、同僚2人とともにオカドを立ち上げた。
海外の食品小売業者に技術をライセンスすれば業務拡大できるし、海外展開に失敗したテスコやマークス&スペンサーといった英小売大手の轍を踏まずに済むというのがスペンサーの考えだった。
だがスタイナーは、多種多様な食品を貯蔵し、取り出し、決まった時間内に消費者の元へ運ぶことがいかに複雑かを甘く見ていた。
「今にして思うと愚かだった」と彼は言う。「ゴールドマンで債権を取引していた方が楽だったくらいだ」

システム構築費用が業績圧迫した過去

過去18年間、オカドは英国内のネット食品小売市場でテスコやウォルマート傘下のアズダといったスーパー大手としのぎを削ってきた。調査会社カンター・ワールドパネルの推計では、英国では食品売上のうちネット販売が7%以上を占める。これは米国の約4倍だ。
オカドは消費者の信頼を勝ち得るとともに高級路線の食品が若く豊かな顧客層の支持を得たが、システム構築には金がかかった。
昨年の食品売上は12%増の13億ポンドまで伸びたが、2011年以降の資本支出は計8億4700万ポンドに達し、これまでで最も業績がよかった2016年でも税引き前利益はたったの1200万ポンドだった。
証券会社アンブリアン・パートナーズのアナリスト、フィリップ・ドーガンは、株式公開を行った2010年頃のオカボの価値はほとんどゼロだったと言う。
スウェーデンの富豪、ヨルン・ラウジングやジョージ・ソロスのファンド幹部だったニック・ロディティといった人々からの支援のおかげで、スタイナーは設備投資を続けることができた。
クローガーとの契約は株主たちから歓迎されたものの、一方でオカドに対する新たな批判材料にもなった。オカドは今後の提携交渉への悪影響を恐れて、契約により得られる金銭的な利益の予測を公表するのを拒んでいるからだ。
「詳細についてはほとんどわかっていない」と語るのはショア・キャピタル・グループ(リバプール)のアナリスト、クライブ・ブラックだ。「これまでの経験から言えるのは、金の面では多くを期待できないということだ」
こうした批判をスタイナーは一蹴し、オカドはこれまでにないスピードで成長しており、世界中から提携の話が飛び込んできていると言う。
「私たちが作り上げたものは唯一無二だ」と彼は言う。「(オカドの配送システムの)経済性を理解したら、次に考えるのは『うちでも使えるだろうか』ということになる」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Sam Chambers記者、翻訳:村井裕美、写真:©2018 Bloomberg L.P)
©2018 Bloomberg L.P
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.