就業人口の約55%を握る「サービス業」に起こす生産性革命

2018/6/28
2025年までに580万人もの労働力不足が予測される日本。なかでも一番影響を受けるのが、小売・飲食業などの「店舗サービス業」だ。60年前の1960年代からこれまで、店舗サービス業を支えてきたチェーンストア理論では乗り越えられない経営課題を目前にして、ITやAIなどのテクノロジーによる抜本的な改革が求められている。

この領域のイノベーションを手がけるナレッジ・マーチャントワークスの代表取締役・染谷剛史氏と、GMO VPの取締役パートナー・宮坂友大氏の二人が語る。
 ものづくり大国を自任する日本。しかし、実は雇用シェアにおいて約5.5割を占めるのは「サービス業」、その中心は店舗を基点に営業する「店舗サービス業」だ。
 日本の労働人口の過半数が含まれるこの領域は、生産性が米国水準の5割から6割程度にとどまるとのデータもある。内需を支え、雇用の受け皿となる産業として活性化させるためには、生産性向上が急務だ。
 ナレッジ・マーチャントワークス(以下、KMW)は、これまで誰も手を付けてこなかったサービス産業におけるテクノロジーを使った生産性革命に挑戦している。
 GMO VenturePartners(以下、GMO VP)は今年4月、その事業の将来性に着目し、KMWに対して約1.5億円の投資判断を行った。
 日本特有の価値観が課題として根強いサービス産業において、いかに新しい価値を創出するか。KMWのチャレンジの全貌を聞いた。
価値が可視化されないサービス産業
──染谷さんがKMWを創業したきっかけは、「サービス産業の生産性」に対する危機感だったとうかがいました。
染谷 リクルートでのアルバイト求人情報誌の営業・企画から含めると約20年間、前職リンクアンドモチベーション(LMI)では、執行役員として主にサービス産業の採用や組織変革のコンサルティングに従事し、上場も経験しました。そのなかでサービス業界の課題、なかでも生産性の低さを目の当たりにしていました。
 製造業などの第二次産業が縮小し、第三次産業が増加を続けているのが日本の現状です。産業構造が大きく変化している今、この巨大なサービス産業が生産性向上に取り組まなければ、日本は地盤沈下してしまうという危機感を覚えました。
 しかし、小売・外食に代表されるチェーンストア企業の一つひとつの店舗にコンサルティングで入り込み、人力でサービスを提供するのには限界があります。必要なのは、テクノロジーによるアップデートです。
1976年生まれ。1998年にリクルートフロムエー入社。アルバイト求人情報誌フロム・エーの企画を担当する。2003年リンクアンドモチベーション入社。サービス産業の組織変革を担う執行役員カンパニー長に就任。2017年にナレッジ・マーチャントワークスを創業し、代表取締役に就任。
 そこでこれまでの経験とITを組み合わせて、サービス産業に特化したプロダクトを作り、生産性向上を支援するためにKMWを創業しました。それが2017年3月です。
──日本のサービス産業の生産性が低いのはなぜでしょうか。
染谷 根本的な問題は、サービスを提供するという無形の業務に対し、適切な“価値の可視化”ができていないということです。
 店舗サービス業は、「お客さま」と「スタッフ」との間に“価値”を創出します。しかし、スタッフの“行動の良し悪し”によって創造される価値がどう変わるのか測定することが難しい。
 そして、サービスはお客さまとスタッフが“同時”にいて初めて創造されるため、サービスは在庫ができない。よって、製造業と違って生産性が飛躍的に上がる、ということがないのが業界の特徴です。
 日本には欧米のようなチップの文化がないことや、「サービス=無料」といった価値観も手伝って、サービスに対する付加価値が上がりにくいのです。
 また、サービスの経済価値は「品質÷価格」で測られますが、日本のサービス産業は、この「価格」をバブル崩壊後の20年で限界まで低下させてしまった。
 仕入れ原価や人件費を削減することがコスト競争力につながるため、サービス品質にしわ寄せがいっている点も、付加価値による生産性の向上を妨げています。
 この現状は、人材採用にも響いています。業種別の勤続年数と収入の関係を比較してみると、サービス業はキャリアが長くなっても、給料があまり伸びない。そのため優秀な人材でも、短期間で辞めてしまいがちです。
 そして、サービス産業で働く方の約6割強はアルバイト・パートといった非正規雇用です。その方々に対する店舗へのロイヤルティの向上やサービスの付加価値化、それによる待遇改善よりも、コスト競争に時間を費やしてしまったという歴史があります。
 こうした課題を解決するには、店舗と各スタッフのサービス提供能力を可視化し、店舗の力量に応じた適切な施策をテクノロジーによってアシストし、業界全体として付加価値を高め、働く人たちにとって魅力ある業界に変えていく必要があります。
宮坂 サービス産業のように市場規模が大きく、既存の大プレーヤーがいる歴史の長い業界を変革するのは難しいことです。
 特に店舗サービス業はIT化がほとんど進んでおらず、昔ながらのアナログな手法で店舗管理がされているケースがほとんど。それを改革できるソリューションが出てきませんでした。
 染谷さんとはじめてお会いしたとき、ついにこの領域でイノベーションを起こせる人が登場した、と感じました。
ネット総合金融グループ・インターネット銀行の設立に参画。2008年からGMO VenturePartnersにジョインし、US・アジア全域に投資するネット分野に特化したファンドの設立・運営を担う。複数の投資先の経営支援にも従事する。
 染谷さんは前職でサービス産業のなかに深く入り込んできた経験があり、サプライチェーンの上流だけでなく、下流の課題までリアリティを持って理解されている。そのうえで、サービス産業のみならず日本の労働市場の課題まで見据える意識をお持ちです。
 そうした課題をテクノロジーで解決する、という強い決意にも共感しました。サービス業の課題は日本のみならず、世界各国に共通。日本でソリューションを磨けば、いずれグローバルに展開することも可能だと考え、「ぜひ一緒に業界を変えましょう」と提案させていただきました。
店舗の生産性を“見える化”する
──KMWが提供するソリューションの概要を教えてください。
染谷 KMWではチェーンストア経営企業の上流から下流まで、ワンストップで変えることを目指しています。
 上流側である企業の幹部や幹部候補に対しては、事業・組織変革プランの立案プロジェクトを用意し、最先端テクノロジーを用いた店舗マネジメントの考え方や方法を提供していきます。
 下流側のソリューションとしては、店舗で働く方々が日々の業務のなかで使えるスマホアプリ「はたLuck®アシスト」を今年11月にローンチする予定です。
 複数の大手チェーンストア企業(コンビニ、カフェ、ファミレス、インテリア、リゾートホテルなど)の協力を得て、ベータ版を旗艦店舗に入れてもらい、実際の店舗マネジメントで運用してもらう実証実験を繰り返しています。
 このアプリは、店舗のサービスレベル、スタッフの能力・周囲からの評価を見える化し、サービスレベルの向上と定着率の向上を支援するソリューションです。
 例えば、店舗スタッフの課題を明確化し、個々人の課題に合った映像教育を提供します。教育によって高まったスキルに加えて、AIによるシフトの最適化をはかり、ベスト人員での店舗運営を可能にします。
 またアルバイトの方々が楽しみながら能力を高められるように、ゲーム感覚で学び、その学びをサービスに生かすことで、周囲からの評価や少額インセンティブが提供される仕組みを作っています。
 このアプリから得られたデータを統合して、店舗の“健康診断”が行えます。店長やSVは健康診断の結果を見ながら店舗の改善点を把握し、店舗の生産性とスタッフの定着率も上げることができる仕組みになっています。
 想定クライアントとしては、全国展開のチェーンストア企業をはじめ、数十店舗を経営する小売・外食・サービス業の企業が対象です。チェーン全体でこのアプリを導入することで、複数店舗の比較ができ、店舗オペレーションの変革に生かせます。
 現在は月一回、われわれのアプリを導入しているチェーン企業と全国のテスト店舗をつなぐテレビ会議に参加させてもらい、意見交換しながらアプリをブラッシュアップしているところです。
 アプリで収集したデータとPOSデータの売り上げなどの数字を照らし合わせて相関関係を探り、その結果をどんどんフィードバックさせています。
宮坂 経営会議に参加できたり、POSのデータを参照したりというのは、普通のスタートアップが簡単にできることではありません。LMIで小売・外食業界を定点観測し、つながりをつくってきた染谷さんだからこそ実行できていると思います。
染谷 経営側のデータと我々のプロダクトのデータを比較すると、これまで見えなかった店舗の特色や課題がどんどん見えてきます。
 例えば、生産性の高い店舗では、スタッフ同士がお互いをフォローし合う声がけが多かったり、情報や結果の共有がスムーズにできているなどの特徴があります。
 一方で、生産性の低い店舗は、スタッフ間の会話が「指示・命令」ばかりで、コミュニケーションがうまくいっていない、などの結果が出ています。
 こうしたデータを分析して改善施策に落とし込み、各店舗のマネジメントに活用しています。あくまでも現場で使えなければ意味がないですから、チェーンストア企業の方々としっかり協力体制を作り、現場に浸透する方法はかなり考えています。
働く人の実績をポータブル化する
──生産性の向上だけでなく、労働環境の改善にもつながりそうです。
染谷 そうですね、働く側のメリットも大きくなります。将来的には「はたLuck®アシスト」を通じて、サービス産業で働く人々のスキルや実績を“ポータブル化”することを狙っています。
 アプリの個人IDには、その人のスキルレベルや、同僚やお客さまからの評価といったデータが蓄積されていきます。我々のソリューションを導入する企業が増えれば、それがフェアな職務経歴書のような役割を果たすようになります。
 サービス業で最も大事なのは人間性ですが、それは経歴書からは見えない。しかし、このIDを持ってサービス業界の中を行き来できれば、人間性やこれまでの知識や経験が評価され、時給やボーナス、等級として反映されていきます。
 企業側にとっては、良い人材を外さず採用できるようになり、また、店舗間での欲しい能力を持った人材のシェアリングにも活用できます。1店舗で人材が充足する時代はもう来ません。店舗間での人材シェアは、サービス産業の危急の課題と言えます。
 こうした好循環がサービス産業全体に広まれば一店舗、一企業の労務改革にとどまらず、日本の労働市場の健全化にも結びつくと考えています。
宮坂 もともと学生や主婦のアルバイトなど、いろいろな立場の人が働く産業ですが、都市部のチェーン店は外国人スタッフがとても多くなっているなど、最近では人材のダイバーシティ化が非常に進んでいます。
 そうなると日本語のマニュアルだけではスタッフ育成ができないし、日本人同士ならではの「阿吽(あうん)の呼吸」も通用しません。
日本のサービス業は人材の多様化が急速に進んでいる(写真はイメージ。Fast&Slow / PIXTA)
染谷 おっしゃるとおりで、特に都内のコンビニでは20カ国の人々が働いていると言われているほどです。「はたLuck®アシスト」は数字に基づく生産性向上のツールですから、言語の壁がありません。また、外国人スタッフの育成に映像教材を用いるなど、人材の多様性に対応したマネジメントをワンストップで支援します。
 サービス産業の課題を解決することは、日本が抱えている課題の改善にダイレクトにつながっていくのです。
世界観を売り、サービスの価値を上げる
──サービス産業の課題解決に向けて、何が必要でしょうか。
染谷 一刻も早くプロダクトを完成させて事業を拡大するためには、エンジニアの採用とともに、継続的にアプリを活用してもらうためのカスタマーサクセスの実現が不可欠になります。そのためのチームづくりが急務だと考えています。
 体制を早くつくらないと、巨大な店舗数に私たちの組織が耐えられなくなってしまう。ここでGMO VPからの出資もいただいて、人の採用とビジネスモデルの確立を進めていきます。
宮坂 勝ち筋は見えていますから、あとはスピードに尽きると考えています。やはりプロダクトが一番重要なので、それを支えるエンジニアの採用支援、ビジネスモデルのブラッシュアップなど、できるサポートはどんどんしていきたいと思っています。
染谷 良いサービスは、お客さまとスタッフがともにつくる、共創だと言えます。サービスする側は時間や労働力ではなく店の世界観を売り、顧客はそれに見合う対価を払います。幸せなサービスの形を実現するために、KMWはプロダクトで現場をアシストし、日本のサービス立国化を後押ししていきます。
ナレッジ・マーチャントワークスの事業詳細、コンタクトはこちらから。https://kmw.jp/
■ミニストップ 管理本部 人事部部長 板東功太郎氏
「小売・サービスの現場をITを使って、価値を高めたいとの強い想いに共感しております。現場を大きく変えていきましょう!」
■イオンイーハート 管理本部 人事総務部部長 上之原あけみ氏
「外食の小型店店長が『ぜひ使いたい!』と思う機能ができるのを期待しています」
■大丸松坂屋セールスアソシエイツ セールスソリューション事業統括部 百貨店販売事業部部長 藤原恵氏
「日本のサービス業のプレゼンスを上げたいという、染谷社長のパッション、志の高さにほれ込んでいます。日本のサービス業を大変革してください!」
■ライクスタッフィング 代表取締役社長 内田哲生氏
「染谷さんの接客の現場やそこで活躍する人の想いを大切にする姿勢から勉強させてもらっています」
■ライク 取締役 我堂佳世氏
「サービス業の知見が豊富で、保育・人材・介護の当社との相性も良いです。これからもよろしくお願いします!」
■イオンファンタジー 人事総務本部 人事グループ ゼネラルマネジャー付 山下和之氏
「ここまで店舗サービス業を熟知し、課題解決に真正面から取り組んでいる会社はありませんでした」
■ドトールコーヒー 管理統括本部 人事部部長 平本智也氏
「KMWが開発しているツールは、店舗事業に携わる人間の要望をうまく捉えた設計だと伺っており、リリースが待ち遠しいです」
■レオス・キャピタルワークス 代表取締役社長 最高投資責任者 藤野英人氏
「“現場が大事”といいながら、現場のことがわからないケースは多い。また、現場の人たちは増えるマニュアルの前にぼうぜんとしている。そんな、どこにでもある流通・外食業の悩みを解決することは社会的意義があり、ビジネスチャンスも大きい」
■ミダスキャピタル シニアパートナー 片岡尚氏
「染谷社長には私の前職(イオンファンタジー)時代にフィロソフィーの再整理と人事制度改革でお世話になり、その後お互いに相談に乗りあう友人になりました。KMW社のテクノロジーと情熱がサービス産業・小売産業の未来へ大きく貢献すると期待しています」
(編集:呉琢磨、構成:横山瑠美、撮影:Atsuko Tanaka、岡村大輔、デザイン:星野美緒)
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