小売の将来を左右する「予測の勝負」

アマゾン・ドットコムは以前から倉庫での商品の運搬にロボットを活用してきた。そして今、自動化が同社のホワイトカラーの社員にも変化をもたらしている。
主要なブランドとの大規模な取引の交渉を担う年収10万ドル以上の社員たちが、買い物客の需要を予測し、価格を検討するソフトウエアに取って代わられているのだ。
小売業界で勝敗を左右する在庫に関する決断において、機械が人間を凌駕している。
書籍やゲーム、プール用のおもちゃまで、商品の販売数を決める社員は厳しいリスクを負っており、注文数が少なすぎれば販売チャンスを逃し、逆に多すぎれば損失の出る在庫一掃セールを迫られる。
顧客の行動を長年追跡して精度を上げた自社のアルゴリズムによって、アマゾンはこの「予測の勝負」でますますリードを広げている。
また、アマゾンの小売事業の成功に最も貢献した社内の2チーム間で続いてきた競争でも勝者が決まったようだ。
同社の元社員と現社員らによれば、業界の人脈を駆使してアマゾンにブランドを呼び込み、Eコマースの大国を築くのに一役買った小売チームは今、マーケットプレイスを運営するチームに統合されつつあるという。
アマゾンのマーケットプレイスは、インターネットにアクセスできれば誰でも、人とやり取りすることなく自社の商品に値を付け、売り込み、販売することができる自動化されたプラットフォームだ。

リソースと専門性でライバルを圧倒

同社ではここ数カ月、複数の幹部が退職したり元の役職に復帰したりしているが、クラウドサービス部門を持ち、AI(人工知能)の分野で卓越した技術を誇るアマゾンが、しかるべき仕事を機械に任せることに驚く人はほぼいない。
アマゾンは今後、小売事業の管理により少数の人材しか必要としなくなるだろう。同社に追随するだけでも莫大なコストをかけているウォルマートやターゲットに対して、明らかに有利だ。
「このことが、アマゾンがただならぬ巨大企業である所以だ」と、サンディエゴ大学のジョエル・サザーランド教授(サプライチェーンマネジメント)は言う。「信頼性と正確性を高めつつ、工程から人を最大限排除するためにあらゆる新技術を集めるリソースと専門性を持つ企業は他にない」
アマゾンは、顧客サービスの向上のために雇用を生み出し、かつ自動化を進めていると主張する。
「われわれは、アマゾンで商品を販売しているブランドやリセラー向けの製品やツール、サービスの標準化に取り組んでおり、その結果として組織的な変更が行われた」と、同社は声明で述べた。さらに、昨年は全世界で1万6000件の求人を出し、13万の職を新たに創出したと付け加えた。

需要予測や商品の注文、価格交渉も

アマゾンが小売チームの業務の自動化に乗り出したのは数年前。「hands off the wheel」(ハンドルから手を離す、任せるの意)と呼ばれる戦略のもと、需要予測や商品の注文、価格交渉などをアルゴリズムに任せるようになったと、事情に詳しい人々は明かした。
当初はAIの決断を社員は簡単に無視することができた。たとえば、ブランドからある商品のキャンペーンをすると知らせがあれば、マネジャーはアルゴリズムが予測しなかった需要の高まりがあると見込み、注文を増やすことができた。
しかし、AIが自らの正しさを証明するにつれ、こうした行為は奨励されなくなっていったと関係筋は言う。AIの決断を否定する場合は、自身の判断が正しいことを証明しなければならなくなり、自動化が進むにつれてそうした社員の意欲は失われていった。
「自動化されるべき仕事に多数の高収入の社員が多くの時間を費やしていることに、アマゾンは気がついた」と、2014〜2016年にアマゾンのベンダーマネジャーを務めたエレイン・クウォンは言う。
テクノロジーが向上するにつれて、それに対する信頼性は高まっていった。社員らは、在庫の集計の管理といった退屈な仕事をより素早くより正確にこなすAIに任せることを歓迎した。
これは、取り扱う商品を書籍から電化製品、おもちゃなどにまで拡大しようとしていた当時のアマゾンからの、非常に大きな転換だ。
新興企業だったアマゾンは、自社のサイトで商品を販売するよう各ブランドを説得する必要があったため、一流大学の卒業生やサプライヤーとの人脈を持つ従来の小売業者の元社員らを採用した。ほどなく主要なブランドがアマゾンで販売を始め、結局は何百万という商品がアマゾンのサイトで売られるようになった。

マーケットプレイスの成功

その間にアマゾンは、仲買人の数を少なくし、商品を購入するリスクを減らす新しいビジネスの手法も編み出していた。
2000年にローンチしたマーケットプレイスは、軌道に乗るのに10年を要した。しかし、プライム会員と、出品者の商品の管理から物流までを代行する「フルフィルメントby Amazon(FBA)」の登録件数が増えたことで、マーケットプレイスのプラットフォームには小売チームの助けなしに商品が続々と集まった。
小売の中心がシフトし、メジャーブランドの多くが買い物客で賑わうアマゾンへの出店を望んだ。
重要な転機となったのは2015年、マーケットプレイスで販売された商品の総額が小売チームの売上高を上回った時だと、事情に詳しい人々は指摘する。
はるかに多くの社員を擁する小売チームは、自分たちの重要性が薄らぎ、「アマゾン ウェブ サービス(AWS)」やアレクサなどの事業に資金が注がれるのを目の当たりにした。
アマゾンの財務に詳しい人物によれば、マーケットプレイスの営業利益率は10%で、小売事業の5%の2倍に上った。また、小売事業は多くの海外市場で黒字になったことがないという。

膨大なインプットで賢くなるアルゴリズム

アマゾンの小売チームではなく、自分たちで価格や掲載画像、商品説明を管理できるマーケットプレイスでの販売に多くのブランドが関心を持つようになっている。
小売チームは2年ほど前、別の重要な業務も失った。タイムセール「Lightning Deals」の条件を主要なブランドやメーカーと交渉することだ。このセールはホリデーシーズンや母の日、父の日などによく実施され、短期間で多くの商品が販売される。
メーカー各社は現在、アマゾンのベンダーマネジャーと話す代わりにアマゾンのポータルサイトにログインするだけでいい。そこで提示された取引をアマゾンが受け入れるかどうかや、商品の発注数が決定される。
おしゃべりも意見交換も一切ない。社員が膨大な時間を費やして行っていた需要予測やマーケティング戦略の立案、取引の交渉は現在、AIに委ねられ、効率性がかなり高まった。
「コンピューターは何をいつ購入し、取引を提示すべきときと提示すべきでないときを知っている」と、アマゾンの元幹部で現在はジョンソン・エンド・ジョンソンのサプライチェーンを管轄するニール・アッカーマンは言う。
「膨大なインプットを受けとっているアルゴリズムは、つねに人間よりも賢く機能している」

自動化の波が奪ったものとは何か

自動化の波は必然的に、小売の仕事の魅力を社員から奪ってしまった。
最短1時間で配達する「プライム ナウ」や無人のコンビニ「AmazonGo」といった画期的なプロジェクトを立ち上げたこのチームのメンバーが取り組む業務は減っている。今年初めには異例のレイオフが実施され、昨年11月には生鮮品宅配事業「アマゾンフレッシュ」が縮小された。
アマゾンの小売事業における最近の変化は、革新的というより伝統的だ。昨年にはホールフーズ・マーケットを買収、百貨店のコールズや家電量販大手ベストバイとも提携した。
こうしたことが、長年勤めた幹部を含め一連の社員の退社や配置転換の背景にある。今年初めにはマーケットプレイスを率い、AI事業でも重要な役割を担っていたセバスチャン・ガニンガムが去ったことで、小売とマーケットプレイスのチームの統合が加速した。
小売チームの元社員のなかには、雑然としたアマゾンのサイトで自社製品をアピールしたがっているメーカーやブランドの仕事を請け負う者もいる。
アマゾンの元ベンダーマネジャーのクウォンは、Eコマースのマネジメントとソフトウエアの会社「Kwontified」を立ち上げた。同社はファッションとビューティー関連の企業に対し、アマゾンを含むメジャーなプラットフォームで商品を販売する支援を行っている。
「アマゾンは競争が非常に熾烈で、過密状態だ」とクウォンは言う。「各ブランドは戦略を持っていなければならない」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Spencer Soper記者、翻訳:中丸碧、写真:©2018 Bloomberg L.P)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.