超・集中状態に入る準備。脳を休め、心のノイズを消すには? 

2018/7/1
お坊さんバラエティ番組「ぶっちゃけ寺」(テレビ朝日系)を立ち上げ、出演。僧侶として、よりよく生きる智慧としての仏教を広く伝えてきた僧侶・井上広法氏。東京学芸大学で臨床心理学を専攻した経験を生かし、2014年からマインドフルネスをベースとしたワークショップ「お坊さんのハピネストレーニング」を全国各地の寺院・学校・企業で開始。

「働き方改革」という言葉も耳慣れてきた今、ビジネスパーソンたちは心身ともに充実した日々を送れているのか? 生産性を上げ、オンオフともに豊かな生活を送るための仏教発のメソッド、マインドフルネスの活用法を伺った。

仏教は「ストレス・コーピング」のメソッド

「四苦八苦」という言葉があります。
これは、「生まれること」「老いること」「病になること」「死ぬこと」「愛する人との別れ」「会いたくない人と会うこと」「欲しいものが得られないこと」「生きていることで苦しみが次から次へと湧き上がってくる苦しみ」──合計8つの苦しみを包括して表した仏教用語です。
この四苦八苦への対処が、仏教の教えすべてといってもいいほどです。
いかにして、これらの苦しみへの対処(コーピング)をしていくか? 
そのさまざまな実践が2500年にわたって続けられています。
その中でも科学的にその効果が検証され始めてきて、かつ世界的に広がりをみせているのが仏教ルーツの「マインドフルネス」。
私自身の紹介になってしまいますが、栃木県宇都宮市にある浄土宗の寺に生まれ、仏教系大学で浄土学を専攻したのちに、別の大学で臨床心理学を専攻してきました。
卒業後も、「仏教を科学的な側面から再解釈できないだろうか?」という探求心でグリーフケアを中心に学んできました。
ちょうどそのころ、日本に「マインドフルネス」という概念が上陸。予防医学と密接なかかわりがあり、脳科学的にも検証されていることを知った時、大きな可能性に胸を膨らませました。
まさに仏教が科学的に再解釈され、現代人に対して広くその有効性が立証され始めていると──。

ビジネスパーソンに「マインドフルネス」を届けたい

それから数年後。私は全国各地のビジネスパーソン向けマインドフルネス研修の現場に立っています。
ビジネスの場とは本来程遠かったはずの私たち僧侶が、ほぼ毎週のようにさまざまな企業や団体でマインドフルネス研修に招かれています。
研修を受けてマインドフルネス瞑想を習慣化した方からは、こんな声が寄せられました。
「自分の心がこんなにも揺らぎやすいのか、という発見がありました。自分の頭の中の雑念をメタ認知できるのがマインドフルネスのメリット。今では、周囲からのストレスに心が揺れても、自分の意図で目の前のタスクに集中できるようになりました」(30代)
「休日の過ごし方が変わりました。今まで土日は家でゴロゴロして過ごすのがほとんど。でも、今では早起きして近くの公園を散歩して、瞑想してます。週明けはスッキリした頭で働けるようになりました」(30代)
「資料を読み込むスピードが格段に向上しました。今まで雑念にとらわれていたのだ、と振り返っています」(20代)
法人向けのマインドフルネス瞑想研修を展開するcocokuri主催のマインドフルネス体験セミナーにて。井上氏はマスターコーチを務める(写真:奈良岡崇子)
「働き方改革」が推進され、残業規制がどれだけ厳格化されても、そもそもの仕事量は変わりません。一体、変わらない仕事量を減少された勤務時間でこなすにはどうしたらいいのでしょうか。
その鍵は「集中力」。そのトレーニングに、マインドフルネスを応用しています。
そこで、まず集中力を切り口に、マインドフルネスについて簡単に触れてみます。
マインドフルネスを簡単に説明すると「今“この瞬間”に意図的に意識を向け、評価・判断せずにいる心の状態」です。
また、マインドフルネスに流派は存在しないというのが、特徴だと考えてます。
ただし、入り口(目的)はそれぞれです。悟りを求めたい人から、パフォーマンスを上げたい人、ストレスを減らしたい人や幸福度を高めたい人など……。

集中を邪魔する「マインドワンダリング」とは

私たちの心は、なかなか「今」に意識を向け続けることが難しい。ついつい未来のことを不安に思ったり、過去のことを後悔したりしてしまいます。
このように、心が未来や過去をむやみに往復してしまい、肝心な「今」という瞬間に留守になってしまうことを「マインドワンダリング(Mind Wandering)」といいます。
ある調査によると、平均的に1日の約50%がこのマインドワンダリング状態だといわれています。
このマインドワンダリングをいかに減らして、「いまここ」に意識を向けられる状態を増やしていくかをトレーニングしていきます。
その実践方法が「マインドフルネス瞑想」です。マインドフルな状態を増加させるためのトレーニングという位置付けです。
したがって、瞑想するのがゴールではなく、いつでもマインドフルにいられるようになるのが目的です。
さて、より詳しくマインドフルネス瞑想について解説します。
上記の①~⑧のサイクルを回すことがマインドフルネス瞑想です。
さて、先ほど触れた「集中力の向上」ですが、⑦の「雑念が湧いていることに気づいたら、ジャッジせず呼吸に意識を戻す」という部分がポイントです。
つまり、心に雑念が湧いてしまったときに、「呼吸を観察する」という行為に意識的に戻ることを繰り返すことで、集中力が養われるのです。
例えば仕事中に雑念が湧いた時、パートナーや家族のことが気がかりな時、あるいは誰かから不意な連絡があった時。
このトレーニングを行うことで、脳をシャワーで洗うがごとく雑念をスッキリさせ、それまで行っていたタスクに意識を容易に戻せます。
集中力が向上すれば、単位時間あたりの作業能力が高まり、生産性が向上する──という仕組みになります。

意図的に脳を休めることができる

このような、いたってシンプルな手段であるマインドフルネス瞑想。実は最近、脳科学の分野から驚くような指摘がされています。
それは「マインドフルネスが脳を休める」ということです。
簡単にご説明すると、雑念時の脳の状態を「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN:Default Mode Network)」といいますが、この状態が非常に多くのエネルギーを消費しているということが報告されています。
その状態を、意図的に抑えることができる。つまり、マインドフルネス瞑想によって脳を休ませることができるという指摘です。
(写真:fizkes/iStock)
また、反芻(はんすう)思考も抑えることができるという報告もあります。反芻思考とは、例えば過去に行ってしまった失敗やトラブルなどを何度も頭の中で繰り返し考えてしまうこと。長くこの状態でいると、鬱(うつ)のリスクが高まるといわれています。
この反芻思考は、すべて雑念に該当します。ですから、その苦しい過去の経験や悩み事が頭の中を満たしてしまっても、そこに気が付いて意図的に離れるトレーニングもマインドフルネスは含んでいます。
そのように、心の中に次から次へと湧いてくる苦しみを手放すことによって、自然に心が和らいできます。

絶対に失敗しない瞑想のタイミング

マインドフルネスを習慣化すると、自分のコンディションの変化に意識が向くようになります。自分自身に常日頃から「気づき」を向けることで、体調の微細な変化にも鋭敏になります。
たとえば瞑想中、眠気が強すぎるときは、睡眠の質を改善する必要があるかもしれません。
少し邪道かもしれませんが、ここでおすすめするのが「眠りにつく前の瞑想」です。ベッドの中で横になって、マインドフルネス瞑想を行います。
「そんなことをしたら眠ってしまうではないか」という指摘もあるでしょう。しかし、それでいいのです。この瞑想には失敗がありません(笑)。
なぜなら、もし途中で眠りに落ちてしまったら「熟睡」が得られるから。仮に眠りにつくことができない場合は、「瞑想」の時間が得られます。どちらに転んでも、結果オーライです。
このようにゆったりとした態度がマインドフルネス全般には重要です。マインドフルネスによって自分のパフォーマンスを最大化しよう、集中しようという姿勢が強ければ強いほど、マインドフルネスとは遠ざかってしまうきらいがあります。

今後、マインドフルネスは必須になる

最後に、私の所見を述べたいと思います。
今、世界はこれまで経験してきたことのないスピードで変化しています。極論すれば、昨日までの常識が今日には非常識になってしまいます。
またAIの進化によって、私たちの働き方も生き方も、多様性を求められる日がそう遠からずくるはずです。「働き方改革」と声高に叫ばれて久しいですが、まだまだスタートに立ったばかりなのです。
それら劇的な環境の変化に心を振り回されることなく、しっかりと集中する。
「今」を過ごすこと、そして心が疲れた時にはしっかりとその休息を行う術を知っていること──。
(写真提供:cocokuri)
このような生き方が、もはやベターではなく“マスト”になってくるのではないかと考えています。
(編集:奈良岡崇子 デザイン:九喜洋介)