開発歴2年目のヒットメーカーに聞く「本麒麟」1億本ヒットの舞台裏

2018/6/29
キリンビールが3月に発売した「本麒麟」は、発売後わずか3カ月で1億本(※350ml換算)を売り上げた13年ぶりの超大型ヒット商品だ。その開発を担当したのは、開発歴2年目の若手社員、京谷侑香氏。
年々縮小傾向にあるビール類市場において、なぜ「本麒麟」はここまで大きな成功を収めることができたのか。「本麒麟」開発にはどんな試行錯誤のドラマがあったのか。京谷氏の視点から、ヒットが生まれた舞台裏を見ていこう。

「のどごし<生>」に匹敵する驚異の売れ行き

キリンビールが新たに世に送り出した新ジャンルは、この10年で10商品以上あります。「1億本」という数自体は、継続して販売していればいつかは到達する数字ですが、「本麒麟」は発売後3カ月でそれを突破しました。このペースは、ロングセラー商品「のどごし<生>」以来、13年ぶりの記録です。
売り場でも缶の赤い色が目立つと評判の本麒麟。詳細は画像をタップ
私たちの正直な感想を言えば、「まさかここまで売れるとは」。
久々の大型新商品ということで、かなりストレッチングな出荷計画を立てていたのですが、売れ行きが計画を上回り、発売2週間目には店頭欠品が続出しはじめました。
結果的に出荷調整となり、全国のお客様、お得意先様にご迷惑をおかけしてしまったのは、私の反省点です。急きょ、当初6工場で生産していたものをキリンビールの全9工場に拡大して環境を整えました。
新ジャンルに限らず、ビール類全体で主力商品はほぼ固まっているし、最近では限定品も毎週のように見かけます。つまり、商品はほとんど飽和状態。
そんな状況下にあって、この早さで記録を達成できたのは、「本麒麟」がお客様の求める味の「ど真ん中」を追求した商品だからだと思います。
「のどごし<生>」の誕生から13年。ビールと比べてお求めやすい価格の新ジャンルはお客様の生活に定着しました。実際、新ジャンルを愛飲されている方々にアンケートを取ると、「満足している」と答える方が多いのです。
とはいえ、「本当は日常的にビールを飲めたら最高だよ」という声があるのも事実。
そして、今後、段階的に税率が変更され、2026年にはビール、発泡酒、新ジャンルを同一税率にすることが予定されています。つまり、新ジャンルの価格が上がってしまう可能性が高いのです。
お求めやすい価格でビール類を楽しみたいと感じてくださっている方にとって、これは厳しい状況です。そして、価格差が小さくなれば、新ジャンルに求められる満足度はこれまで以上に高まるでしょう。

おいしさに妥協しない新ジャンルをつくりたい

新ジャンルは、量販市場ではビール類の売り上げの5割近くを占める、お客様の生活に一番近いビール類です。だからこそ、日々、心からおいしいと思っていただけるブランドをつくらなければ。
「本麒麟」は現状を打破し、ビール類の魅力を底上げするような新ジャンルをつくりたいという想いからスタートしています。
新ジャンルを飲用しているお客様にその良さを尋ねてみると、「ゴクゴク飲みやすい」という声が。一方で、同じ方々にビールのおいしさについて聞いてみると、「味がしっかりしている」「コクと飲みごたえがある」という声もありました。
そこで、多くのお客様に愛されるよう、「力強いコクと飲みごたえが味わえるキリンの最高品質新ジャンル」とコンセプトを定めました。
味はわかりやすくおいしく、パッケージもそれを体現したものにする。CMを含めたプロモーションでも、「ど真ん中」の商品であることをとにかくわかりやすく伝える。
我々にとって判断基準は一つだけです。「自分だったら、この本麒麟を魅力的に感じるか(買いたくなるか)」。そのために、商品開発は、中味開発の中村、デザインの高城、そしてブランドチームで、発売の1年以上前から試行錯誤を繰り返してきました。

「ビール好き」が納得するおいしさを目指して。3つのこだわり

味には「ビール好きを納得させたい」という想いで徹底的にこだわりました。
「キリンラガービール」と同じドイツ産ホップを一部使用し、ヒノキの爽やかな香りと上質な苦みを楽しめるものに。「ビールらしい飲みごたえ」を目指し、アルコール度数は6%を採用。キリン伝統の低温熟成期間に当社主要新ジャンル比で1.5倍の時間をかけ、雑味を抑え、コクがより感じられる味わいに。
また、「本麒麟」の大胆な色使いについては社内でも「秋の限定品に見える」「強烈すぎる」「味が想像しにくい」などの意見もありました。しかし、赤はキリンのコーポレートカラーであり、親和性が高く、私たちの情熱や覚悟を表現するのにピッタリだと確信していました。
今回私たちはキリンビールにしかできない最高品質を目指す。ならば、私たちの固有性をアピールするデザインでなければいけません。聖獣と商品名の「本麒麟」の文字を含めて、メインカラーを赤にすると決断しました。
赤いラベルは白や黄色が多い新ジャンルの中ではかなり目を引くので「店頭で目に飛び込んできた」というお客様の声も多く寄せられています。
デザインから想像する味と実際の味に乖離(かいり)がないか等、開発メンバーで調査と検証を繰り返し、何度も何度も「これで本当にお客様が飲みたくなる商品になったのか」と問いかけました。
味・デザインともに、これまでの新ジャンルとは一線を画すものを目指した「本麒麟」。テレビCMを見ていただければわかると思いますが、本当に「本麒麟」はうまいんです(笑)。

もっともっとビール類を魅力的にしていきたい

発売日に、私が店頭で売り場を作っていたときのことです。
夜の9時ごろ、その日最後の店舗で商品を並べていると、お客様に声をかけられました。そのお客様はサンプリングで本麒麟を気に入られたらしく「これ、先週飲んだんだけど、うちの近くのスーパーにまだ入ってないから、今すぐ入れて」と、ものすごい勢いで言われました。
私たちの目指していた方向性は間違っていなかった。「これで本当に買ってもらえるのか」と不安になり、真っ赤な夢を見たこともありましたが、最後の最後に直接お客様の声を聞いて、自信がわいてきたのを覚えています(苦笑)。
発売後は「おいしい!」という手書きのお手紙もいただいたんですよ。あれだけこだわって作ったものなので、こういった「ど真ん中」のお褒めの言葉は売り上げ以上にうれしいです。
ビールメーカーに勤めるくらいですから、私はビール類に並々ならぬ想いを持っています。「生活のこういうシーンに合います」というよりも、ビール類自体に特別な力があると信じているんです。
乾杯に象徴されるように、人と人をつなげるのがビール類。だからぬくもりがある。
そして、幸福感。楽しかった一日はさらに楽しくなって終われるし、すごく疲れた日でも、飲んだら「まあいっか」と忘れられる。酔っ払って、楽しくなるのなんて当たり前だという人もいるかもしれませんが、ほかのお酒で酔うよりもちょっと明るくなれる。
私はその感覚こそがビール類の価値のど真ん中だと考えます。「本麒麟」はそこを捉えていきたい。「ビールって楽しいじゃん」という価値を、もっともっと多くの人に深く伝えたい。
今、楽しいことは世の中にいっぱいあって、お金を使う機会も無限にあります。このご時世に、日常的にビール類のためにお金を使ってくださっていること自体、私はとてもありがたいことだと感じています。
だからこそ、「ビール愛」が強い方々の気持ちを裏切らないために、もっともっとビール類を魅力的にしていきたい。そしてここだけの話、(個人的に)今一番魅力的なビール類が「本麒麟」です(笑)。
(執筆:唐仁原俊博 編集:大高志帆 撮影:片桐圭、加藤ゆき デザイン:星野美緒)