コールセンターに代わる「つながり」。コミュニケーション革命の仕掛人たち

2018/6/28
トランスコスモスとLINEの合弁会社として設立したtranscosmos online communicationsは、LINEビジネスコネクトなど、企業とユーザーのより良い関係構築を実現するさまざまなソリューションサービスの提供を行ってきた。さらに昨年、Salesforce Venturesも資本参加した。「KANAMETO」という新しいソリューションを軸に、企業活動の支援だけでなく、いじめ相談窓口、自治体から住民向け情報発信などもスタートしている。
得意分野の異なる3社が、なぜ協業にいたったのか。企業とユーザーのコミュニケーションスタイルを一新させるTOCの取り組みを見ていこう。
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「LINEだけ」では実現しなかったLINE活用構想

2011年6月にリリースされ、丸7年が経過した「LINE」。それを提供するLINE株式会社が、トランスコスモス株式会社とともに2016年5月に設立したのが、transcosmos online communications株式会社(以下、TOC)だ。
LINE株式会社執行役員の古賀美奈子氏はTOC設立時を振り返りこう話す。
「当時、すでにLINEは多くの人にとって日々の生活に欠かせないアプリになりつつあり、私たち自身も個人・法人を問わず、LINEの活用にはまだまだ可能性があると感じていました。
ですが、企業と顧客のコミュニケーションにLINEをもっと活用してもらうという構想を、私たちが単独でサービスに落とし込むには限界があったのです」
LINE株式会社は法人向けのサービスとして、2014年2月にLINE ビジネスコネクトをリリースした。これは、企業向けにアカウントを提供し、各種機能を企業がカスタマイズすることで、顧客とのコミュニケーションや企業のシステム・データとの連動サービスを可能にするものだ。
しかし、LINE株式会社CRMソリューション室の杉本浩一マネージャーは、リリース後しばらくは手探りの状態が続いたと話す。
「今でこそLINEを使ったお客様サポートやいじめ相談が実現できていますが、類似サービスが存在しないからこそ、LINEでユーザーが企業に問い合わせをする、企業からユーザーにプロモーションをかけるといっても、その体験を具体的にどう作っていけばいいのかがわからない状態でした」
既存のサービスを充実させ、また新しいサービスを立ち上げるために、お互いの強みを生かせるようなパートナーと協業できないか。そこで浮かんだのがトランスコスモスだ。
当時すでにトランスコスモスはチャットでのサポートサービスをスタートさせており、またLINEの法人向けサービスの販売代理店でもあった。社員が技術交流のためにLINEに出向するなど、両社の関係が深くなっていたという背景もある。
「トランスコスモスは言わずもがなコールセンターの最大手です。私たちには知見もノウハウもまったくない分野で多大な蓄積を築いている。
そんなトランスコスモスとなら、私たちの想像を超えるアプローチの仕方やサービスの仕組みを一緒に生み出せるかもしれないと考えました」(古賀氏)

カスタマーサービスを変える挑戦は「諸刃の剣」

しかし、トランスコスモスとしては葛藤もあっただろう。
通常、コンタクトセンター(コールセンター)で1人のオペレーターが同時に対応できる顧客は1人だけ。ところが、通話がチャットに置き換われば、質問内容によっては、1人のオペレーターが同時に数名の顧客対応をすることもできる。
LINEと組んで、さらに顧客の利便性に優れたサービスを誕生させれば、結果としてオペレーターの需要は減少し、ひいては収益の減少につながる可能性があるのでは。トランスコスモス上席常務執行役員 兼 TOC社長の貝塚洋氏はこう話す。
「当時はトランスコスモス内部でも、LINEとの協業については『タコが自分の脚を食べるようなものではないか』という声もありました。とはいえ、世の中を見ていれば、技術革新によって従来のコンタクトセンター業務がチャットに取って代わられるのは火を見るより明らかです。
ならば、コンタクトセンターのLINE化で社会システムを変革しよう。そして、ファーストムーバーアドバンテージを得るためにも、誰よりも先に動こうとトランスコスモス代表取締役社長兼COOの奥田昌孝が決断。
電話で受付しているコンタクトセンターにすべてLINEを導入していくというミッションを掲げ、TOCを設立することになりました」
2社で立ち上げたTOCにセールスフォース・ドットコムが合流したのが2017年10月だ。
セールスフォース・ドットコムは、もともと営業支援ソリューションのベンダーであり、企業と顧客との接点をクラウドのソリューションで改革することをビジョンとして掲げている。
カスタマーサポートのあり方を変えていこうという2社が作った流れに、企業プロモーションのイノベーターが加わったかたちだ。
「企業とユーザーとのコミュニケーションのスタイルはどんどん変化しています。『営業対顧客』というスタイルから、コンタクトセンターの『エージェント対顧客』になり、さらにEメールや、モバイルアプリのプッシュメッセージというデジタルな接点が出現しました。そしてLINEの登場により、これまでにないスタイルが生まれようとしている。
セールスフォース・ドットコムが提供するクラウドプラットフォームと、LINE ビジネスコネクト、LINE カスタマーコネクトを連携させられれば、間違いなく企業とユーザーをつなぐ最強のコミュニケーションプラットフォームが作れる。
そう確信して、セールスフォース・ドットコムもTOCに参画することにしました」(セールスフォース・ドットコム 笹俊文専務)

企業課題だけでなく社会課題も解決するために

こういった各社の思いを形にしたのが、TOCが昨年9月にリリースした「KANAMETO」だ。
「LINE@プロ(API)」と簡単に連携し、コンタクトセンターのLINE化に必要な1:1トーク機能、お友達の属性情報を取得するアンケート機能、顧客データベース機能、属性別セグメント配信、トーク受付時間外にも緊急情報を受付ける通知機能を兼ね備え、既存のツールと比べて、安価で便利な機能を装備し、遥かに効率的で、効果的なアカウント運用を可能にする。
「以前は、『ハガキでアンケートに答えて景品をもらおう』といった趣旨のキャンペーンをよく見かけました。しかし、ハガキに記入したり、投函したりするのを手間に感じる人も多かった。
その点、LINEのアンケート機能はスマホで完結する手軽さがあり、反応率が約2倍になるというデータが出ています。回答が集まる量も多く、より多くの属性データを集められる。うまく活用すれば、広告を打ったときの効果が非常に高くなります」(杉本氏)
KANAMETOについての詳細は画像をタップ
ビジネスだけではない。細かなセグメント分けとメッセージ配信は、より生活に密着した情報のやり取りも可能にする。
熊本市とLINEは「情報活用に関する連携協定」を締結し、今年3月、熊本市のLINEアカウントを開設した。このアカウントでは「KANAMETO」を活用し、校区単位で地域情報を発信するほか、「復興情報」「イベント情報」「健康情報」「子育て」「高齢」「障がい」「しごと」など、暮らしに必要な情報を発信。
そのなかから、自分に必要なものだけを受け取ることが可能だ。万が一の有事の際には、被災状況や避難所等の情報をスピーディーに配信することもできる。
こういった取り組みが広がれば、たとえば子どもの生年月日を登録しておくだけで、健診や予防接種の案内がLINEで届くようにもなるだろう。行政のホームページで、自分が必要とする情報をいちいち探す必要はなくなる。
「LINE ビジネスコネクト」はシステム開発のために1000万円単位の投資が必要な場合もあり、それが可能な大企業向けのソリューションと認識されることが多かった。
一方「KANAMETO」は、コンタクトセンターとして、またマーケティングとしてセグメント配信するための必要最低限の機能を兼ね備え、初期費用、月額料金ともに7万円。これなら、中小企業や地方自治体であっても、十分に利用が可能だ。

コールセンター誕生以来の激動期が始まった

貝塚社長は現在のTOCを「ワクワクする毎日の連続だ」と語る。
「インターネットの急拡大とともに、一人一台のパソコンや携帯、スマホが技術革新のスピードと共に急速に普及し、一気にコンタクトセンター市場が成長した際も、大きな可能性をもつソリューションをどう発展させていこうかという興奮があったはず。
現在、私たちはそのとき以上の可能性を手にしています。既存の市場を拡大させるのではなく、新しく市場を作る開拓者として、日々、いろいろな案件の報告を聞いていると、全部私自身の手で進めたいくらいに楽しいんです(笑)。
いよいよこれからKANAMETOも本格展開。一緒に働いてくれる正社員とKANAMETOの販売代理店を募集し、デジタル広告の販売代理やWEBの制作、運用等を手掛けている企業からの問合せを受け付けていきます。
異なる得意分野を持つ3社の知見に触れながら、企業や社会の課題を解決し得る次世代のコミュニケーションをデザインする。これは、今のTOCでしかできない経験だと思いますよ(参考記事)」
さらに、3社とも海外にも拠点を持つため、国内だけではなく、海外展開も同時に見据えている。そのとき「おもてなし感が強みになるのでは」とは笹氏の弁だ。
「対面だと、お客様からクレームをいただいたあとに『実は新製品があるのですが』とはなりませんよね。しかし、多くの企業がクレームのメールを受け取っているのに、それとは無関係にキャンペーンのプッシュ広告を配信してしまう。
デジタルでのやり取りはそんなふうに分断されがちです。
一方、LINEのアカウントは一つで完結しているため、対面の心地よさをオンラインに持ち込むことも可能だと考えています。
連鎖するコミュニケーションをデータとして溜め込みながら、前のアクションを踏まえて最適な反応を返すことができれば、ユーザーにおもてなしを感じていただける。LINEが浸透しつつあるアジアで、そのおもてなし感も武器にして戦っていきたいですね」
個人間のコミュニケーションツールから、社会システムを変革し、社会課題を解決するインフラへ。TOCは、これからも「コンタクトセンターのLINE化」で世界を変えていく。
(執筆:唐仁原俊博 編集:大高志帆 撮影:片桐圭 デザイン:九喜洋介)