【武部貴則】医師が勧めるビジネスパフォーマンスを上げる習慣

2018/7/8

移植医療の現実を知り研究職へ

私は医師免許を有していますが、診療を行った経験がないため、“ヤブ医者”を自称しています。医師の仕事は「命を救う」こと。
でも、今、目の前でどなたかが脳卒中で倒れたとしたら、私は救急車を呼んで搬送することくらいしかできないかもしれません。
そんな私が医師として取り組んでいるのが、「LIFEを救う」ための研究です。東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年には、「命=LIFEを救う」という有り様を変えていきたいと思っています。
その背景には、2つの出会いを通じた出来事がありました。
武部貴則(たけべ・たかのり)/横浜市立大学先端医科学研究センター 教授、東京医科歯科大学統合研究機構
1986年神奈川県生まれ。2011年横浜市立大学医学部医学科卒業。13年にiPS細胞(人工多能性幹細胞)から世界で初めて「肝臓の芽(肝芽)」を創り出すことに成功。臓器再生医学の研究のほか、広告医学の普及に取り組む。
横浜市立大学医学部で学んでいた当時は、臓器移植に興味があり、外科医になろうと思っていました。卒業を間近に控えたころ、臓器移植術を学ぶために、アメリカのコロンビア大学に留学。そこで、日本人の男性患者さんと出会いました。
その患者さんは40歳で重篤な肝臓病を患っていたのですが、日本では治療の選択肢がなく、ご家族や仲間と募金を募って渡米。病状から臓器が優先的に提供され、手術も無事に成功しました。退院して帰国後はとても元気になられています。
ただ、こんなチャンスに恵まれるケースはごく稀です。アメリカでは年間約10万人が、臓器移植を待つ間に亡くなっているという現実があります。
私はこの患者さんの命を救えたという達成感と同時に、そうした厳しい現実への敗北感を抱きました。1人の命を救う陰には、多くの救えない命がある。それが、自分の志していた移植医療というものだということに気づいたんですね。
そこで私は、より多くの命を救うための医療を実現したいと考え、研究の道に進みました。

iPS細胞から「ミニ臓器」を開発

ここで少しだけ、私の研究テーマの1つ、再生医療についてもお話ししておきます。
私が医学部在学中だった2006年、京都大学の山中伸弥教授率いる研究チームが、iPS細胞の開発に成功しました。iPS細胞は「万能細胞」と呼ばれていて、私たちの体のすべてのパーツをつくり出す能力を秘めています。山中教授の大発明により、私たちは病と闘う武器を手にしたわけですね。
私はそのiPS細胞を使って、肝臓や腎臓といった臓器をつくる研究に取り組み、肝臓の小型版「ミニ肝臓」を創ることに成功しました。
ミニ臓器の研究についてはここでは割愛しますが、今年3月に放送されたNHKスペシャル「人体」の第6集「“生命誕生”見えた! 母と子 ミクロの会話」でご紹介いただいています。6月にはDVD化されるようですので、ご興味のある方はぜひ、再放送やDVDでご覧いただければと思います。
iPS細胞を使った再生医療は、臓器移植に代わる臓器不全の治療法として大きな期待が寄せられています。その一方で、より多くの方が患う病気、例えば生活習慣病で亡くなるような方を救うには、もっと違うアプローチが必要ではないか。そう考えるようになりました。
そのきっかけとなったのが、もう1つの出会いです。

新しい概念「広告医学」を提唱

もう1つの出会いとは、タレントの前田健さん。前田さんとは面識はありませんが、ある種の親しみがありまして。それはなぜかをお話しする前に、前田さんのある日のツイートを紹介させてください。
健康は大事、とわかっていながら健康のためにしていることは何一つない。まだ不摂生を嫌いになれない。不摂生への執着を捨てきれない。そんな44歳。
前田さんはこうつぶやいた約1カ月後、虚血性心不全で急逝されました。
前田さんに親しみを感じるのは、私の父や親族、恩師といった身近な人たちも、前田さんと同様の心疾患あるいは脳卒中を患った経験があるからです。みなさんの周りにも、そんな方がいらっしゃるかもしれませんね。
不摂生が悪いことだとわかっていても、改められない。そんな前田さんのような方は、世の中にたくさんいらっしゃいます。
そういう私も、脂肪肝や不整脈、糖尿病予備軍を指摘されていて、再検査を受けないままでいたら、給与を出せませんという勧告を受けてしまいました。
こうした健康に対するモチベーションが低い方は、命の危機に瀕したときに初めて、病院を訪れます。
でも、それでは手遅れになることもありますし、再生医療による治療では到底間に合いません。
これまでの医療では「命を救う」ことを追求してきましたが、前田さんのように生活習慣が原因で亡くなるような方には、命という意味でのLIFEの前に、日々の生活や人生をも含めたLIFEに対して、もっとできることがあるのではないか。
そうした思いが、冒頭でお話しした「命=LIFEを救う」というところにつながったわけですね。
多くの人のLIFEを救うためには、日常生活に溶け込むようなアプローチが必要です。
そこで、コミュニケーション・デザインという考えにもとづくクリエイティブな手法で、みなさんが自然に行動を変えて、健康になっていくように促す「広告医学」という概念を提唱しました。