【御立尚資×石川善樹】日本の美の原型は縄文土器と弥生土器にある

2018/6/22
NewsPicksの世界観を紙の雑誌にした「NewsPicks Magazine」創刊号が、6月20日に発売されました。全国の書店、セブンイレブン、アマゾンなどで販売中です。巻頭特集は、落合陽一さんが提言する「日本文化再興戦略」。そして「ポスト2020の世界と日本」特集の「Art&Creative」には、御立尚資氏と石川善樹氏が登場。どうぞお楽しみください。

日本の文化を語れない悔しさ

石川 僕は数年前まで日本の芸術や文化には無関心で、サイエンスにしか興味がありませんでした。
そんな僕がアートに注目し始めたのは3年ほど前。経営者が集まるとあるイベントで、「30代、40代でやっておけばよかったと後悔していることは何か」というテーマで先輩経営者たちが入れ代わり立ち代わり話をしてくれた。
そのとき、御立さんが「早い時期から日本的なるものを趣味として持たなかったことを後悔している」とおっしゃっていたのが、興味を持つに至ったきっかけです。
そもそも御立さんはなぜそう思われたのですか。
石川善樹(いしかわ・よしき)/予防医学研究者、医学博士
1981年広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、米国ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。「人がよりよく生きるとは何か」をテーマに、企業や大学と学際的研究を行う。専門は予防医学、行動科学、計算創造学など。Campus for Hの共同創業者。著書に『どうすれば幸せになれるか科学的に考えてみた』などがある。
御立 ボストン コンサルティング グループのグローバル経営会議のメンバーを務めていたときや、ダボス会議関連の会合に行った際に痛感したのです。選ばれた人間しかいませんからね。
そこではビジネスの話だけでなく、音楽でも絵画でも食でもいいので、自国ないし自地域の文化について幅と深さを持って語れないと相手にされない。というか疎外感がある。
「この場にいる人はみんな、24時間フルで仕事をしているはずなのに、そんな時間がどこにあるのか」と思うほど、周りはさまざまな分野に精通している。
振り返ればハーバード大学のビジネススクールに留学しているとき、ヨーロッパ出身で優秀だった学生は特にそうでしたね。
突然ギリシャ・ローマの話を始めたかと思うと、そこからなぜか「最近のモダンアートってこうだよね」と展開する。それが連中の間ではスーッと通じるわけです。
僕はと言えば、ときどき「日本はどうなのか」と話を振られても答えられなかった。それはもう悔しかったですね。
日本のことは語れない悔しさ、恥ずかしさ。だから日本的なるものを知る必要があったのです。
御立尚資(みたち・たけし)/ボストン コンサルティング グループ(BCG)シニア・アドバイザー
京都大学文学部卒業。ハーバード大学経営学修士(MBA with High Distinction)取得。日本航空を経て、1993年BCGに入社。2005年から11年間、BCG日本代表を務め、17年10月から現職。グローバル経営会議メンバーなどを歴任。国際連合世界食糧計画(WFP)協会理事。京都大学客員教授。

縄文ラインと弥生ライン

石川 最初の入り口はそういうショックだったのですね。僕自身は御立さんの その一言にハッとして「御立さんがそう言うなら理屈はさておき、やろう」と思い立ちました。
そこで御立さんに「日本的な美意識を知りたければ、まずこの本を読みなさい」と教えてもらったのが『縄文的原型と弥生的原型』(岩波書店)で、すぐに手に取りました。
御立 著者は哲学者の谷川徹三氏で、1971年に出版された古い本です。谷川氏は「日本の美の原型は縄文土器と弥生土器にある」と述べていて、縄文土器の特徴を「動的、装飾性、怪奇、有機的」、一方の弥生土器については「静的、機能性、優美、無機的」と定義しています。とても対照的です。
『驚くべき日本美術』(山下裕二、橋本麻里著、集英社インターナショナル)によれば、日本の美は、この縄文土器と弥生土器の特徴を受け継ぐ2つの系譜に分かれると言います。
片や、強さ、過剰さを感じさせる「縄文土器-狩野永徳-東照宮-明治工芸」という縄文ライン。岩佐又兵衛や伊藤若冲、葛飾北斎、岡本太郎、草間彌生がこれに当てはまります。
片や、すっきりシンプルな「弥生土器-千利休-桂離宮-柳宗悦」の弥生ラインです。美術ライターの橋本麻里氏は弥生ラインの延長に無印良品(良品計画)があると指摘しています。
日本の美意識というと、弥生的なものをイメージする人が多いかもしれませんが、生命力あふれる縄文的なものも確実に存在します。