目的不在? 求められる働き方改革に必要な“腹落ち”

2018/6/21
「働き方改革」に日本は揺れている。時短勤務や在宅勤務、副業解禁など各種制度を取り入れて、従業員の多様な働き方を推進。残業時間の削減など「目先の結果」が出ている企業も散見される。しかし、どこかしっくりきていない企業や「働き方改革」推進担当者、従業員がいるのではないだろうか。「働き方改革」とは何のために行うのか。日本IBMが開催した働き方改革イベントから考察する。
Session 1 経営学者の視点 
早稲田大学入山章栄 講演
私は経営学者で、実務に深く携わっているわけではありませんし、働き方改革の専門家というわけではありません。ただ、ビジネスのさまざまな事象に関する経営学的な知識はそれなりに持っていますし、日本に帰国してからの5年で多くの経営者やビジネスパーソンとも交流させていただいたので、その立場から働き方改革に関して私が考えていることをお話したいと思います。
入山章栄 早稲田大学大学院(ビジネススクール)准教授
慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院修士課程修了。三菱総合研究所を経て、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院からPh.D.を取得。同年から米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。2013年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』がある。
みなさん、まずそもそもわれわれは、何のために働き方改革をやっているんでしょうか? 単純な質問ですが、意外に答えられない方も多いのではないでしょうか?
いま日本では、「働き方改革」だけでなく、「ダイバーシティ」そして「副業」の必要性が同時に叫ばれています。この「同時に」というのがポイントです。なぜなら、私から見ると、一見バラバラのように見えるこれらの現象も、すべて根底にある本質は同じで、いま日本企業が抱えている1つの課題を解決する手段という共通点があるからです。その課題とは何か。
それは、イノベーションの欠如です。働き方改革を手がける理由の一つもここにあります。順を追って説明します。
イノベーションにもさまざまな定義がありますが、ここでは簡単に「企業・組織が新しいものを生み出し、変化すること」と考えてください。変化が激しく、新しいテクノロジーもどんどん登場してきて、かつてないほど厳しい競争が始まった今、「既存」の踏襲では生き残れない。だからこそ、変化・イノベーションが必要なことは言うまでもないと思います。
では、どうやってイノベーションを生み出すのか、これは経営学的にだいぶ前から言われていることですが、一つの重要な視点は「知と知の新しい組み合わせ」なのです。経済学者のヨーゼフ・シュンペーターはこれを「新結合」(New Combination)と表現していますが、既存知の組み合わせによってイノベーションが起こる可能性が高まるということです。
そしてポイントは、同じような知を組み合わせるだけではイノベーションは起きない、ということ。簡単に言えば同じような組織に長い間所属し、同じような仕事をしてきた、似たような人間の知を組み合わせても、意味がないということです。結果として、イノベーションは「なるべく遠くの知と知を組み合わせる」ことで生まれやすくなります。
これを経営学では「Explotion」と言います。私は「知の探索」と呼んでいます。たとえば、世界に誇るトヨタのセル生産方式は、当時の同社の著名エンジニアである大野耐一氏が、アメリカのスーパーマーケットの店舗づくりから発想を得たといいます。「日本の車工場×アメリカのスーパー」という全く違うものの組み合わせが、あの世界に冠たる仕組みを生み出したのです。
そして、この「知の探索」が日本企業はすごく弱いんです。なぜなら、知は人が持っています。しかし、新卒一括採用、終身雇用で来た多くの日本企業では、人が動かない。従って、異なる人同士の交流を通じての「知と知の新しい組み合わせ」が起きにくいのです。では、どうすればいいか。
ここで冒頭のダイバーシティや働き方改革、副業につながるのです。
まず、ダイバーシティがなぜ重要かというと、従来の日本企業には、先のような理由で似たような人が非常に多いからです。逆にいえば、組織の中になるべく多様な人材を取り入れれば、知と探索を行うことができます。ダイバーシティはイノベーションのために必要なんです。
しかし、この理解がなくて、ダイバーシティというバズワードだけに振り回されると、「女性の管理職30%」と言った数値目標が先走ってしまいます。私は女性の社会参加は大賛成ですが、しかしそういう組織では「これって、そもそも何のためにやるのだっけ?」という腹落ち感がないままダイバーシティを進めようとするので、先に進まないのです。
それは「ダイバーシティのためのダイバーシティ」であって、本来は会社をよくするための「手段」であるはずのダイバーシティが、「目的」になってしまっているのです。少なくとも、経営学者としての私の視点からは、それは本質ではありません。
じゃあ、働き方改革や副業はどうか。これも異なる知と知の組み合わせを図るための施策で、本質はダイバーシティと同じと考えています。
ダイバーシティは組織の中で知と知の新しい組み合わせを生み出すための仕組みである一方、働き方改革や副業は「一人の人間の中に異なる知と知を生み出し、組み合わせる」ために重要なのです。たとえば副業をすれば、自分の現業とは少し離れたことをやるでしょうから、その外から得た知見を自分の中で組み合わせて、自分自身や現業のために役立てられるはずです。実際、ロート製薬などが副業を進めている理由はここにあります。
働き方改革も同様で、早く家に帰るようになったり、週休三日になれば、そこで趣味でもいいし、ボランティアでもいいし、NPO活動でもいいし、家事でもいいし、多様な生き方・動き方ができることで、知の探索が可能になるでしょう。
このような形で、一人の中の知の多様性が高まることを、経営学ではIntrapersonal Diversity「イントラパーソナルダイバーシティ」と呼びます。私は「一人ダイバーシティ」と呼んでいます。ダイバーシティは一人でもできるんですよ。そのための働き改革であり、副業であるというのが、経営学から見た私の説明です。
最後に申し上げたいことは、ダイバーシティなどを通じた知の探索は、組織に異なる知を入れるということですから、意見が違う人が増えるので、実は同時に組織的にコンフリクトを起こします。
さらに言えば、副業などは個人の新たなチャレンジですから、負荷もかかる。それなりに大変なんです。それでも先行きが不透明で不安定なこれからの世界では、イノベーションを起こすために、これらの施策に取り組まなければならない。
そこで大事になるのは、「納得性、腹落ち感」です。何か新しいことを始める時には、なぜそれをやる必要があるのか、将来はどうなりたいかというビジョンにみんなが納得していなければならない。この領域も日本企業が苦手なところじゃないでしょうか。
企業レベルでは、社員みんなが腹落ちするビジョンをつくり、それを社内で浸透させる。そしてそのビジョン実現のためにイノベーションの必要性を理解し、その手段としてダイバーシティや働き方改革、副業のシナリオを進める。
このような「なぜ働き改革が必要なのか」「ダイバーシティが必要なのか」という腹落ち感があってこそ、これらの改革は進むのだと思います。
Session 2 ITベンダーの視点
日本IBM 石田秀樹 講演
私はトータルで20年ほど、働き方に関するコンサルティングサービスを提供してきました。私からお伝えしたいことも、何のための働き方改革なのか、という点です。
石田秀樹 日本IBM グローバル・ビジネス・サービス事業本部 コグニティブ・プロセス・トランスフォーメーション 組織人財変革コンサルティング・サービス・サービス リーダー パートナー
現在、日本アイ・ビー・エム(株)グローバル・ビジネス・サービス事業部にて、組織変革および人財マネジメント領域のコンサルティングサービス部門の責任者を務める。複数の外資系コンサルティングファームを経て、日本アイ・ビー・エムに入社、以後一貫して「組織」と「人」の側面から企業変革に携わり、大規模企業を中心に、18年以上のコンサルティング経験を基にした実践的な変革支援に従事している。近年では、人財マネジメント領域での様々な課題に対して、コグニティブ・コンピューティングを用いた”働き方改革”の活動を通じて、企業の持続的成長を包括的に支援している。
私は競争力の源である付加価値の創出こそが働き方改革の目的だと思っています。そのためには、「引き算」と「足し算」の両輪が必要だと確信しています。
「引き算」とは、現在の業務のムダや非効率な進め方を見直し、新たな時間を創出すること。働き方改革で注目される一般的な事項であり、ここは、日本企業が非常に得意な分野であります。
一方、「足し算」とは付加価値を生み出す業務。この点に着目した働き方改革の施策が日本企業は弱いと感じています。しかし、本来の目的はこの足し算なのです。
働き方改革とは正六角柱で言うと、表面。でも実は大切なのは、裏面にある持続的成長を担保するための付加価値、競争力の創出にある。ただ、裏にあるから見落としがちで、また周辺には実行する施策がいくつもあるから余計本来の目的が見えにくくなっている。
IBMとしてこの引き算と足し算を両立させるために、「8つの着眼点」で働き方を推進していくべきだと定義しています。
そして、PDCAがしっかりと機能しているか、5つのステップでチェックしていくのが効果的なアプローチです。
働き方改革とは、単なる従業員の働き方の見直しではありません。変化と競争の激しいこれからを生き延びていく重要な戦略です。全社一丸となって取り組むべき「経営課題」。そのためのビジョンとメソッドが必要なのです。
Session 3 当事者の視点
働き方改革推進ワークショップ
イベント後半では、各社が事前に実施した「働き方改革推進診断」アンケートの結果に基づいた4チーム編成によるワークショップを開催した。様々な業界大手企業の働き方改革推進を担うリーダーたちの積極的な参加が実現した。
このワークショップで話されたのは、働き方改革で具体的に行っている活動内容と「悩み」。
実行施策としては、在宅勤務制度や時短勤務制度の導入といった一般的に語られているものが多かった。
いくつかのブースを回って参加者の話を聞いたが、参加者としての共通点が1つ浮き彫りになった。それは、「腹落ちしたKPIがない」こと。各担当者は働き方改革の推進に対して具体的な目標が定まっていない状態で上長から「指令」を受け、手探りで施策を決め、自らKPIを定めている。そのKPIは残業時間の削減時間や在宅勤務の日数。
それらのKPIで見た場合、一定の効果が出ている企業もあるが、それに手応えを感じている様子は見られなかった。超大手のグローバル製造業の課長は言う。「トップダウンで働き方を見直せという号令がかかり、世間のブームも相まって各部門も協力的な面はあり、残業時間の削減といった効果は出ている。とはいえ、それで本当にいいのか。その先の目標がなくて、手段が目的化しているように思い、このままでいいのかという不安がある」
働き方改革の目的。入山氏や石田氏が言うように、何のために働き方改革をするのか、それを明確に定めるべきという印象を強く受けた。大義名分が定まっていないまま走り出している働き方改革。超大手が集うワークショップの声を聞いて、そう実感した。
(取材・編集・構成:木村剛士、撮影:北山宏一)
<関連記事のお知らせ>
記事に登場した石田秀樹氏と日本IBMの藤森慶太・IBMサービス GBS事業本部 インタラクティブ・エクスペリエンス事業部 事業部長 パートナーが「働き方改革」についてディスカッションした記事も公開しています。こちらからご覧いただけますので、併せてお読みください。