会社が成長するにつれて、従業員は会社の成功よりも自分の担当業務ばかりに集中するようになる。

「役割」と「仕事」の違い

フレッド・コフマンは、NASA(米航空宇宙局)の用務員の逸話が気に入っている。それは、1961年にジョン・F・ケネディが初めてNASAを訪れた時のことだ。ケネディはモップで床を掃除していた男に、仕事は何かと尋ねた。すると男は「人類を月に送ること」と答えた。
彼の答えは「役割」と「仕事」との決定的な違いを象徴するものだ。リンクトインの幹部育成担当バイスプレジデントで「リーダーシップ研究家」でもあるコフマンによると、企業が上手く運営されるためには従業員が役割と仕事の根本的な違いを理解する必要があるという。
「役割」とはその人の職務上の責任で、それを行うためにその人が雇用されているものだ。したがって、役割は人によって異なる。これに対して「仕事」は、全員にとって同じものだ。組織が成功するように努力することである。
創業者は、その会社の仕事が何かわかっている。幹部もわかっている。しかし、会社の規模が拡大するにつれて会社の目的は拡散すると、コフマンは著書の『意味の革命(The Meaning Revolution: The Power of Transcendent Leadership)』で述べる。
リーダーのビジョンは変わらない、あるいは拡大するが、従業員のビジョンはどんどん狭くなっていく。
「起業家は会社のミッションをとても明確に理解している。だが、他の人々を雇用し始めると、ミッションはおぼろげになっていく」とコフマンは言う。「従業員は、会社が成功するよう努力するのではなく、自分が担当となっていることをするべきだと考える」

縦割り組織での優先順位

従業員が、自分の職務記述書に書かれている以外のことをほとんど考えないのも当然のことだ。
たとえば、ファイナンスの担当者は、自分に求められているのは新たな顧客の信用力を慎重に評価することだと理解している。仮に、ある顧客の信用リスクが高いと判断したら、その顧客への販売を認めない。そうすることで事業を守るのである。
しかし、もしその顧客の影響力が非常に強く、その人物が好意的なレビューを書くと連鎖的に売上が伸びるような場合は、どうすべきだろうか。それは大きなチャンスかもしれず、彼女以外のスタッフは、その人に売ってみる価値があると考えるかもしれない。
工場長の立場でも考えてみよう。工場長の役割は、十分な製品を生産してオンタイムで配送できるようにすることだ。では、開発チームが新しいデザインを試すために1日か2日、工場を借りたいと言ったらどうだろうか。コフマンは言う。
「会社にとっては、新製品開発のほうが、現在の生産よりも10倍大切かもしれない。しかし、工場長はこう考えるだろう。『私の仕事』は工場を運営することだ。私の効率が他の人たちのために落ちることは望まない。それがたとえ、同じ会社の人たちのためであっても」

全体を俯瞰する難しさ

従来型の評価指標が、この種の思考をさらに強める。従業員は目標数字を達成することで評価されている。たとえば、サービス要請への対応、欠陥をなくすこと、管理費の削減などだ。
このシステムの下では、各従業員の関心は自分の歯車を最適化することとなる。
仮に会社側が、個人としての成績に報酬を与えるのではなく組織を基準としたら、今度は「ただ乗り」する人が出てくる。自分はわずかな努力しかしなくても、組織の他の人たちがよいパフォーマンスをすれば、気づかれないと考えるのだ。
「ここにジレンマが生じる。互いに協力させたいなら、全員に全体の責任を持たせなければならない。しかし、全員がすべてに責任を持つと、誰も、何に対しても責任を持たなくなる」とコフマンは言う。
全体を最も俯瞰して見ているのはもちろんCEOだ。しかし、CEOは個々の従業員の状況を細かく理解してはいない。また、従業員が優先順位で悩んだり、コラボレーションが上手くいかなかったりした場合に、CEOがその対応に時間を無駄に費やすことはできない。

ミッションと行動で示す

コフマンは、このジレンマは解決できないと言う。しかし、コントロールは可能だ。コフマンが「卓越したリーダー(transcendent leader)」と呼ぶ人は、従業員を一つの包括的な問い「なぜ、私たちはここにいるのか」に、フォーカスさせる。
彼らはミッションを何度も繰り返し説明し、従業員は各人の戦いに情熱をもって臨むべきだが、その戦いよりも、組織全体としての究極的な勝利が優先されると理解させる。そして、各人が自分の業務が重要だと感じられるように、ミッションを組み立てる。
「最初に行うべきなのは、自分の7歳の子どもが親を誇りに思えるようなミッションを見つけることだ」
しかし、ミッションだけでは十分でない。リーダーは価値基準も定めなければならない。その価値基準をもとに、従業員はどのように協力して働き、争いを解決するか、つまり、お互いをどう扱い、会社全体にとって真に「最善の」解決策は何かを考えるのである。
リーダーはその価値基準を自身で体現し、可能な限り可視化する。そして、経営レベルでの事業に関する意思決定で、ミッションがどのように重視されるかを従業員が理解できるようにする。
そして、従業員に対して、自分自身ではなく、ミッションのために力を尽くすことを求める。つまり、彼らが「仕事」をするよう求めるのだ。
「重力はつねに個々人の役割に働き、そちらに引き付けられる」とコフマンは言う。「リーダーの仕事は、その重力に逆らうことだ」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Leigh Buchanan/Editor-at-large, Inc. magazine、翻訳:東方雅美、写真:olm26250/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.