優秀な人材を確保し続けるために

1978年のある日、インテルのCEO兼共同創業者アンディー・グローブのもとに、ヴァリアン・アソシエイツの幹部がやって来た。同社は、1948年に設立された、シリコンバレーのベンチャーの先駆けともいえる企業だ。
その場には、グローブCEOのアドバイザーを長年務めてきたラム・チャランも同席していた。チャランは当時を振り返り、ヴァリアンの幹部はこう言ったと述べている。
「アンディー。あなたは積極的で、才能にあふれ、新しいアイデアを持っている。減給になってもいいから、あなたの下で働きたい」
これは、すべてのCEOの夢だろう。最高の人材がドアをたたき、一緒に働きたいと言ってくるのだ。
あなたの会社の福利厚生や最新技術が目当てかもしれない。一流企業の名前を履歴書に加えたいだけかもしれない。もしあなたが飛び抜けて魅力的なリーダーであれば、あなたの下で働きたいという可能性もある。
CEOは、優秀な人材を獲得し、つなぎ止める方法を知っている。良いCEOは、競争力のある給与や手当、明確なキャリアや教育研修、フィードバック、評価、やりがいのある仕事、平等な環境を用意する。
しかし優秀な人材を、自分の人格によって引き寄せるリーダーもいる。勇気、献身、才能、誠実性といった人格そのものが、従業員への約束を体現しているのだ。そのようなリーダーが率いる企業は約束を果たし、優秀な人材を確保し続けることができる。
ロンドン・ビジネス・スクールで組織行動学を研究するロブ・ゴーフィー名誉教授によれば、リーダーは次に挙げる2つの事柄のうち、どちらかができなければならない。従業員を鼓舞することか、従業員を成長させることだ。「スーパースターはどちらもできる」と、ゴーフィー名誉教授はいう。
もちろん、リーダーの成功には優れたチームが不可欠だ。バージン・グループはリチャード・ブランソンだけの企業ではないし、スペースXもイーロン・マスクだけでは成り立たない。
ゴーフィー名誉教授によれば、組織が大きくなるほど、個人の役割は小さくなるという。さらに、Y世代やZ世代はシリコンバレーの企業を選ぶ際、CEOよりCTO(最高技術責任者)を重視するようになっている。経営者より近い立場の幹部を尊敬し、ついて行く傾向にあるのだ。
それでも、偉大な企業の進化に関して、最も重視されるのが経営者であることに変わりはない。人材の雇用と確保のアプローチを思案している起業家は、これから紹介する3人の魅力的な経営者を参考にするとよいだろう。

1. 使命にこだわるリーダー

ケン・フレージャーは2011年に医薬品メーカー、メルクのCEOになったとき、研究者たちが胸をときめかせるような人物ではなかった。なにしろ、同氏はもともと弁護士だ。
しかし、医療技術メーカー、メドトロニックの元CEOで、現在はハーバード・ビジネス・スクールの教授を務めるビル・ジョージによれば、フレージャーCEOは「つねに、メルクの科学研究と人々の命を救うという役割について話している」人物だ。
フレージャーCEOは初めてのアナリスト説明会で、売り上げ目標を達成するために研究開発(R&D)予算を削ることを拒否。従業員に希望を与え、ウォール街を激怒させた。ファイザーとは正反対の方針だった。
また、フレージャーCEOはあるインタビューで、研究所で長い時間を過ごしていること、アルツハイマー病治療薬の開発に積極的に取り組むなど大きなリスクを取っていることを明かしている。その理由として同氏は「世界はメルクのような企業にそれを求めている」と説明した。
(NP注:同社はアルツハイマー病治療薬の一部研究打ち切りを発表している)

2. ストーリーテリングのチャンピオン

バージニア州シャーロッツビルで起きた銃撃事件後、フレージャーCEOとともにドナルド・トランプ米大統領の諮問委員を辞任したペプシコのインドラ・ヌーイCEOは、自分の信じる道を歩むため、危険を冒し続けてきた。
ヌーイCEOは、より健康的な製品をつくるために「社会的意義のある利益(Profits with Purpose)」という方針を掲げ、たとえアナリストたちが株価の下落に激怒しても、決して屈することはなかった。結局、ヌーイCEOの戦略は成功した。ペプシコは2年にわたり、予想を上回る業績を記録している。
ジョージ教授によれば、ヌーイCEOは健康と持続可能性を重視するというミッションを掲げた際、従業員の気持ちを奮い立たせる必要があったという。新規事業と既存事業の両方で、従業員が劇的な変化に直面していたためだ。
ヌーイCEOは優れたストーリーテラーでもあり、従業員と求職者に自分の人間らしさを見せている。
コロンビア・ビジネス・スクールのリタ・ガンザー・マグレイス教授は、ヌーイCEOによる物語のレパートリーのひとつとして、ヌーイCEOがインドで子ども時代を過ごしていたとき、地元企業が村から水を奪い、社会意識を持つきっかけになったという話を紹介してくれた。
ヌーイCEOはさらに、働く母親として自分が試行錯誤した体験をたくさんの失敗談も含めて語るという。「人々は彼女について、ビジョンを実践する人であると同時に、面白く親しみやすい人だと考えている」

3. 共感して、意欲を引き出すリーダー

データ分析企業SASインスティチュートは、つねに「働きやすい場所」だ。それを知っている人のほとんどは、その理由も知っている。ジェームス・グッドナイトCEOがそれを望んでいるためだ。
グッドナイトCEOは、SASを共同で創業してから42年がたった今も、株式の過半数を保有し続けている。株式を公開しないほうが、福利厚生を充実させやすいのだ。グッドナイトCEOはSASを創業して間もなく、社内に診療所や託児所を設置した。
また、本格的な仕事を遂行するソフトウェア技術者たちは、グッドナイトCEOの厳格な基準を称賛している。グッドナイトCEOは毎週、あらゆる部署の従業員から何時間も話を聞くことで、イノベーションを追求し続け、多くの人に刺激を与えている。
従業員のためになる方法を考えることにグッドナイトCEOがかなりの時間を費やしていることは、チョコレート「M&M'S」の一件からも伺える。SASでは昔から、あちこちにM&M'Sが置かれ、従業員が無料で食べられるようになっていた。
健康上の理由から消費量を減らしたほうがよいと考えたグッドナイトCEOは、同時にお菓子を取り上げるのは厳しすぎると見られたり、従業員の士気が下がったりするのではないかとも心配した。結局同氏は、M&M'Sの容器をガラスから、目立ちにくい陶磁器に変えることにした。
「彼は、一般の従業員がどのように反応するかを考えた」とマグレイス教授は話す。「CEOがこうした心理的な事柄にまで注意を払うのは珍しいことだ」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Leigh Buchanan/Editor-at-large, Inc. magazine、翻訳:米井香織/ガリレオ、写真:RomoloTavani/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.