関西経済同友会の「関西版ベンチャーエコシステム委員会」が4月に出した提言では、「関西のベンチャーエコシステムは動き出しつつあり、ベンチャー企業も少なからず存在するが、世界に対しては目立たない存在にとどまっている」と評された。
これから関西のベンチャーを盛り上げ、関西の経済に好影響を及ぼして行く上での課題と打ち手は何か、関西版ベンチャーエコシステム委員会の深野弘行氏とデロイト トーマツ ベンチャーサポートの関西での活動を率いる権基哲氏が語り合った。

関西にもベンチャーエコシステムを確立したい

──深野さんと権さんの最初の接点は何だったのですか?
深野:「モーニングミートアップ」にうかがったのが最初でしたか。
権:当社で毎週金曜の朝7時から、グランフロント大阪のナレッジキャピタルでベンチャーが自社の事業についてプレゼンするピッチイベントを開催しており、そこに来ていただきました。
深野:私は関西にいくつかある経済団体の活動を通じ、企業間の連携を強めて活性化させる活動をしています。その一環で、関西経済同友会に所属し、「関西版ベンチャーエコシステム委員会」の委員長を務めています。
権さんは関西のベンチャーの動向について一番詳しくて、事例などもよくご存じなので、その委員会にぜひ参加してほしいとお願いしてメンバーになっていただきました。
権:私は、デロイト トーマツ ベンチャーサポートの関西担当ということで、大阪を拠点にベンチャー起業家の方々と、大企業の新規事業担当者との連携を支援し、新規事業・イノベーション創出を促進する活動をしています。
関西版ベンチャーエコシステム委員会の定例会でお話しさせていただいたり、提言をまとめるに当たって情報提供やアドバイスをさせていただいたりしました。
権 基哲(こん・きちょる)
デロイト トーマツ ベンチャーサポート ベンチャー支援事業部 関西地区リーダー 公認会計士
2008年、有限責任監査法人トーマツに入社。会計監査のほか、IPO支援として内部統制構築支援、上場準備監査にも従事。2013年5月 デロイト トーマツ ベンチャーサポート関西支部の発足と同時に、同社業務を兼務。ベンチャー企業の販路拡大、PR、資金調達支援を行う。2014年7月から1年東京勤務。2015年に大阪へ戻り現職。
──今の関西の“ベンチャー界隈”はどんな状況でしょうか?
権:2013年のグランフロント大阪が開業し、そこに大阪市が「大阪イノベーションハブ」というイノベーション創出支援の拠点を構えました。そこで頻繁にピッチイベントや大企業のハッカソンが行われるようになっていきました。
それまで関西にはベンチャーが集まる場、大企業と出会う場がほとんどなかったのですが、大阪の中心地に一つ物理的な場所ができた。そこから、起業しようという人は増えている状況です。
ただ、それが外からは分かりにくく、東京の“ベンチャー界隈”の動きに比べると、2、3年くらい遅れている印象です。
深野:大企業の側に“なんとなく”オープンイノベーションへの抵抗感があると思っています。そんな中、一部の企業はその必要性に気づき、先行して取り組み始めているが、関西では目立つところがまだ多く出てきていない。
権:やはり東京に比べると情報が少ないため、どうしても潮流が遅れてやってくるということがあると思います。例えば東京の大企業ではCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)は2、3年前から出てきていますが、関西だと最近ようやく始めたところが出てきたくらいです。
深野:「オープン」という言葉を外せば、関西はもともとテック系の企業が多い土地柄でもあるし、イノベーション創出にはものすごく熱心です。いろんな企業の経営層の方と話してみても、オープンイノベーションの必要性は理解しています。ただ、具体的にどう進めていけばいいのか、組織をどうすればいいのかが分からないのだと思います。
権:ベンチャーと大企業の新規事業担当者が提携の話をして盛り上がっているのに、上司に上げようとすると、そこに壁があって稟議が回らないという嘆きを聞くことはよくあります。
また、新規事業担当者の多くは窓口的な存在で、実務レベルで提携を結ぶのは社内の別の関連部署になります。そうすると、上司の壁を越えてられても、その関連部署の反発に遭うことが少なくないようです。
大企業側で役員レベルの方々が率先して組織の体制づくりをしないと、担当者にどれだけ熱意があってもオープンイノベーションを行う風土はなかなか出来ていかないと思いますね。
深野:新しいビジネスアイデアや技術に出会った時に、「実績がないからリスクが大きい」と取るか「誰も先鞭を付けていないからチャンスだ」と取るか、違いは「捉え方」だけなんですね。大企業に「チャンスだ」と捉える方が増えるといいなと私は思いますし、社内でその雰囲気づくりをするのは、経営層の人たちの責任だと考えています。

ベンチャーは数多くあるものの…

権:深野さんはよく「PR不足」とおっしゃっていますよね。ベンチャーも大企業も。
深野:オープンイノベーションへの意識も高まっているし、個別企業では取り組みを始めているのですが、それを外部に発信できていないために、地域としての盛り上がりが醸成されないという点はあると思いますね。
深野 弘行
伊藤忠商事株式会社 常務理事 社長特命(関西担当)
長年にわたり機械カンパニーで、インフラ輸出などに携わる。2016年4月に、社長特命を受け大阪へ赴任。一般社団法人関西経済同友会の常任幹事の一人であり、関西版ベンチャーエコシステム委員会の委員長を務める。
深野:その意味で、実績を上げていて立派だと思うのは福岡です。福岡はベンチャーに勢いがあると言われていて、市長も先頭に立って「スタートアップ都市」というブランドを推進しています。
ただ、東京はベースが違うので比べようもないのですが、福岡に比べて大阪のベンチャー企業の数が引けをとっているかというと、そんなことはありません。それなのに、どうしてこうもイメージが違うのか。その違いは「発信力」にあると思っています。

関西という地域が持つ強み

──関西も実は盛り上がっているということですね。具体的にはどんな動きがありますか?
深野:先ほど権さんの話にあったように、大阪イノベーションハブができ、梅田周辺でもアクセラレーターの活動をされている方が出てきています。
大阪市が中心となって、毎年2月に国際イノベーション会議「Hack Osaka」という大きなイベントも開かれています。
権:「にしなかバレー」や、世界的な組織であるEO(Entrepreneurs' Organization)の大阪拠点などもできて、さまざまなところでベンチャーが活発化しているのを感じます。
深野:京都ではダルマテックラボという会社がメイカーズ・ブートキャンプを運営しています。技術を持つ中小企業をネットワークしてものづくり系ベンチャーの試作品製作を支援するほか、ファンドを設立して投資という形での支援も合わせて行っていますよね。
──関西の強みとしては、どんなことが挙げられますか?
深野:一つは、ものづくりを中心とした産業の蓄積があることですね。電機・精密機器、電池、医療系などは関西に蓄積がある領域です。また、大阪、京都、神戸とそれぞれに個性的で魅力的な都市があり、都市開発・都市運営にも強みがあるでしょう。エネルギー・環境の分野、例えば水処理などの技術も発達していますね。
これらの関西が強みを持つ“リアル”な産業にIoTを結びつけていくことで、イノベーションが生まれる可能性は大いにあると思います。
権:もう一つ、関西の強み・ポテンシャルとして、「中小企業が多い」ことが挙げられると思います。
そうした企業では、現在の経営者が高齢化し、事業をいかに継続するかという問題が出てきています。それに対して、ベンチャー型事業承継ともいわれる「第二創業」をする企業が出てきています。
2代目、3代目にあたる若い方が会社を継いで、先代までの蓄積を活かしながら、まったく新しいビジネスを始めるというものです。これは一つ、関西の可能性として注目すべき潮流だと思っています。

情報を誰がどう「まとめる」か

──発信すべき取り組みや動きは実際にはあるわけですね。これから発信力をどうやって高めていきましょうか。
深野:まずは情報を「まとめる」ということだと思いますね。海外のベンチャーエコシステムが発達した都市に視察に行くと、どこもポータルサイトがあって、そこに何があるのか情報がまとまっている。関西のベンチャーエコシステムについては、そういうものをまだ作れていないので。
ただ、誰か一人が中央集権的に全部まとめるものではないとも思っています。情報のハブになっている人たちが、それぞれ情報を出して、お互いにリンクを張り合うような、そういう仕組みが要ると思います。
権:横につながっていくイメージですね。
深野:もともと関西の産業構造はバラエティに富んでいます。大きな企業が頂点にあってその下にピラミッド構造があるわけではなくて、大小さまざまの多様な企業がネットワークとして横にゆるくつながっている。そこが、関西の強みなのです。その多様性の中から、新しいモノが出てくる余地があるのではないかと思います。

「堅実経営」と「Jカーブ」の組み合わせ

権:発信力を高めて「関西に面白いベンチャーがある」ということが広く伝われば、ベンチャーを起業したい人、それから関西以外の大企業や、国内外のベンチャーキャピタルからも注目されるようになっていくと思います。
これは関西のベンチャーの特徴なのですが、資金調達の方法が銀行からの融資という企業がほとんどなんですね。エクイティファイナンスをしてJカーブを掘った後に急角度で売上を上げていくビジネスモデルではなく、売上・利益を積み上げながら堅実に市場の信用を得ていく商売のやり方です。
ただ、これは「商売とはそういうものだ」という思い込みに過ぎない、そういう見方もできると思います。
私は2014年から東京に1年赴任し、その時にたくさんのベンチャー・キャピタルの方と話してみて、ある確信を得ました。彼ら投資家の視点と、関西ベンチャーのユニークなアイデアを組み合わせたら、もっと面白い事業、関西らしい事業が世の中に生み出せるはずだと。
そして2年前、大阪市からベンチャー・アクセラレーションプログラムを受託した時に、東京のベンチャー・キャピタル20社に大阪へメンターとして来てもらい、関西のベンチャーとの接点をつくりました。
そのプログラムを通じて、2年間で40社が、総額25億円の資金調達を実施したのですが、その約7割がエクイティファイナンスだったのです。ビジネスとして結果が出るのは少し先ですが、少なくとも東京のベンチャー・キャピタルに評価された証でしょう。
深野:日本で2番目の大都市圏である関西には独自の強みがあり、「第二創業」に代表されるような過去の蓄積もあります。こうした強みを活かしたイノベーションを起こせれば、大きく花開く可能性が十分ありますね。
権:“後発”のメリットとして、東京だけでなくシリコンバレーなど世界のベンチャーエコシステムの事例を取り入れられることが挙げられます。DTVSにはグローバルで蓄積したナレッジとネットワークがありますので、それらを十分に活かして、関西のベンチャーシーンを盛り上げていきたいと思っています。
(取材・文:畑邊康浩、写真:荒木宏俊[STUDIO KOO])