モラー・マークス、APL、現代商船は、ペーパーレスの海運システムを築こうと競っている。ブロックチェーンを採用することで、世界貿易を1兆ドル拡大できる可能性がある。

ペーパーレスの海運システムへ

グローバル化によって、世界の貿易ネットワークは大きく進化してきた。そこでは、大型で高速の船舶、港で作業を行うロボット、積み荷を追跡する巨大なデータベースなどが稼働している。しかし、これらを動かすのには、いまでも何百万枚もの書類が必要だ。
この最後に残った19世紀並みの仕組みが変わろうとしている。A・P・モラー・マークスなどのコンテナ海運会社は、IT企業と組んでこの世界で最も複雑な輸送ネットワークを改良しようとしている。
それが実現すれば、1960年代にコンテナが登場して以来の大規模な世界貿易の改革となる。コンテナはグローバル時代における変革で先導的な役割を果たしたが、今回の改革も同様の大変動を引き起こす可能性があるのだ。
ただし、これを実現するには、世界中の何十もの船会社と、メーカーや銀行、保険会社、港湾局など何千もの関係する会社が、すべての新たなシステムを一つの巨大なプラットフォームに統合する方法を探し出さなければならない。
それでも、もしこれが成功したならば、何日もかかっている書類関連業務がやがては数分で行われるようになり、人間が入力する必要もほとんどなくなる。別の大陸へとモノを動かすコストは大幅に削減され、それによって、製造拠点の移動や、原材料や製品の調達先の変更が進むかもしれない。

国際貿易1兆ドル拡大の可能性

「この業界において、コンテナ化以来最大のイノベーションとなるだろう」と話すのは、シンガポールのブルームバーグ・インテリジェンスのアナリスト、ラーフル・カプーアだ。「これによって透明性と効率が向上する。コンテナ海運会社は殻を破って、技術面で追いつこうとし始める」
ここでカギとなるのはブロックチェーンだ。ブロックチェーンは、取引が自動的に記録される「取引台帳」であり、石油タンカーから仮想通貨まで多くの業界においても重要なものとなっている。
世界経済フォーラムによると、ブロックチェーンを用いてコミュニケーションと国境管理を改善することによって、国際貿易は1兆ドル拡大する可能性があるという。
世界第三位のコンテナ海運会社であるCMA CGAの子会社のAPLは、アンハイザー・ブッシュ・インベブやアクセンチュアなどとともに、ブロックチェーンを基盤としたプラットフォームを今年3月にテストしたと発表した。韓国の現代商船は昨年、サムスンSDSと開発したシステムを用いて実験を行った。

書類の処理待ちで10日間待機

輸出用の書類の作成は、積み荷の所有者が船の上のスペースを予約するところから始まる。書類を記入してそれが承認されなければ、荷物が港に入ることも港から出ることもできない。
一度の出荷で必要になる書類は何百ページに及ぶこともあり、書類は何十もの異なる機関や銀行、税関や他の組織に届けられる。
2014年に、世界最大のコンテナ海運会社であるマースクは、バラとアボカドが入った冷蔵コンテナが、ケニアからオランダに運ばれるまでを追跡した。そのコンテナの輸送には、30以上の人と組織が関わっていた。
荷物がケニアの農家からオランダの小売店に届くまでに34日かかり、そのうち10日が書類の処理を待つ間に費やされた。重要な書類が一つ行方不明となり、のちに他の書類の山の中で見つかった。
マースクによると「書類とその処理は、世界貿易において不可欠だが、同時に大きな負担にもなっている」という。同社はIBMと組んで、ブロックチェーンを使って、積み荷と書類のリアルタイムの追跡を実現しようとしている。
「当社が行った追跡調査は、書類の処理が実際の貿易でどの程度の負担になっているかを明らかにした」

輸送技術の進歩と効率化の歴史

海運業界が電子化への移行で他の業界に大きく遅れを取ったのは、この大量の書類の処理が一因だ。積み荷の移動に関わる言語や法律や組織がさまざまに異なっていたことが、標準化を遅らせた。
その代わりに海運業界は、輸送技術や荷役の進歩によって効率化を進めた。大型の帆船が蒸気船に代わり、そして重油を燃料とする巨大船舶に代わっていった。
1850年代には、お茶の入った箱を中国南部からロンドンまで運ぶのに3カ月以上かかっていたが、現在では約30日で運べる。
最大の変化が訪れたのが1960年代だった。今日でも使われている、定型サイズのスチールの箱、つまり「コンテナ」を業界が採用したのだ。それまでは何世紀ものあいだ、木箱や袋などが使われており、それを波止場で港湾労働者が運んでいた。
一つのコンテナには異なる業者からの荷物が入れられている場合もあり、また、一つの船の積み荷が、最終的には何十カ国の何千もの顧客に届けられる場合もある。そうした状況が、統一された電子システムへの移行を進めるうえで、大きなハードルとなっている。

課題はプラットフォームの共通化

APLは「すべてのステークホルダーが、同じブロックチェーンのソリューションや、プラットフォームの採用を考えているわけではない」と言う。「共通のプラットフォームやソリューションを使って取引することを考えるならば、そうした状況が問題となるかもしれない」
さらに、海運会社は港湾局や他の組織に対して、彼らのシステムを採用するよう説得しなければならない。
マークスによると、シンガポールを拠点とする港湾管理会社のPSAインターナショナルと、オランダのハーグを拠点とするAPMターミナルズが、同社のプラットフォームを利用するという。APLとアクセンチュアは、今年の末までに製品をテストする計画だと話す。
ブルームバーグ・インテリジェンスのカプーアは、これらの企業のシステムによるコスト削減効果は、2年ほどで財務諸表に表われてくるだろうと言う。
フューチャーノーティクス・グループのCEOであるK・D・アダムソンは「海運業界は、自分たちが独立した中間的な業界であると考えるのは、やめなければならない」と言う。「海運のさまざまな部分が、他の業界とどのように結びついているのかを、考え始める必要がある」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Kyunghee Park記者、翻訳:東方雅美、写真:Tryaging/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.