かつての夢は教師だった、孫正義の「天才づくり」の野望

2018/5/14
みんな「平等」でいいのか?
「僕が16歳でアメリカに渡った時には、たった一人の親戚もいない、たった一人の友だちもいませんでした」
2017年12月、ソフトバンクグループの孫正義社長は、飛び抜けた才能をもっている子どもたちを支援するための「孫正義育英財団」のパーティで、血の滲むような勉強をした学生時代を振り返った。
1974年、アメリカに留学した孫正義の実家は、当時はまだ貧しかった。そのため兄は家計を支えるために高校を辞めて働いたと言われている。また父親はその頃、重い病に罹っていた。
しかし、それでも抑えきれない情熱があったのだろう。
「僕の人生を作ったのはバークレー(カルフォルニア大学バークレー校)だ」。孫がそう公言するように、テクノロジーで世界を変える実業家としての人生は、この留学が分岐点になっている。
(写真:Smith Collection/Gado)
現地のスーパーマーケットで手に取った「ポピュラーエレクトロニクス」という科学雑誌には、インテルの半導体チップ「i8080」の設計図が掲載されていた。人間を超えるような計算能力をもつチップの存在に、涙が出るほど感動したと語っている。
それがアップル創業者の故スティーブ・ジョブズや、マイクロソフトのビル・ゲイツ会長といった、世界を代表する「天才」たちとの出会いにつながってゆくのだ。
「日本の学校教育は、できるだけ皆が等しくゴールすることが素晴らしいと教える。本当にそれだけでいいのか。一人きりでも世界を引っ張るような、高い志を持ってほしい」
並外れた才能をもつ子どもたちを、旧来の教育システムの枠組みに押し込めず、お金の心配もなく解き放ってあげたい。
そんな孫正義が私財を投じる「天才工場」のプロジェクトでは、既に1000人以上の応募者から96人のメンバー(第1期生)を選抜。留学費や研究費など“青天井”の資金でサポートする。
(写真:後藤直義)
天才探しの「舞台裏」
天才という言葉に、明確な定義はいまだ存在しない。
歴史的に特筆した実績を残していたり、あまりにも若くして高い能力を持っている人物に対して、天才という言葉は使われることがある。その分野も芸術やスポーツから、数学、物理学、文学、ビジネスまで幅広い。
古くはレオナルド・ダ・ヴィンチから画家のヴィンセント・ヴァン・ゴッホ、物理学者のアルベルト・アインシュタイン、発明家のトーマス・エジソン、はたまたテクノロジー業界ではビル・ゲイツも天才の名を欲しいままにしてきた。
しかしその天才はどこから生まれるのか、どんな要素が形作るのか、その答えは誰にも分かっていない。
NewsPicks編集部はまず、孫がどのように天才探しの「旅」に出たのか、その側近たちの証言などを基にして描き出す。
【決定版】孫正義が設計した、ニッポンの「天才工場」の舞台裏
「こいつに会いたい!」
驚くべきことに、孫正義はソフトバンクグループの経営をしながらも、テレビで放送されているクイズ番組の大ファンで視聴していたという。
そして超難解な問題を解いてしまう参加者らにコンタクトして、面談をしていたのだ。
こうした超ハイスペックな学生や子どもたちを辿っているうちに、孫正義を囲むような食事会が開かれ、それが2016年12月の孫正義育英財団の設立につながっている。
「言語の天才」から「ハッカー」まで
天才工場のメンバー(準会員)として迎え入れられたのは、1000人以上の応募者から選び抜かれた、小学生から25歳まで合計96人の異才たちだ。
あるメンバーは3歳の時、母親が流していたフランス語会話のCDを聴いているうちに、フランス語会話を覚えてしまった。現在は英語からスペイン語、韓国語、中国語など、合計8ヶ国語を操る「語学の天才」だ。
素晴らしい才能を持ちながら、一方で学校生活では悔しい思いをした過去もある。
【独白】8つの言語をしゃべる「語学の天才」は、なぜ転校を繰り返したか
また別のメンバーは、サイエンスの分野に突出した興味をみせて、3〜4歳で科学雑誌を次々と読みふけるようになった。
しかし日本の学校教育の枠にはおさまりきらず、現在は母親とカナダに移住して、ギフテッド(天才)向けの教育プログラムを受けている。
こうした天才工場に集う異才たち15人以上にインタビューを実施し、そのライフストーリーや、一部は両親たちから取材したエピソードも織り交ぜながら紹介してゆく。
【佐藤康博】ノーミス社会は限界だ。エリートより「異才」を応援しよう
天才工場には、それに魅せられた大人たちも集まっている。
「日本の教育制度には限界がきていて、(才能あふれる)アウトサイダーをどんどん弾いている。これは国家として損失だ」
そう語るのが、みずほフィナンシャルグループの佐藤康博・取締役会長だ。孫正義育英財団の理事として、多忙極まるスケジュールを縫って、子どもたちのプレゼンテーションの審査にも参加している。
理由はシンプル。テクノロジーが社会を大きく変える時代にあって、これまでのエリートを養成する仕組みが、もはや機能していないという感覚があるからだ。
グローバルに活躍をしてきた一流バンカーが、新しい時代が求める才能とは何かを、NewsPicksに独占的に語ってくれた。
孫正義の「知られざる夢」
そのほかにも大学教育とは別の夢を早々に見つけ出して、退学をしていった奇才や天才たちのケーススタディも取り上げる。
例えば、仮想通貨のイーサリアムを発明した天才プログラマーのビタリク・ブテリンもその一人だ。
ブテリンは、20歳以下で起業を志す若者に対して、大学を退学したら約1000万円の資金をもらえる「ティールファウンデーション」の対象者だ。彼はそのおかげで、あらゆる契約を仲介者なしで実現できる、イーサリアムを生み出した。
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一体、教育システムは何のために存在するのか。才能とはどのように花開くのか。これから世界を変えてゆくような天才たちを、どうすれば応援できるのか。
探索を続ける孫正義は、少年時代に「教師」になるという夢をもっていた。
中学生のころに夢を家族に語っているが、当時は、日本国籍を持っていないと公立学校の教員や公務員にはなることができなかった。
在日韓国人だった孫は、そうした残酷な現実に直面したのだ。そこから一転して実業家としての道を志して、米国に留学し、1981年には日本ソフトバンク(現ソフトバンクグループ)を設立したのだ。
だからこそ孫は、才能ある子どもたちに無尽蔵のサポートをするという、このプロジェクトに強い情熱を注いでいるのかもしれない。
世界を見てきた孫は、そこでは最高の先生になるのだから。
(執筆:後藤直義、デザイン:砂田優花)