[東京 9日 ロイター] - 「ゴルディロックス(適温)相場」が揺らいでいる。堅調な景気にもかかわらず低水準で推移していた米長期金利が急上昇。ドルが反発し新興国通貨が下落し、昨年までと逆の資金フローが目立っている。

米実質金利は自然利子率を上回り、社債発行は減少。自社株買いに回す資金が絞られれば株価にも影響が大きい。低金利下で膨張した民間債務への警戒感も強まってきた。

<「米一強」で米金利とドル上昇>

米連邦準備理事会(FRB)が金融引き締めを続けている中でも昨年、米長期金利<US10YT=RR>は低下、ドル<.DXY>も下落した。その半面で新興国通貨が上昇、輸入インフレが起きないために、利下げが可能となり景気は拡大、株価も上昇した。

しかし、今年に入りその構図は一変。米長期金利<US10YT=RR>は一時、約4年ぶりに3%を突破した。ドルは上昇し、新興国通貨は反落。輸入インフレを警戒すれば利下げはもう行いにくい。MSCI新興国株指数<.dMIEF00000PUS>は1月末のピークから約10%下落している。

「日米欧の景気と金融政策に対する市場の見方が、昨年までと大きく変わった。そのことが、ゴルディロックス相場変調の大きな要因だ」と三井住友銀行チーフ・マーケット・エコノミストの森谷亨氏は指摘する。

トランプ政権は昨年末に大型減税を含む財政拡張策を決定。米連邦準備理事会(FRB)は物価や景気への強気な見方を示している。「利上げの終わり」はいつかと意識されていた昨年とは異なり、「しばらく利上げが続きそうだとの見方に変わってきた」(森谷氏)という。

一方、米国に追随するとみられていた日欧は、金融引き締めの思惑が後退している。日銀は出口議論を事実上封印。欧州もドイツなどの景気指標が頭打ちとなる中で、欧州中央銀行(ECB)は債券買い入れ終了時期を今年9月から先に延ばすのではないかとの見方が強まっている。

「米一強」の構図がドル高を加速、昨年までのマネーフローを逆回転させている。

<バブルを防ぐ効果も>

ただ、これは米利上げ局面における本来の構図でもある。堅調な景気を背景に、長期金利が上昇するのは自然だ。米株は過去最高値を更新。企業の利益も上がっているため、過去と比べ株価の過熱感は強くないが、バブル的な様相も見え始めていた。

景気が良いのに物価も金利も上がらない「ゴルディロックス」的な状況が続けば、過剰マネーが一部の資産市場に流入し、将来の金融危機につながりかねない。適度な金利上昇は、無謀な財政拡張策にも歯止めをかけるだろう。

ドル高/新興国通貨安で懸念されるのは、新興国からの資金流出だが、それほど心配ないとの見方もある。国際金融協会(IIF)のデータによると、新興国の金融収支は、2017年は小幅な資金流入超だった。新興国に関して言えば、過度なマネーフローは見られていない。

原油高の行方は警戒要因だが、FRBが景気を腰折れさせるような利上げ(オーバーキル)を行うとの懸念も後退している。

5月1─2日のFOMC声明では、物価目標について「Symmetric(対照的)」という言葉が付け加えられた。市場では「物価目標の2%を多少下回ろうと上回ろうと、すぐには金融引き締めを緩めたり加速させたりしないという意味」(国内銀行エコノミスト)との解釈が有力だ。

<自然利子率を超えた米実質金利>

とはいえ、金融引き締め的な環境は、じわりと経済やマーケットを圧迫し始めている。

米物価連動債US5YTIP=RR<>からみた実質金利は、5年タームで0.6%台後半と約8年半ぶりの水準に上昇。サンフランシスコ連銀が試算する自然利子率0.44%(17年10月時点)を大きく超えてきている。

米国の実質金利が自然利子率を大きく上回ったのは、直近で、90年代後半から2000年ごろと、05─07年、08─09年の3回。ITバブルやサブプライム問題などの理由があったとはいえ、いずれもその後にリセッションを迎えている。

昨年まで活発だった社債発行も、金利が上昇する中で減少。社債で集めた資金を自社株買いに充てる動きが止まれば、株式市場にもネガティブな影響を与えかねない。減税効果で、海外から本国に資金を戻す(リパトリエーション)動きがどの程度強まるかは、まだ不透明だ。

新興国からの資金流出は限定的であったとしても、低金利時代に膨張した民間債務が懸念材料としてくすぶる。国際決済銀行(BIS)のデータでは、新興国の民間債務(金融除く)は昨年末時点で51兆7938億ドル(約5645兆円)。GDP比では144%から191%に拡大しており、金利上昇によるデフォルト・リスクは大きくなっている。

JPモルガン・アセット・マネジメントのグローバル・マーケット・ストラテジスト、重見吉徳氏は「適温相場の『終わりの始まり』はもう始まっている。通常、2年程度のタイムラグがあるため、本当の終わりが来るのはもう少し先になりそうだが、リスクが徐々に大きくなっていくのは間違いない」と話している。

(伊賀大記 編集:田巻一彦)