刑務所で磨かれた起業家スキル

4月のある金曜日、午前5時30分にカルビン・ブアリはニューヨーク市ブロンクスにあるアパートの前で車を停めた。彼が運転するのはトヨタのミニバン、シエナ。後部ドアが開くと、女性が2人乗り込んだ。ブアリはタコニック・ステート・パークウェイに乗るために北に向かった。
2時間足らずで、ミニバンはグリーンヘブン刑務所の巨大なコンクリートの壁の前に到着する。女性たちは、そこで刑に服している家族に会うのだ。
ブアリはライダーズ・バン・サービスを立ち上げ、「刑務所送迎専用ウーバー」として売り込んでいる。とはいえ、彼にとってはウーバーより刑務所のほうがはるかになじみ深い存在だ。ブアリは2人を殺した罪で、グリーンヘブンで22年間服役した。終始、無実を訴えながら──。
昨年5月、真犯人が見つかり、彼の有罪判決は無効になった。ブアリはニューヨーク州ストームビルの刑務所から、自由の身となって歩み出た。
こんな経験をしたら、普通の人間は誰でも激怒するだろう。ブアリ(47)も刑務所に入って最初の数年は、憎悪の霞でおおわれたような生活だったと言う。
だが、刑務所暮らしで起業家としてのスキルも磨かれた。かつてクラックの密売業者として悪名を馳せたブアリは、天性の商売のセンスをよりまっとうな目的のために使うつもりだ。
昨年、彼は恋人の車を使って、ライダーズ・バン・サービスを開始した。今では3台の車と常勤の運転手2名(ブアリと恋人のチ)、そして自由契約の運転手2名をかかえている。この事業が、ニューヨーク州内にある52の刑務所すべてに受刑者の家族を運ぶアプリベースの運送会社に急成長すること、それが彼の夢だ。
「刑務所はわれわれの社会に深く根づいているから、この仕事がなくなることはないだろう」と、黒い中折れ帽子をかぶり、耳にダイヤモンドのピアスをつけているブアリは言う。

自由のために戦い続けて

90年代初め、ブアリはブロンクスで名を馳せたクラック密売業者だった。
2台のBMWを所有し、人を使って213丁目とブロンクスウッド・アベニューの角を支配していた。本格的に金を稼ぎ、ナイキのジョーダンを履き、帽子とおそろいのミンクのコート2着を持っていた。
その後1992年に、縄張りを横取りしようとした仲間がブアリを2人の兄弟の殺害に巻き込み、ブアリを告発した検察側の証人となった(2005年に、ブワリの仲間だったドワイト・ロビンソンは自分が兄弟を殺害し、ブアリを犯人に仕立て上げたことを告白した)。
当時、マスコミはブアリを「黒魔術」の使い手であり、残忍な凶悪犯だと報じた。ブアリは1995年に有罪となり、懲役50年以上の判決を受けた。
だがブアリは、自由のための戦いをやめなかった。
そしてジャーナリストのスティーブ・フィッシュマンは、7年にわたって彼の話を聞き続けた。フィッシュマンは犯罪実話のポッドキャスト「エンパイア・オン・ブラッド」で、正義を求めるブアリの足跡を配信した。
フィッシュマンの取材に応じて話をした証人たちは、その後2015年に法廷でブアリが殺人犯ではないことを証言した。2017年5月に、裁判官は判決を撤回した。

刑務所訪問を「より快適に」

グリーンヘブンから出て1年足らず、自由の身になったブアリはニューヨーク州北部に向かって車を走らせている。
後部座席の3人の女性──シーラ・クラーク、ダーレーン・ビブス、ジョノイ・フライは、殺人や殺人未遂の罪で服役中の恋人との面会について話している。彼女たちは少なくとも月に1回は面会に訪れる。刑務所訪問は感情的に辛いだけでなく、経済的な負担もあるし、交通手段の確保も難しい。
刑務所は、車で数時間かかる場所にある。服役囚の家族の多くは車を所有していないため、ミニバスでの送迎サービスに頼らざるを得ない。
市内から50ドルで往復は可能だが、こうしたサービスは1日1回しか運航しないため、一度の訪問に8時間はかかってしまう。多くの場合、その日は仕事を休まなくてはならない。ジョノイ・フライが言うように、従来のサービスは「低品質」だ。
「14人もの乗客と一緒に詰め込まれる。受刑者の妻グループって感じ」と、フライは言う。「みんな喧嘩を始めたり、夫の不満を愚痴ったりする。でもカルビンのサービスは、文明的よ」
ブアリのライダーズも料金は50ドルだが、家畜並みの扱いではなく、車は清潔なミニバンで乗客は4人までと限られている。ブアリは1日に2往復するので、利用者は刑務所を訪問して、正午までに街に戻ってくることができる。
ブアリによれば、営業を始めて1年で送迎サービスは10万ドル以上の収益を上げた。「1人当たり50ドルで帳尻があう」と、彼は言う。「シンシンやアティカ、ファイブポインツ、クリントンへの送迎なら、かなり儲かる」
州全体に事業を拡大できれば、数百万ドル規模のビジネスを構築できるとブアリは考えている。「私は事業をもう一度構築している。ただし今回は、合法的な帝国を作る」
だが、目標達成にはほど遠い。ライダーズ・バン・サービスはウーバーとは、とても比べものにならない。現在、3台の車しかない小さな会社だ。

囚人仲間に学んだあきらめない心

ブアリの刑務所での生活はゆっくりと過ぎ、当初は怒りと自己嫌悪を交互に感じる日々だった。ある時点で、ブアリは間違った有罪判決を受け入れ、麻薬の密売をしていた自分にはふさわしい刑だと感じたという。
5年の刑期が過ぎたころ、シーラの夫で服役中のポール・クラークと出会った後、彼は変わろうと決心した。ポール・クラークは殺人の罪で服役中だったが、無実を訴えていた。ブアリは怒りよりも、すべてのエネルギーを出所することと自己改造に費やすことにした。「アメリカは2度目のチャンスの国だ」と、彼は言う。
ブアリは刑務所で、商業施設への侵入窃盗と脱税で27年の刑に服しているトラビス・ジャクソンとも出会った。当時ジャクソンは、受刑者に革製品を販売していた。ブアリは元妻の助けを借りて、監房で衣服と靴のカタログ販売会社を営んだ。
2人は互いに助け合い、刑務所の幹部に小規模ビジネスの経営方法を教える講座を開くという企画を売り込んだ。
企画は採用された。2人が作ったシラバスには、法人の設立方法や会計学と経済学の基礎に関するレッスンが含まれていた。
「合法的に必要なだけの金を作る方法を知らないために、刑務所に入る羽目に陥った人は多い」と、ジャクソンは言う。「この講座で、まっとうな生活を送り、金を稼ぐ方法があることを知る手助けができればと思う」
ブアリは今、現実の世界でその方法を試そうとしている。彼の履歴書に記載されているように、ブアリの才能は「非常に困難なビジネス環境」で事業を営むことができることだ。
だが約20年も外界から切り離された生活を送ったため、ブアリは「テクノロジー嫌い」になった(自分は「恐竜時代」で止まっていると彼は言う)。
いまだにスマートフォンのように、誰もが当たり前に使っているテクノロジーに驚きを感じている。「インターネットはすばらしい」と、彼はまじめに言う。「1秒で世界中に金を送ることができる」
ブアリの弟は、バージニア州でウェブの開発会社を経営している。弟が自分の会社のアプリ製作を手伝ってくれることをブアリは願っている。

「2度目のチャンスを信じている」

ブアリは古巣のグリーンヘブンに到着した。そびえたつコンクリートスラブの壁の間にいくつか監視塔が点在している。車を停めて、乗客らと共にブアリは刑務所の入り口に向けて歩き出した。所内に入る手順はよく知っている。携帯電話をロッカーに入れ、列に並ぶのだ。
警備員は親し気にブアリを名で呼び、服役中よりずっと元気そうに見えると褒めた。「彼は毎日、法律文書をかかえて歩き回っていた。すぐにここから出ていくと言いながら」と、ミセス・エスと名乗る警備員は言う。
30分ほど待つ間、ブアリは自分の名刺を列に並ぶ人々全員に渡し、「ウーバー的な」送迎サービスを提供していることを説明した。
コートを脱ぎ、ベルト、靴、帽子を外し、金属探知装置を通過した後も、警備員たちは彼に声をかける。鉄のゲートを通過し、面会所に向かう彼に「君なら成功するって、わかっていたよ!」と、一人が言った。
女性たちは面会所で、テーブルの前に座って待つ。そのうちに息子や夫(すでに服役10年以上、さらに10年以上刑期が残っている)が陰気な部屋で話をしたり、自動販売機で買った食べ物を食べたりするためにやってくる。
ポール・クラークとフライの夫は、9時30分ごろに姿を現した。「カルビンがやっているようなサービスのおかげで、家族がひとつになれる」と、シーラ・クラークは言う。
約2時間後、ブアリはミニバンを走らせ、タコニックステート・ハイウエーを降りて、市内に戻る。軽やかに舞う4月の雪のなか、車を運転しながらブアリは1990年代にテキサスからトラックで、メキシコから密輸されたコカインを運んだ時のことを話した。コカインの包みはテレビの中に隠していたという。
一度の旅でどれだけの量をニューヨークに運び入れたのかと尋ねると、彼の目が光った。「何トンも」と、彼は答えた。
ブアリはスピードを落とし、右側からやってきた葬儀の行列を通した。彼は霊柩車を指さした。「ほら、昔のカルビンは死んだんだ」と、ブアリは言う。「詐欺師は何でも売ることができる。靴下、タイヤ、下着だって売る。私は昔と同じ人間ではないし、2番目のチャンスを信じている」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Will Yakowicz/Staff writer, Inc.、翻訳:栗原紀子、写真:Sayan_Moongklang/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.