「民間力」で変革。「観光」をモデルチェンジする山形市

2018/4/25
観光立国を目指している日本。2017年に過去最多の訪日外国人数を記録したものの、観光地においては京都や北海道、沖縄など一部の人気スポットに集中している。主要な観光都市ではない地方の観光産業事情は厳しい。そんな中、山形県山形市は観光業活性化に向けて、日本IBMの力を借りた。そこで進められたプロジェクトとは何だったのか。山形市の商工観光部でこの4月から新たに観光戦略課と改名した課において課長として市の観光戦略をリードされる青木哲志氏と、日本IBMで今回のプロジェクトに携わった髙橋志津氏に話を聞いた。

「日本一の観光案内所」に向けて

──「観光立国」に政府が積極的で、2017年は過去最多の訪日外国人数を記録しました。山形市の状況はいかがですか。
青木:山形市も政府の方針に合わせて観光業に力を入れています。「日本一の観光案内所」を標榜し、平成20年度から平成29年度までの長期プラン「山形市観光基本計画」を推進。目標は320万人の観光客の誘致と370億円の観光消費額に定めました。
 私は「観光物産課(当時)」に籍を置いて今年で9年目になりますが、私が着任した頃に比べて、自治体による観光業を活性化させるための施策は様変わりしています。
 従来、地域の観光業活性化に向けて自治体が「営業」をかけるのは、旅行代理店でした。消費者が旅行に行きたいと思った時、だいたいは旅行代理店に行って、パックツアーを購入するのが一般的だったからです。
 でも、今は「個人旅行」の時代。ウェブサイトやSNSを通じて情報を収集し、個人が自分なりのプランを作ってそれぞれが個別に申し込むようになりました。
 そうなると、旅行代理店に営業をしていればいいわけではなくなったんです。
 とはいえ、なかなか自分たちで消費者にどのようにアプローチしていけばいいかわからず、施策も「前年踏襲」のままで発展性のない時間が続いていた点は否めません、
 観光客の中心である近隣、東北の方々からの継続的誘致、そして国内他地域、さらには今後力を入れなければならない海外観光客をどうやって取り込むか、年々危機感は強まっていました。だからこそ、今回、長期の観光基本計画を定めたのです。
山形市観光戦略課の青木哲志氏。観光産業の活性化に約9年従事している。

IBMの社会貢献プログラムを活用

──そこで外部の知恵を借りようとIBMの「スマーター・シティーズ・チャレンジ」に応募した、と。
青木:はい。2016年末から懇意にさせていただいた日本IBMの方から話を聞いたのがきっかけです。
 IBMの社会貢献活動として、都市が抱えているさまざまな課題解決に向けた提言を、IBMのスタッフが無償で提供してくれるプログラムがあると聞いて、ぜひとも力を貸してほしいと思いました。
 私は自治体でしか働いたことがないので、推測もありますが、自治体の仕事の進め方って特殊だと思うんです。基本的にやることが決まっていて、前年踏襲することが多い。いわば、何かを変えることが苦手なんです。
 ですから、こういう「チェンジ」を起こす時には、外部の「知」が必要だということは私には重々分かっていたので、絶好のチャンスだと思いました。
──IBMは今回の山形市のリクエストを受けて、どのような取り組みを行ったのですか。
髙橋:スマーター・シティーズ・チャレンジは、先ほど青木さんからご説明あったように、各都市の課題を聞き、それに合わせて全世界のIBMから選抜されたスタッフでご支援するという社会貢献活動の一つです。プロジェクト期間は3週間で、課題解決のための提言を各自治体にご提供することをゴールとしています。
日本IBMの髙橋志津氏。通常は次世代技術の研究部門に籍を置いている。
スマーター・シティーズ・チャレンジとは……
全世界の都市を対象にした、各都市が抱える課題解決を無償で支援するコンサルティングプログラム。各都市の課題に合わせて、その分野に精通するIBMスタッフが全世界から集まってチームを結成し、課題の分析から解決するための提案までを行う。これまで130都市を支援してきた実績があり、日本では、札幌市、仙台市、石巻市、伊達市、京都市、新潟市をサポートしてきた。詳細はこちら
 2017年までに世界130都市を支援してきた実績があり、日本だけで言えば山形市は7都市目でした。
 観光業活性化というテーマは日本では今回の山形市が初めてでした。このプロジェクトにはアメリカから2名、イギリスから1名、そして日本IBMから私を含めて3名、計6人の社員が集まり、10月はじめから3週間のチャレンジをスタートしました。
 手がけたことと言えば、大きく言えば1週間目は情報収集。青木さんを含め山形市の観光に関わる関係者の方々からの課題のヒアリング、各名所の視察、地元の方々との交流に時間を費やしました。それを踏まえて2週間目は具体的な実行プランを検討、作成し、3週間目で提案書を仕上げるといったスケジュールでした。

定めた5つの領域と12個の提言項目

──どのような提案を行ったのですか。
髙橋:最終的には約70ページで構成する提言書を作成したのですが、その中で具体的な提言として12項目に定め、それに合わせて短期、中期、長期のスパンで実行計画を示しました。
 主なポイントを言うと、ブランドの確立、体験型ツアーの告知と認知、デジタルを駆使した情報発信と観光客サポート、アンバサダー(観光ボランティア)プログラムの開発です。
3月27日、山形市の佐藤孝弘市長(写真右)に観光産業活性化に向けた提案書をわたした。(写真提供:日本IBM)
──とくに苦心したのは何でしたか。
髙橋:山形市だけではないと思いますし、企業にも言えることだと思うんですが、やはりブランディングですね。他の都市でも観光業を盛り上げようとしている中で、山形市にしかないオリジナリティを見つけ出し、それをどのように広めていくか、情報を発信し続けることができるかだと思っています。

「仕事の進め方」を学んだ

──山形市にとって今回の提言ポイントはいかがでしたか。
青木:デジタルを活用した情報発信や観光客サポートは、私たちでは生み出せいないたくさんのアイデアが詰まっていて非常に魅力的でした。そのほかも具体的な実行計画まで示されていて、早速、基本計画に盛り込んでいます。
 また、市長の大号令もあり、観光物産課は、地域の名産品をPR・流通させる部門を独立させ、観光物産課は観光産業活性化に向けた戦略の立案・実行に集中する組織「観光戦略課」として今年の4月からスタートを切りました。こうした組織再編にも少なからず、今回のIBMとのコラボレーションが影響していると思います。
 それと、プランの内容だけでなく、私が大変勉強になったのはプロジェクトの進め方なんです。
 先ほど話したように、役所の仕事の進め方は基本的にレールが敷かれているというか、決められたプロセスを踏んでいけばいい。それゆえに、何か新しいことを進めることが苦手。
 だから、今回のように課題を見つけ出し仮説を立てて検証し、実行プランに落としていくというプロセスを体験することができたのは最も大きな財産かもしれません。
──今回作成したプランを山形市だけでなく、山形県全域、そして東北全域でも一丸となって観光産業を盛り上げていくような取り組みは今後あるのでしょうか。
青木:それは考えていて、一部の地域とはすでに連携しています。お察しの通りで、私たち山形市だけでは東北という土地に興味を持ってもらうのはなかなか難しい。
 東北の各地域では、私たちと同じような悩みを抱えている自治体がたくさんあります。そうした自治体と協力して、東北全体の観光業を盛り上げていくような協議会をすでに立ち上げていますので、「共創」によって発展させることができればと思っています。
──髙橋さんは今回のプロジェクトに参加されていかがでしたか。
高橋:今回のスマーター・シティーズ・チャレンジには主に3つの目的があります。一つは担当の自治体の課題解決をお手伝いするという社会への貢献、そして二つ目は、IBMの社員やソリューションに触れていただき、IBMを認知していただきたいというブランディング、そしてもう一つは社員の育成です。普段とは違うプロジェクトに携わることで知見が広がり、通常の仕事にも与える影響は大きいと思っています。
 今回は国も職種も役職も異なるメンバーが集まって3週間という短期間で成果物を出すというプログラムでした。
 私は普段は研究開発チームに身を置いていますが、今回のプロジェクトでは通常の業務とは全く違う経験ができたことが最も大きな価値でした。とくにチームビルディングや意思決定、個々の考えを一つの結論に集約させて行く過程においては学ぶことが多かったです。
(取材・構成:木村剛士)