EVブームの論調に踊る人がわかってない本質
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注目のコメント
ブームってなんでしょうね。
世界中どこみてもブームは来ていないと思うんですが、メディアはみんなブームって言ってますよね。
世界的にメディアは自己暗示(宗教?)に罹患されており、気の毒ではありますが、それを真に受ける方々も多いわけで。罪は大きいと思うんですがね。
この池田さんの寄稿に加えて、欧州排ガス規制ECE R101ではプラグインハイブリッド車優遇ですから、欧州はみんなこっち向きです。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5867?page=3
そういえば、少し前ダイソンが参入って記事でも、こんな温度ですね。水平分業で参入障壁なし、みたいな。
https://newspicks.com/news/1472626
当方この頃はNPやってなかったのですが、この頃息巻いてた方々が最近元気ないようで面白くないです。
〈追記〉
あくまで私見ですが、異常なまでのEVブームのトリガーはVWのディーゼルゲート問題だったように思います。
で、このディーゼルゲートの調査もVW狙い撃ちしているように思われ、一体誰が糸引いてるんだろう、と。
コレを炙り出して誰がトクするんだろう、と。
調査分析コストも膨大なはず。
今更VWをフォローするつもりはありませんが、あまりに出来過ぎなストーリーに以前からキナ臭さを禁じ得ません。殺傷能力の高い規制製品なので、参入障壁が高いのは当然
「電動化(electrification)」は特に日本やドイツなど自動車メーカーの多い国のロジックで、駆動用モーターが載っていればEVっぽい車の仲間にいれようという総花的な表現。経産省では「XEV」(BEV、HEV,PHEV、FCEV,等)などと呼んでいる。
「日本の自動車メーカーは・・・」という陰謀論は、世界に先駆けてEVを市場投入している三菱や日産の存在を無視した表現で、実際は東芝、シャープ、三菱、日産など大手上場企業がトラブル続きなのになかなかボロが出ないトヨタをどうしても批判したい日本のメディアの苦し紛れの言い方、というのも背景にある。100年に一度のパラダイムシフトの先に何があるのか?自動車技術のシンギュラリティ,私は約30年後と考えます。その世界を想像してみる。
21世紀初頭の研究開発により「電気」自動車技術は円熟化し,「唯の自動車」(移動するだけの空の物体)はコモディティ化している。唯の自動車を構成するあらゆるコンポーネントは標準化,モジュール化されている。唯の自動車を作るのは平易。必要なモジュールを組み合わせるだけ。昔は人が経験で行っていたモジュール間の調整も,AI技術で標準化されて簡便になった。また,細かい調整はユーザー好みに合わせて,走りながら自動で行われる。
誰でもちょっとした趣味レベルで唯の自動車が作られるようになった時代。唯の自動車しか製造できないメーカーは,価格以外でお互いの差別化が難しい。死屍累々。
一方,安泰なメーカーも存在する。それは,取り換えのきかないモジュール,それを変えると他の多くのモジュールを変更することになるモジュール,それを一から開発するより完成品を調達したほうが経済的なモジュール,そんなモジュールを自前で用意でき,他者に提供しているメーカーである。そのモジュールこそ,自動運転システムを含むオンボード・オペレーティング・システムを収めたモジュールである。
コモディティ化した自動車にユーザーが求めるものは何か。もはや走りや乗り心地の良し悪しではない。21世紀初頭に,PCやスマホをCPUスペック,メモリ量で選ばなかったのと同じ。その自動車で何が体験できるかである。そこで,21世紀初頭では想像が及ばない自動車の利用とサービスが創造され,唯の自動車にインストールするガジェット,アプリが開発されている。多くの自動車メーカーは,ここで差別化を試みる。また,アプリ開発のみのメーカーも存在する。
PCの歴史と似ている。
なお,自動車販売「網」は無い。自動車は個人で所有する物ではなく,共有する物である。マイカーを持つ個人もいなくはないが少ない。
2017年.このような未来を見ている者は,自らの自動運転システムをいち早く(電気自動車の完成を待たずに)完成させ,デファクトスタンダードとし,不確実な未来で少しでも安泰な地位を得ようと血眼になっている。
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1年ほど前のコメント.TMAPの人が「頭の中お花畑」論と命名.永久不変?変化の時間スケールは?40代以上の人は定年までは大丈夫.