【ベイスターズ岡村社長】非従来型経営で示すプロ野球の可能性

2018/4/24
*前編はこちら
【ベイスターズ岡村社長】都市空間創造球団の新しい価値づくり

連続する「日常と非日常」

――多くのプロ野球ファンにとって、スタジアムでの観戦は非日常の体験だからワクワクします。一方でスタジアム外のビアガーデンなど、球場から一歩外に出たら日常の存在としてベイスターズや横浜を感じられるような仕掛けをすることで、ファンがより愛着を持てるようにしているのですか。
岡村 ベイスターズや横浜、もしかしたら新たなスポーツを通じて、そう感じられるようにしています。
今はその仕掛けとして、BAYSTORE(オフィシャルグッズショップ)を横浜スタジアムだけでなく、横浜の玄関口の西口にあえて出店しています。関内が「横浜スポーツタウン構想」の中心ではあるけれども、広がる可能性もある、と。BAYSTOREが横浜駅にあることで、横浜だけではなく県外の人も含めた人たちが、ベイスターズが発信するものに触れるきっかけになります。
――ファンはただスタジアムで見ているだけでなく、様々なイベントに参加し、グッズに触れることで「自分もベイスターズの一員である」とより感じられるようになる、と?
今のスタジアムがまさにそうです。コミュニケーションツールとしてのグッズがあり、試合中には様々なイベントがスタジアムで行われています。
さらに、スタジアムの周りがつくり出している雰囲気を見てもらえれば分かると思います。まさに非日常の空間そのものが、横浜公園にはみ出していますよね。
一度におよそ3000人の人たちがスタジアムの外のビアガーデンでビールを飲みながら、パブリックビューイングでベイスターズを応援していたりします。さらに野毛(横浜市中区にあり、「酒飲みの聖地」とも言われる地域)の居酒屋ではベイスターズの話題で盛り上がっているかもしれない。
まさにベイスターズがきっかけとなり、ワクワクする空間をみんながつくり出しているんです。今よりもっと多くの人が集まってくればそんな空間をより多くつくり出せるし、外国の観光客にそれを楽しんでもらってもいい。そうすると、横浜はもっとにぎやかになっていきます。
なぜなら横浜スタジアムの隣には中華街があり、元町があり、山手があり、昔からの異国情緒を味わえるノスタルジックな横浜がある。さらに野毛があり、馬車道があり、伊勢佐木町など多彩なエリアが周りにあるので、それらが連携していけば、横浜のまちの機能が再活性化してくると思います。
我々が追いかけているのは、そうした最大限の可能性です。だから従来型のプロ野球の球団経営、球場経営とは異なると考えています。
――プロ野球、あるいは横浜にはそれほどの可能性があるということですか。
政府は「成長産業としてのスポーツ市場価値を3倍にする」と言っていますが、単純に売り上げを3倍にしようと考えたら、興行以外にも事業がないと増えません。
市場価値はお金で計られるものですが、お金も人も物も情報もいろんな意味で新たなものが生み出されることで、産業として拡大すると私は思っています。
横浜にはそういうモデル、牽引役となり得るポテンシャルがあり、それにふさわしい歴史もあります。このまちから、スポーツの産業、文化の可能性をさらに拡大していくつもりです。
ベイスターズの岡村社長(撮影:TOBI)

共時的でなく、通時的な契約関係

――日本全国には野球の独立リーグや、サッカーのJ2やJ3、Bリーグでも経営環境が厳しいチームがたくさんあります。本拠地のある場所によって全然違うのでしょうが、彼らが成長を目指すために、総論としてどんなアドバイスをできますか。
アドバイスなどを語る立場にはないのですが、そのスポーツコンテンツやスタジアムが、地域の人たちにどれだけ必要とされるかだと思います。必要とされるなら持続的に発展しますし、必要とされなければ持続的に発展しません。
私は以前、ケーブルテレビの事業に携わっていましたが、まさに地域に密着して地域の人々への情報発信をしています。例えばテレビ局が美大の学生を連れてきてワインをつくるイベントを行い、新しい情報をつくり出すことにも参画する。そうすると、その地域に人がずっと住み、その人がケーブルテレビのサービスを使うから、そのサービスが持続する。
同じように、それぞれの地域の人々に必要とされるスポーツコンテンツであり、必要とされるスタジアムやアリーナになることです。もしかするとその地域の人口は今より少なくなるかもしれないけれど、より生き生きとした生活を営むのに不可欠な存在、つまり心のソフトインフラのような存在になれば、おのずと持続的に発展すると思います。
――今後の日本では全般的に人口が減少していきます。だからこそ、今の人たちに合った文化をつくっていく必要があるのでしょうか。
私が常に思っているのは、バトンタッチです。今までの資本主義は歴史的な共時性、つまり「僕はこれを提供するから、これを下さいよ」というお互いの共時的な貸し借り、契約関係で行われてきましたが、その形は変えていかないといけないと思っています。
我々は共時的な契約関係ではなく、通時的な契約関係にあります。
つまり、過去に横浜で球団運営を頑張ってくださった方々は我々から何ももらえませんが、過去の方々が一生懸命やっていただいたおかげで我々にバトンタッチするものがある。今、我々が球団をうまく経営できているのは、横浜スタジアムがここにあり、ベイスターズをここに引っ張ってこられたように、先人たちが木を植えたから、我々はその下に憩うことができる。
同じように、我々も未来の人たちに向けて契約関係に立たないといけません。未来の人たちに向けて、「我々は何を渡せるのか?」と考えないといけない。
そう考えると、「この横浜において、我々は素晴らしい歴史を先人から受け継いできた。それをそのまま維持することも難しいことですが、願わくは、もっと素晴らしいものにしてバトンタッチしたい」と思うわけです。
では、その「もっと素晴らしいもの」とは何だろう?
ベイスターズがもっと多くの人に慕われることだけではなくて、ベイスターズをきっかけにまち全体がもっと楽しいものになったり、人の生き方がもっと楽しいものになったり、恋人たち、親子、家族、同僚たちがもっといろんな意味でのつながりを感じることができたり、それぞれの個性がより尊重されたりと、そういうものをスポーツをきっかけにつくれるのではと思っています。
そうしたことの繰り返しが、歴史です。それが通時的な契約関係というか、未来の人たちに対して我々は何をできるかと考えています。
だからこそスタジアムも、東京オリンピックを一つのきっかけに大きな投資をして改修しています。横浜の真ん中にスタジアムを維持することによって、もしくは横浜市役所の跡地をみんなで素晴らしいものに変えていくことによって、我々は横浜をさらに魅力的なまちにして、未来の人にバトンタッチできます。
そういうことをやれる球団、もしくはそういうことに意識的な球団でありたいと考えています。
ただし、それは我々だけではできません。ファンの皆さんの力、地域の人の力、経済界の人たちの力など、我々のパートナーとなってくれるような方々の力が必要です。我々はそのことを意識的に考え、公共の磁場をつくり出す存在でありたい。
そうすると我々の社員自体も常に成長し、常に今までの自分たちにとって大切なものを持っていながら、さらに違った存在になれます。
それは弁証法的な考え方です。巻き貝とかアンモナイトのように、必ず中心には今までの過去を全部背負っている。その過去を背負いながら、新しい価値も生んで大きくなっていくという存在です。
我々の根本には野球やスタジアムの素晴らしさがあり、それらを大切にする。でも、そこにとどまるのではなく、もっと大きく育っていく。
それを歴史的に連続性のある場所において実現したいということです。ゲニウス・ロキ、つまり土地の霊が、横浜の中心で近代の日本を見守ってきました。ここにはいろんなものを生み出してきた何か、いわゆる土地の力がある、と。その土地の力、歴史の力、人々の力を感じながら、我々も歴史に主体的に関わって新たなページにその名を刻もう、と。
それはベイスターズの優勝かもしれないし、まったく新しいスタジアムかもしれないし、そもそもみんなが体験したことのない新しいエンタメか、もしくは新しい企業になるかもしれません。

プロ野球から広がる可能性

――今後球団として存在感を高めれば高めるほど、野球のグラウンド面にはどういう効果が跳ね返ってきますか。例えばソフトバンクの孫正義オーナーは「世界一」や「10連覇」を目指せと言っていますが、ベイスターズはそう遠くない将来、どこを目指していますか。
過去20年優勝していなくて、通算でも横浜の地において40年で1回しか優勝していないので、まだそういうことを言う立場にはなれません。
でも信じているのは、球団がDeNAのスポーツ事業として成長していく、さらにスポーツ産業、文化が今後成長していく上での牽引役として我々のいろいろな取り組みが広がっていけば、その根幹であり、巻き貝の中心であるベイスターズは、会社としての規模や勢い、成長にふさわしいコンテンツになると思っています。
今もすでにそうですが、チームの成績とともに球団も成長しています。我々の持つプロ野球というコンテンツが、より魅力的になっています。
「10連覇を目指せ」とは言いませんが、毎年優勝を争えたり、もしくはたまにBクラスになったらそのことが逆に翌年のリベンジの原動力になり、むしろ一層まちが盛り上がるようになったりしていくと思います。
――2020年に球場改修が終わり、公式戦以外にもスタジアムを活用したイベントが増えていくと、球団の成長幅はどれくらい拡大していくイメージですか。
スタジアムのキャパシティが改修によって約6000人分大きくなれば、チケットなどを含めてその掛け算で大きくなります。だけど、そこにとどまりたくない。
いま、横浜ジョイナス(ショッピングセンター)にBAYSTOREを出店していますが、例えばいろんな鉄道会社さんと連携してBAYSTOREや球団が手がけるライフスタイルショップ「+B」、ブールバードカフェ「&9」を拡大していくことも考えられます。
そして、横浜市役所の跡地の再開発がこれから進む中で、我々がどういう貢献ができるのかを明確にしていく。そうするとスタジアム単体で規模が大きくなったというだけの話ではなくて、いろんなところが掛け算になってくる。
一方で横浜のまちが再開発されるので、我々がテーマにしている「ソフト主導の新たな魅力的な空間づくり」は、もっといろんなところに広がっていくかもしれません。
――そうなると、ベイスターズは御社の旗艦店みたいなイメージですか。
まさにベイスターズ、そして横浜スタジアムがフラッグシップということです。DeNAのスポーツと言うと、まずはハマスタかベイスターズという球団が思い浮かぶ。だけど我々のスポーツの取り組みはまちに広がり、さらにはおそらくバーチャルの世界にも広がっていくというようにしたいな、と。
そこで大切にしないといけないのは、「我々の出発点は何か」を常に覚えておくことです。それが過去から継承していて、今も大切なものです。それはベイスターズであり、ハマスタである。プロ野球の素晴らしさ、そしてプロ野球があるまちとしての素晴らしさが、やっぱり我々の魅力の根源だと思います。
その取り組みやそこでの成功体験から、我々の取り組みは広がっていく。スタジアムという場で言うと、飲食とか、コミュニケーションツールとしてのグッズとか、「+B」のようにライフスタイルの提案などいろんな発想が出てきて、どんどん広がっていく。
もしくはベイスターズをもっと楽しんでもらうために、今後、もしかしたらホテルなどを手掛けるかもしれません。ホテルを経営することで、ベイスターズを利用してもっと楽しめるようにする。すると今度は「スポーツアトラクションもあればいいよね」となってと、どんどん広がっていきます。
その中心にはいつもベイスターズがいて、名選手がいて、そういう人たちが歴史に刻まれていく。同時にここを訪れる多くの人は、やっぱりベイスターズファンでもある、と。ベイスターズという大切なものがあるから、いつも聖地横浜に来る、と。
でもそれだけではなくて、今日はスタジアムが混んでいてチケットを取れなかったから、パブリックビューイングで8Kの大画面を見ながらビアガーデンで楽しもうよ、と。
今日は最初からそういうつもりで来たから、屋上のテラスでビールを楽しもうとなる人もいるでしょう。今日はスタジアムで興行は行われていないけれど、スタジアムの個室観覧席を利用して、友だちとパーティーやろうという人もいるかもしれません。
同時に横浜のまちがすごく変わっていき、eスポーツの会場になっているかもしれない。みなとみらいだけでなく、湾岸部の開発がさらに進めば、観光客がもっと集まるでしょう。そこで我々が面白い仕掛けを行うこともできます。
まち全体が都市空間として広がっていき、三浦半島にはマリンスポーツがあり、山の方ではトレッキングをやっている。都市空間の中心である横浜を入り口にして観光客が集まってきて、神奈川がスポーツツーリズムを楽しむためのベースになるかもしれない。そうして新しい価値をつくろうということです。
必ずしもまだ明確になっていないものもありますが、少なくともスタジアムは改修してつくり直しています。我々が携わるか否かは別として、横浜市役所の跡地に、今までと違うにぎわいをつくる必要もあります。
そのように具体的にやることがあり、かつベイスターズはシーズンを重ねるごとに強くなっています。
私の思っているような方向にうまくいけば、成熟社会にふさわしい成長産業としてのスポーツビジネスが広がり、新しい都市空間に新しい生活の価値を加えることができる。そうすると我々は、未来の人にバトンタッチすることができるのではないかと考えています。
(写真:©YDB)