【猿田彦珈琲✕Soup Stock Tokyo】「香る」リアルな飲食体験がビジネスのヒントになる

2018/4/13
私たちにホッとしたひとときを与えてくれるコーヒーやスープ。リフレッシュのため、労をねぎらうため、時に集中力を高めるためにオンタイムに取り入れるビジネスパーソンも多いだろう。
本格的なこだわりコーヒーで人気の猿田彦珈琲の大塚朝之氏と、Soup Stock Tokyoの遠山正道氏が、ビジネスパーソンにとってのリフレッシュや、「食」や「飲料」が与えてくれる創造性、「五感を刺激する香り」が果たす役割について語り合う。
ビジネスをする理由は自分たちの内側にある
大塚:猿田彦珈琲のコンセプトは「たった一杯で、幸せになるコーヒー屋」です。
 起業するとき、最初に映像が浮かびました。店にいるのは、おじいちゃん、おばあちゃん、若いカップル、最先端のIT系ビジネスパーソン……。そういういろいろな人を受け入れられるのが珈琲屋だと思ったんです。
 じゃあ、どんなコーヒーを出すか。そこで、とてもシンプルではありますが、無添加や手作りにこだわって、一杯、一杯を丁寧に淹れることに決めました。カフェモカのチョコレートソースまで手づくりなんですよ。
遠山:ずいぶん幅広いターゲットですね。でも、私もSoup Stock Tokyoを始めるときに、「これ」というターゲットは想定しませんでした。それは、その他のビジネスでも同じです。
 ビジネスの理由を外に求めるのではなく、自分たちの内側にある理由を世の中に提示していきたい。こう言うと格好つけるようですが、アーティストがアンケートをとって絵を描くのではなく、自分の内側のイマジネーションを描くのと同じ考え方です。
 というのも、マーケティングをして外に理由を求めると、うまくいかなかったとき人のせいにしてしまうんですよ。ビジネスをしっかり続けていくためにも、自分たちの内側から出てくる理由を大事にしたい。私たちはそれを「自分ごとにする」と言っています。
大塚:その考え方、すごく共感できます。僕は以前からずっと、素材へのこだわりが感じられるSoup Stock Tokyoのファンであるだけでなく、経営者としての遠山さんにとても憧れているんです。
 だからこそ、Soup Stock Tokyoがどんなコンセプトで生まれたのか、お会いしたらぜひ聞きたいと思っていたんですよ。
遠山:Soup Stock Tokyoのアイデアは、ふと浮かんできた「ひとりの女性がスープを飲んでホッと一息ついている」シーンがきっかけでした。それからすぐに物語形式で企画書を作成して、Soup Stock Tokyoが生まれたんです。
 創業時のキャッチコピーは「無添加、食べるスープ」。「20円安いものより、200円高くてもいいからちゃんとしたものが食べたい」という私自身の思いもあって、最初から素材にはこだわると決めていました。
 もともと自分に「体にいいものを食べる」という志向はありましたが、子どもが生まれつきのアトピーで、より一層「無添加」を意識するようになったんです。
大塚:そうだったんですね。そのシーンは僕にも見える気がします。
 JALの国際線機内食で「世界で一番高い場所にあるSoup Stock Tokyo」が提供されていますよね。外国から戻る飛行機の中でスープのおいしそうな香りが漂ってくると、「ちょうどこういうのが食べたかった!」という気持ちになるんですよ。
 和食でもないのに、そんな気持ちにさせられるSoup Stock Tokyoのスープは本当にすごい。同じように外国から戻る飛行機で猿田彦珈琲を提供したとしても、そんなふうにホッとしてもらえるかと考えると、まだまだだなと感じます。
遠山:温かいコーヒーにも同じように「ホッとする」感覚はありますが、気分をシャキッとさせる両極端なイメージもありますからね。おいしそうな香りがするスープには、空腹を満たすだけではない、優しさ。感覚的な魅力があるんですよ。
「珈琲屋」から缶コーヒーへの挑戦
大塚:確かに、僕がコーヒーを飲むのは、疲れていて、気合を入れたいときが多いですね。豊かな香りに包まれながらコーヒーを飲むことによって安らいで、リフレッシュできた結果、テンションが上がったりもする。
 僕らの淹れたコーヒーを飲んだお客さまみんなにそう感じてもらえるのが、一番の理想です。
 Soup Stock Tokyoも、食事だけが目的ではなく、スープの香りが漂う空間が気持ちいいとか、リフレッシュできるからという理由で来ている人が多いのではないでしょうか。
 僕の場合は、15分くらい集中して書きものをしたいときにSoup Stock Tokyoに行きます。それはやっぱり、気持ちがいいから。集中できるし、気持ちの切り替えもできる。
遠山:大塚さんのような感覚でSoup Stock Tokyoを選んでもらえるのは、すごく嬉しいですね。
 私は長く会社勤めをしていましたが、会社の打ち合わせのお供といえばコーヒーでした。気がついたら、一日何杯も無自覚に飲んでいることもある。コーヒーって、非常に仕事に馴染んだ存在なんですよ。
 それなのに、あえてコーヒーを飲む瞬間を作るというのは、自立した大人の感覚だと思います。
 そういうリフレッシュの時間って、簡単に手に入るものじゃない。実際は、忙しくてそんな時間がとれないという人が多いなか、自分で積極的に作り出していくものなんです。
 だから、特に会社勤めしているビジネスパーソンだと、仕事中にカフェに行くのは、サボっているようで少し後ろめたいと思うんです。また、同時に「そんな時間を持てる俺ってイケてる」みたいな嬉しさもあるんですが(笑)。
大塚:確かにそうですね。僕自身も、なかなかリフレッシュするためだけの時間はとれません。せっかく忙しい合間をぬってコーヒーを飲んでいる人たちに、後ろめたさがあるのは残念です。
 でも、パソコンの傍らに置けるおいしい缶コーヒーがあれば、忙しいときも手軽にリフレッシュできるんじゃないでしょうか。そういう思いを込めて、缶コーヒー「ジョージア ヨーロピアン」の監修をしています。
猿田彦珈琲・恵比寿本店。店内にはいつも淹れたてのコーヒーの香りが漂う。
遠山:なるほど。「どんな人も受け入れられる店=珈琲屋」と考えて猿田彦珈琲をスタートさせた大塚さんが、より多くの人においしいコーヒーを飲んでもらうために、缶コーヒーの監修に挑戦したんですね。
大塚:猿田彦珈琲のコーヒー一杯の単価は500円ほどですが、缶コーヒーは150円ほどです。その150円の世界で、おいしいものを作り、猿田彦珈琲という小さなブランドでは届けられない人にも、おいしいコーヒーを届けたい。
 監修を決めたときは、缶コーヒーの世界に「越境」し、「挑戦」する感覚でした。
 僕がおいしいと思うコーヒーを、いかに缶コーヒーで実現することができるか。珈琲店のコーヒーと缶コーヒーはつくる工程そのものがまったく違います。缶コーヒーの製造工程は、僕にとって未知の分野だったんです。
 使う豆の選別に始まり、焙煎レベルや抽出方法などの工程でジョージアの製品開発担当者さんと試行錯誤しながら、さまざまな技術をとりいれ完成したのが、「ジョージア ヨーロピアン」です。
遠山:それは興味深いですね。一番大きなポイントは何でしたか。
大塚:ポイントは香りと味ですね。コーヒーの「おいしさ」は香りと味の2つの要素によって感じられるので、僕のお店で提供する「淹れたての香り」にいかに近づけるかも、味と同じくらい大事なポイントでした。
 味に関して言えば、「コーヒー独特の苦味がおいしい」というのが、缶コーヒーの世界に共通する感覚でした。でも、苦味には「良い苦味」と「悪い苦味」があるんです。当時はそれが混在していると感じました。
 味だけでなく、なめらかさや後味の余韻などの良い要素を丁寧に重ねていけば、どんどん飲みやすくなる。それが、僕の考える「おいしい缶コーヒー」です。
 結果的に、香りも味もそれまでのものとはまったく違い、淹れたてのような香りや味を楽しめる、画期的な缶コーヒーになったと思います。
遠山:そういうこだわりのたくさん詰まった「ジョージア ヨーロピアン」を飲んで、リフレッシュしてくれるビジネスパーソンが増えたら、大塚さんの挑戦も成功したことになりますね。
身近な「飲料」や「食」がビジネスの「動機」になる
大塚:珈琲屋としては、コーヒーを飲む時間がアイデアを思いついたり、インスピレーションを得たりするきっかけになってくれたらいいな、と思います。コーヒーの独特な香りは、集中力を高めてくれますから。
 僕自身には、まだゆっくりコーヒーを飲みながら考える余裕はありませんけどね(笑)。遠山さんは、どんなときにインスピレーションが湧きますか。
遠山:インスピレーションが湧くのは、夜中、寝ているときやお風呂の中が多いですね。自由に発想できる状態よりも、何か他のことに拘束されて朦朧としているときに、ふっと映像が浮かんできます。
 ただ、アイデアを書き留めようとするうちに大事な部分を忘れてしまったりもするので、確かにコーヒーを飲みながらじっくり考えられるのが理想でしょうね(苦笑)。
大塚:分かります。僕も湯船につかっているとき、一番アイデアが浮かぶんですよ。
遠山:でも、コーヒーを飲みながら、何かを食べながら、五感を刺激しつつ考えるというのは、とても理にかなっていると思います。
 私は、どんな人にとっても身近な「飲料」や「食」は、いろいろなビジネスの「動機」になると感じています。というのも、「飲んでおいしかった」「食べてこう感じた」という感覚は、自分の感情や体験に紐付いているから、リアリティがあるんです。
 ビジネスというのは、何でも大変です。だからこそ、そういうリアルな動機が大切。そこから思考を広げて、自分なりに疑問を持ったり、仮説を立てていったりすると、新しいビジネスのヒントが見つかると思いますよ。
大塚:確かにそうですね。僕の場合は「珈琲屋」というかなりストレートな解でしたが、飲食はクリエイティブな発想をつくる下地になると思います。
遠山:リアルな食の体験には、いろいろなビジネスのヒントが潜んでいる。そういう空間をお客さまに提供していると思うと、改めて身が引き締まりますね。
(構成:工藤千秋 撮影:露木聡子 デザイン:九喜洋介 編集:大高志帆)