タイブレーク制は「次善策」。甲子園は誰のための大会か

2018/3/22
ここ数年、“プレイヤーズファースト”という言葉がスポーツ界で頻繁に聞こえてくるようになった。
選手にとって何が良いか、最善を考える。
それは健康面やメンタル、環境面など様々だ。
「もう少し選手ファーストで考えてほしいな。選手が潰れてからでは遅いよ」
自身のツイッターでそうつぶやいたのは、サッカー日本代表の長友佑都選手だった。1月に開催された全国高校サッカー選手権大会の日程に疑義を呈したものだ。
そんなプレイヤーズファーストの観点が最も希薄に感じられるのが、春・夏に開催される「甲子園大会」だ。
ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では50球以上投げた投手は中4日の登板間隔を必要とされている(※)というのに、甲子園では100球以上投げても連投が当たり前だ。数年前までは4連投がザラにあったほどで、育成年代で最も有名なこのビッグイベントにはプレイヤーズファーストの観点がないといっていい。
※正確には以下の規定が適用される。
・50球以上投げた場合、登板間隔を中4日空ける
・30球以上投げた場合、登板間隔を中1日空ける
・球数にかかわらず連投した場合は、登板間隔を中1日空ける
・球数制限はファーストラウンド:65球、セカンドラウンド:80球、準決勝・決勝:95球
その甲子園大会で、今年3月23日に開幕する第90回選抜高校野球大会からタイブレーク制度が導入されるのである。

次善策であり、改革ではない

タイブレーク制度とはWBCなどの国際大会で取り入れられているルールで、試合の早期決着を目指し、延長戦に入って人為的に走者を塁上においてスタートさせる。1イニングが終わった時点での得点差で勝敗を決する(同点の場合は続く)。
開催期間が決まっている大会などでは頻繁に採用され、昨年のWBCでも侍ジャパンが2次リーグのオランダ戦でタイブレークの末に勝利している。
春の選抜と夏の選手権を主催する日本高校野球連盟(以下日本高野連)が、「甲子園大会」でタイブレーク制度を導入すると決めた一番の理由は延長15回引き分け再試合の増加だ。
2006年夏、甲子園の決勝戦が延長15回で決着がつかず37年ぶりに再試合にもつれた。かの有名な早稲田実業VS駒大苫小牧の戦いだ。
2007年夏に佐賀北VS宇治山田商業、2008年春に平安VS鹿児島工業と続いたのち、2014年春に桐生第一VS広島新庄が再試合になったあたりから、高校野球界の風潮が少し変化する。というのも、この試合の勝者がそのまま決勝戦まで勝ち上がった場合、再試合を含めた4連戦を余儀なくされるからである。
そして昨年2017年春のセンバツでは福岡大大濠VS滋賀学園、福井工大福井VS健大高崎が2試合連続引き分け再試合となり、大会運営上に影響をきたした。
これまでのルールに限界を感じた日本高野連はついに断をくだしたというわけである。
以上の決定について、日本高野連の事務局長を務める竹中雅彦氏はこう説明する。
「甲子園での延長戦には名勝負が多くあって、高校野球ファンには大変喜んでもらってきました。その半面、再試合になると(当該高校はそのステージで)2試合をこなすことになる。年々延長戦のイニング数を減らしたり、1991年夏の大会で沖縄水産の大野倫投手の問題(疲労骨折を患いながら登板)が起こった後には、大会前に肩・肘の検査を始めたりしました。(日本高野連としては)大会中に理学療法士を常駐させるなど、選手の健康管理には気を配ってきました」
「そういう歴史がある中で、タイブレーク制度も検討しないといけない、というのがここ数年の課題でした。ただ、現場から(タイブレーク制度への)アレルギーみたいなものがあって、なかなか前に進まなかったのですが、昨春のセンバツで2試合連続引き分け再試合になり、これはもう踏み切った方がいいと決定に至りました」
大阪市にある日本高野連本部で取材に応じた竹中雅彦氏
日本高野連には会長や副会長が常駐しているわけではないため、日本高野連本部に勤務している事務方の人間が主に窓口役を担う。
竹中氏はその事務方のトップを務める人物で、日本高野連の決定ごとの際には必ず矢面に立つ。もともと和歌山県で指導者を務めていたこともあり、現場に携わる側の気持ちを理解し、日本高野連のキーパーソンといえる。
竹中氏の話を聞くと、一見、日本高野連は選手の健康管理により力を入れ始めたように思える。特に昨今、問題視されるようになった投手の登板過多にメスを入れたように感じられるが、今回のタイブレーク制度導入は、あくまで次善策だ。再試合をなくすことにより、円滑な大会運営を目的としている。
もちろん、大会日程を予定通り進めることが連投の減少につながるものの、育成年代の根本にあるべきプレイヤーズファーストの観点からの結論ではない。
竹中氏が続ける。
「次の制度改正の段階は、投手の投球回数や球数制限だと思います。実際、そこまで到達していない現状(の施策)は『(選手の健康管理の)解決になっていないんじゃないか』っていう声も聞こえています。ただ現段階では、少なくとも、再戦のリスクを少なくしようということです」
メディアの中には、「日本高野連が選手の健康管理を考慮するようになった」という報道もあるが、それは正しくない。竹中氏も「これは次善であって改革ではない」と認めている。
では日本高野連は今後、投球回数や球数制限に踏み切るのだろうか。
これらについて「議論対象外」として検討もされてこなかった以前の姿勢を考えれば、事務方の長である竹中氏が「将来的には導入の方向」と口にしている事実には、組織としての大きな変化を感じることはできる。
しかし、その言葉をそのまま現実的なものとして受け止められないのは、タイブレーク制度導入までに要した時間があまりにも長く、決断の背景にプレイヤーズファーストの観点を感じることができないからだ。

思い切った策を打てない現実

日本高野連が公な形でタイブレーク導入の動きを見せたのは2014年秋のことだ。当時、明治神宮大会の開催中に各地区ブロックの高校野球連盟の代表者が集められ、タイブレーク導入への意見交換が行われた。
世間的な見方として、日本高野連は一方的な命令を下す機関のように思われがちだが、それは今は昔。NewsPicksのインタビューでも、八田英二会長は「日本高野連は調整役」と語っていた。指導現場の意見を吸い上げてまとめるのが、現在の方針だ。
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上記の会議のあとに会見を開いた竹中氏は、「(タイブレーク導入について)反対意見もあった。トップダウンの決め方はしたくない。しっかり意見を聞いて決めたい」と、即座の決定に至らなかったと話していた。
あの時から、実際の導入まで3年が経過している。これはさすがに遅すぎる印象が否めない。
なぜ、これほどの時間を要したのか。
「もっと早く決めるべきだという意見は分かります。ただ、いくつかの事例が積み重なって、やむなしという状況になったところで導入するのが一番いい」
「現場の声などを聞くと、思い切って踏み切っていいものか、ためらう部分がありました。やはり私たちとしては現場の声を優先したい。現場の声とは、指導者、選手の声です。私も指導者だったものですから、やはり、試合を最後までやり切って決着を付けさせてあげたいという気持ちがありました」
竹中氏ら日本高野連が新制度導入をためらってきた遠因には、現在の高校野球を取り巻く環境がある。報じるメディアを含めて作り出される現場の空気感に、思い切った策に打ってでることができない現実がある。それが偽らざる真実なのである。
手前みそになるが、筆者が登板過多などについての疑義をメディアに書き始めてから、世間の見方は変わってきたと思う。
だが当初、私の指摘は多くの人に失笑されたし、ある編集部からは「これまでの高校野球の歴史の中であなたのように高校生の健康面について書いた人がいるけど、高校野球界は変わらないからとみんな諦めてきた。あなたもその方向性を改めたほうがいい」と説得されたこともあった。
その頃に比べると、投手の登板過多などに追随するメディアは増えてきた。
とはいえ、昨年センバツで2度あった再試合に関する報道を見る限りでは、高校野球界では“選手にとって何が最も良いのか”という観点で論じられているとは思えなかった。
延長15回までもつれて再試合になった2試合で、一人の投手が190球以上投げたケースが3例あった。そのうち福岡大大濠の三浦銀二投手だけが再試合でも先発し、中1日で9回を完投している。
このあと、三浦を起用した福岡大大濠・八木啓伸監督はメディアから称賛されている。2回戦の後に進んだ準々決勝戦で、三浦の登板を回避したからだ。
「疲れを気にしたというよりも、ウチは優勝が目標ですので、それを考えたときに三浦を休ませるのはこのタイミングしかないと思った」
この指揮官の言葉を、メディアは一斉に称えたのである。2回戦の再試合はなかったことのようにして……。
そして、この見解は竹中氏とも一致している。
「(投げたいという)選手の意思は分かります。でも福岡大大濠のケースでは、2回戦の後、投げさせなかったですよね。僕はあれで若干救われた気がしました。指導者は選手を誰よりも見ているわけで、彼らの判断を尊重すべきやと思います。周りは起用法についてナンボでも言えると思う。でも回復が早い選手なのか、連投ができる選手かどうかを見極めていくのは指導者の目ですから」

選手の健康より「現場の声」

WBCでは、50球以上投げた投手は中4日以上空けることが決められていると書いた。これは、高校生より身体ができあがっている選手が出場する大会でのルールだ。
さらに、2014年にメジャーリーグ機構(MLB)と米国野球連盟が発表した「ピッチスマート」(※)というガイドラインによれば、1日の投球数は17、18歳で最高105球。76球以上投げた場合は次回登板まで4日間の休養が必要としている。
※ピッチスマートは、トミー・ジョン手術と呼ばれる肘の靱帯修復手術を受ける投手が増加傾向にあることを懸念して発表された。
世界ではそのような動きがある中、昨春のセンバツでは異常な登板がなされたにもかかわらず、メディアは称賛し、竹中氏の言葉にあるように、そのことに誰も気づいていないのだ。
こうした環境下にあるいまの高校野球界に、果たしてプレイヤーズファーストはあるのか。
そもそも、三浦が190球以上投げた翌々日にも先発した理由は、2番手以降の投手をつくってこなかったからだ。つまり、指導者に責任がある。前年秋の公式戦で、八木監督は三浦以外の投手を1イニングも登板させなかった。福岡大会、九州大会、神宮大会と目先の試合で勝利することに突っ走り、安定感のある三浦が完投を続けてきたのである。
日本高野連が重視する「現場の声」のうちの一つが八木監督とするなら、タイブレーク制度導入に時間を要したのは当然というしかない。選手の健康が守られる環境に対して、この業界は問題意識が希薄なのだ。
(写真:岡沢克郎/アフロ)
もっとも、今回のタイブレーク制度導入に未来がないといいたいわけではない。
高校野球誕生から100年もかかってようやくでき上がったルールとはいえ、新しいことの始まりだ。さらに、竹中氏が「タイブレークは次善の策。将来的には投球回数制限などの導入もある」と口にしたことも大いなる進歩といえる。
しかし、返す返すも声を大にして訴えたいのは、メディアを含めてプレイヤーズファーストの観点がない高校野球の環境にあって、日本高野連は本当に次なる一手を打つことができるのだろうか。
竹中氏は決意を込めてこう語っている。
個人的には大きな表明と受け止めている。
「タイブレーク制度の導入のためにこれだけの時間がかかったわけですから、投球回数・球数制限となるとかなりかかると思います。ルールには納得がいく要素と理不尽だと思われる要素があります。この双方がどれだけの割合になれば(周囲に)理解してもらえるかが大事になってくる」
「(投球回数、球数制限は)現場から反対意見はありますけど、世界の野球でもそうなっている。WBCでは投球制限をやっている。今年、日本で開催されるU18アジア野球選手権は球数制限を導入した大会になります。そういったことをいろんな人に見てもらって、さらなる制度導入の雰囲気づくりを醸成していかなければいけないと思う」
日本高野連は、変革のスピードを上げてさらなる時代へと進むことができるのか。
しばらく、その動きを見守る必要性を感じている。
(バナー写真:岡沢克郎/アフロ、文中写真:中島大輔)